日本株は年に数度、配当や株主優待の権利が確定するタイミングを迎えます。直前の「権利付き最終日(けんりつきさいしゅうび)」と翌営業日の「権利落ち日(けんりおちび)」は、需給が大きく傾き、価格が一時的に歪みやすい局面です。本稿は、初心者でも扱える「権利落ち日の過剰下落リバウンド」を狙う短期戦略を、実務レベルで徹底解説します。
なお、本記事は教育・情報提供を目的とした一般的な解説です。特定銘柄の推奨を意図するものではありません。投資判断はご自身の責任でお願いします。
1. なぜ権利落ち日に“歪み”が生まれるのか
権利付き最終日の翌営業日(権利落ち日)は、理論上、配当金相当分だけ株価が下がるのが通常です。たとえば、前日終値1,000円で配当が30円なら、理論的には970円がフェアバリューとなります。しかし実際の寄り付きは、理論値以上に下振れするケースが目立ちます。理由は主に以下の通りです。
- 需給の偏り:配当・優待を取りに来た投資家の反対売買(処分売り)が集中しやすい。
- 信用取引の反対売買:クロス取引やヘッジ解消による一斉の手仕舞いが価格を押し下げる。
- 逆日歩・貸借需給の調整:制度信用売りのコストや逆日歩発生後の需給調整で、過度に売りが出やすい。
- ニュースフローの錯覚:配当落ちによる下落を悪材料と誤解し、短期資金が便乗する。
この「理論値からさらに行き過ぎた下げ」は、当日中〜数日内の平均回帰で取り返されることが多く、統計的に狙える余地があります。
2. 重要用語の整理(最短で理解する)
- 権利付き最終日:この日の取引終了時点で株を保有していれば、配当・優待の権利を得られる最終日。
- 権利落ち日:翌営業日。理論上は配当相当分だけ株価が下がる。需給の歪みが出やすい。
- 権利確定日:会社が権利を確定する日。多くは月末・期末等に設定。
- 貸借銘柄:制度信用の売りが可能な銘柄群。逆日歩の発生などで需給が荒れやすい。
- 一般信用:証券会社が在庫ベースで貸株を提供。逆日歩は原則なし(別途貸株料)。
- 逆日歩:売り方が支払うコスト。需給逼迫で高騰しうる。
- 特定口座(源泉あり/なし):損益計算・納税の自動化度合いに関わる口座区分。初心者は「源泉あり」が一般的。
3. 戦略の全体像(初心者向けロードマップ)
- 対象ユニバースを決める:流動性が十分(例:1日の売買代金5億円以上)、継続配当、過去に極端な板薄がない銘柄を主対象にする。
- イベント日を特定:各社のIR・適時開示や取引所カレンダーで配当・優待の権利日を収集。
- 理論落ち幅を算定:前日終値から配当相当額を控除した理論値を求める。
- 寄り付きの行き過ぎを測る:寄り値または寄り後30分の安値が、理論値からさらに一定%以上下振れしているかを確認。
- セットアップに合致すればエントリー:当日VWAP回帰、または翌日反発狙いの2パターンを使い分ける。
- 損切り・利確を機械的に:ATRベースや固定幅、VWAP上下の帯でルール化。
- 検証→改善:最低3〜5年分のデータでバックテストし、ヒット率・PF・最大DDを確認。
4. 具体的セットアップ
4-1. セットアップA:当日VWAP回帰(デイトレ)
狙い:寄り付き直後の過剰下落が、当日中の平均回帰(VWAP回帰)で是正される動きを捉える。
条件
- 寄り値が理論値よりさらに−1.0%〜−2.5%以上下振れ。
- 開始30分の出来高が、直近20日平均の同時間帯比で大きい(参加者多い)。
- 板がスカスカでない(指値が乗りやすい)。
エントリー:寄り後10〜30分の安値圏で、「安値更新が一服」したタイミングの指値買い/成行分割。
イグジット:
- 利確:VWAPタッチ、またはエントリー価格から+0.8%〜+1.5%の固定幅。
- 損切り:当日安値割れ、またはATR(14)の0.7〜1.0倍。
4-2. セットアップB:翌日リバウンド(スイング1〜3日)
狙い:権利落ち日当日の需給悪化が翌日も続いた後、過剰な売りが枯れて反発する局面。
条件
- 当日終値が理論値からさらに−2%以上下振れ、かつRSI(2)≦10。
- 貸借銘柄で逆日歩発生があった、または貸株残高の急増が観測される。
- 時価総額300億円以上(極端な小型を避ける)。
エントリー:翌日寄り〜前場の押し目。
イグジット:2〜3営業日での自動手仕舞い、もしくは5日移動平均線タッチで利確。
4-3. セットアップC:優待銘柄の需給偏り(RSI2ミーンリバージョン)
優待の人気度が高い銘柄は「取りに来た買い→処分売り」のインパクトが大きくなりがちです。
条件:権利落ち日〜2営業日で−3%以上の下落、RSI(2)≦5、出来高は20日平均比1.5倍以上。
エントリー:翌営業日の寄りから分割買い。
イグジット:2〜4営業日で固定幅、または陰線2本出現で手仕舞い。
5. 数値例で理解する(仮想銘柄ABC:コード1234)
前日終値1,000円、1株配当30円、優待あり。理論落ち値は970円。
ケース1:寄り値940円(理論より−3.1%)
9:15の時点で出来高急増、価格は930〜940円でモミ合い。VWAPは948円。
10:00、安値更新の勢いが鈍化したため940円で100株買い。
12:30、VWAPタッチ(948円)で半分利確。14:50、955円で残り決済。
平均+1.35%のデイトレ利益。損切りは当日安値割れ(928円)に置いていた。
ケース2:終値が930円(理論より−4.1%)で引け
翌日寄り付きを待ち、924円→920円で分割買い。
2営業日後に945円で一括利確、+2.6%。
6. リスク管理とポジションサイズ
- 1トレードの損失許容:総資産の0.5%〜1.0%以内を推奨。
- 同一イベントの過度な集中回避:同日のポジションは3銘柄までなど上限を設定。
- スリッページと手数料:検証時は往復で0.10%〜0.20%相当を控えめに見積もる。
- ギャップ継続の想定:悪材料の同時発生(業績下方修正など)は例外。必ずニュースチェック。
7. バックテストの進め方(最低限の型)
- データ取得:日足OHLCV、配当額、権利日カレンダー。可能なら板寄せの寄り値・VWAP。
- ルール定義:本稿のセットアップA/B/Cを機械化。裁量要素(板読み等)は除外して保守的に。
- コスト設定:売買手数料・スリッページ・税引き前後を切り替えて比較。
- 分散:1日あたりの同時保有数上限、業種分散、時価総額分散。
- 検証指標:勝率、平均損益、プロフィットファクター、最大ドローダウン、リカバリー・ファクター。
- 過剰最適化の回避:パラメータは粗く(例:−1%刻み)、期間外検証(アウト・オブ・サンプル)を必ず行う。
8. スクリーニングと準備(前日までにやること)
- 翌営業日の権利落ち候補リストを作成(配当額・優待有無・貸借区分を添える)。
- 出来高と板の厚みを確認。薄商い銘柄は排除。
- 直近の決算、業績修正、材料有無をチェック。ファンダ悪化は除外。
- 当日朝は板寄せ気配と理論値との差をモニター。
9. 口座開設の基礎(初心者が最初に整えるもの)
イベントドリブンの短期売買でも、基本の口座・設定を整えると実務がスムーズです。
- 証券総合口座の開設:本人確認書類(運転免許証等)とマイナンバーでオンライン申込・eKYC。
- 特定口座(源泉徴収あり)を選択:損益・税金の計算が自動化され、初心者でも実務負担が軽い。
- 信用口座の申込:将来的なヘッジや資金効率向上に役立つ(審査あり)。
- 入出金の即時反映手段:ネットバンキング連携で朝の資金移動を迅速化。
- 取引ツールの準備:板表示、分足、VWAP表示、逆指値・OCO対応を確認。
10. 必須の基礎用語(超要約)
- VWAP:出来高加重平均価格。当日の平均的な約定水準。回帰の目安に使う。
- ATR:平均真の値幅。ボラティリティに応じた損切り幅の基準。
- OCO/IFD:利確と損切りを同時に発注。ルール徹底に必須。
- 出来高急増:イベントで参加者が増えたサイン。回帰の再現性を高める。
11. よくある落とし穴
- 配当以上の下げ=全部おいしいは誤解:悪材料重複の可能性を常に疑う。
- 板が薄い銘柄は滑る:指値が約定せず、狙い通りにならない。最低限の流動性を守る。
- 同日多銘柄の取りすぎ:相関で同時にやられる。分散と上限設定は必須。
- 翌日ギャップダウンの継続:ニュースで説明できるかをチェック。説明できない下げは小さく負けて撤退。
12. 実運用のチェックリスト(印刷推奨)
- イベント日と配当額を前日に確認したか。
- 理論落ち値と、気配値の乖離率を朝に算出したか。
- 出来高と板の厚みは十分か。
- 悪材料ニュースはないか。
- エントリー、損切り、利確の価格を事前にメモしたか。
- 1トレード損失許容を守れる発注量か。
- 同時保有上限を超えていないか。
- 約定後、OCOで出口を同時に置いたか。
13. Q&A
Q:配当利回りが高いほど勝ちやすい?
A:利回りは一要素に過ぎません。流動性と出来高、そして理論値からの行き過ぎ度合いの方が再現性に直結します。
Q:優待だけの銘柄も対象?
A:人気優待は需給が偏りやすく、戦略Cの対象になります。ただし貸借区分や信用残の偏りを必ず確認。
Q:大型株と小型株、どちらが良い?
A:初心者は大型〜中型を推奨。板が厚く滑りにくい一方、行き過ぎは小型の方が起こりやすい傾向もあるため、慣れてから拡張を。
14. まとめ(運用ルールは“前日から始まっている”)
権利落ち日は、理論値に対する行き過ぎを定量的に測り、当日VWAP回帰または翌日リバウンドでシンプルに取りにいく戦略が機能しやすい局面です。勝敗は入り方よりも、銘柄選定・事前準備・損切りの一貫性で決まります。まずは少額・低頻度でルールを固め、3〜5年の検証と実戦の往復で精度を高めてください。
コメント