本稿では、日本の夜間PTS(Proprietary Trading System:私設取引システム)を活用し、決算発表の時間帯にフォーカスした短期トレードの実務を解説します。日中のザラ場で時間を取りにくい個人投資家でも、夕方から夜の時間に限定して機会を取りに行けるのがPTSの強みです。初心者でも再現しやすいように、用語の基礎から、口座準備、発注方法、板の読み方、タイムライン別の具体シナリオ、リスク管理、チェックリストまでを段階的に説明します。
対象読者は「トレード歴が浅いが、具体的なやり方を学びたい人」。本稿は情報提供を目的とし、特定銘柄の推奨や将来の成果を保証するものではありません。自己判断・自己責任での実行を前提とします。
1. 夜間PTSとは何か(最短距離の理解)
PTSは、取引所(東証)とは別に運営される売買システムで、夕方から夜間でも株の売買ができます。日本では主に「SBI Japannext(JNX)」と「Cboe Japan PTS」が稼働しています。東証が閉場している時間帯でも、材料(決算、開示、為替、米先物など)を受けて価格が動くため、情報の出た直後の初動を取りに行く場として機能します。
ただし、日中と比べて流動性が薄く、スプレッドが広がりやすいことが特徴です。ゆえに「成行の乱用禁止・指値中心・サイズは小さく」が基本です。これだけで大半の事故を避けられます。
2. まず何を準備するか(対応口座と設定)
夜間PTSで実際に発注するには、PTS対応の証券口座が必要です。口座開設自体は一般的な手順ですが、ここでは初心者がつまずきやすいポイントを押さえます。
- PTS対応の有無:国内主要ネット証券のうち、PTS売買が可能かを確認します。現物と信用の両対応か、夜間の取引時間、手数料、貸株の有無なども比較軸です。
- SOR(スマート・オーダー・ルーティング)の設定:東証とPTSの両方に自動で注文を振り分ける機能です。最良気配を取りに行くため、可能なら必ず有効化しておきます。
- 発注種別の有効化:IOC/ FOK/ 逆指値(ストップ)など、口座側の設定で利用可否が変わる場合があります。実戦前にテスト発注して、エラーや約定挙動を確認しておきましょう。
- 余力と信用枠:夜間の流動性低下を踏まえ、小さなサイズで分割発注できるだけの余力を用意します。信用枠を使う場合も、強制決済ルール(曜日・時間・金利など)を事前に把握しておきます。
ここまで整えば、「発表直後の初動を指値で拾い、すぐにリスクを落とす」という基本戦術に入れます。
3. 注文の種類と、PTSでの最適化
夜間PTSでは、日中以上に「注文の種類」を使い分ける必要があります。以下は初心者が最初に身につけるべきコア機能です。
3-1. 指値(Limit)中心
スプレッドが広がりやすい夜間は、成行の滑りが大きくなりがちです。必ず指値で希望価格を明示し、約定しなければ見送ります。機会損失より致命傷回避が最優先です。
3-2. IOC(Immediate-Or-Cancel)
IOCは「直ちに約定できる数量だけ約定し、残りはキャンセル」する注文です。小口で板を叩きながら複数回IOCを送ると、平均コストをコントロールしやすくなります。特に初動の飛びつき回避に有効です。
3-3. FOK(Fill-Or-Kill)
FOKは「全数量が即時約定できなければ全キャンセル」です。一撃で取りたいが滑りは嫌という時に使えますが、夜間は流動性不足で不発になりやすい点に注意。
3-4. 逆指値(ストップ)と利食いOCO
初動で入った後は、損切りの逆指値を必ず置きます。できればOCO(利食い指値+損切りストップ)を使い、入った瞬間に出口まで決めておくのが理想です。
3-5. SOR(スマート・オーダー・ルーティング)
一番良い価格を自動的に取りに行く仕組み。東証とPTSの気配差が大きい夜間こそ有効です。ただし、SOR任せでも指値は絶対条件。価格を締めて事故を防ぎます。
4. 板の読み方(夜間の「薄さ」を味方にする)
夜間は板が薄く、見かけの注文(表示はあるがすぐ消える)が増えます。以下の初歩テクニックでノイズを最小化します。
- 気配の段差:最良気配の上下にある層の厚みを見ます。層が薄い方向は滑りやすいため、追いかけ禁止。
- ヒット&リフトの頻度:同価格での細かい約定が続くかを観察。継続していれば実需がいるサイン。
- 見せ板の疑い:厚い数量が近づくと消えるなら、見せ板の可能性。そこを当てにしない。
- スプレッド回帰:初動で広がったスプレッドが、再び締まるタイミングは入り直しのチャンス。
初心者は「厚みに逆らわない・飛びつかない・分割IOC」の3点だけでも十分に事故率が下がります。
5. 銘柄の探し方(カレンダーと条件フィルタ)
夜間PTSの主役は決算発表です。まずは決算日カレンダーで当日発表銘柄をリスト化し、以下の条件で絞り込みます。
- 時価総額:極端に小さいと流動性が不足しやすい。最初は時価総額1,000億円前後以上を推奨。
- 過去の出来高:直近の出来高・売買代金が一定以上あること。単元出来高で把握しても良い。
- 決算のサプライズ可能性:コンセンサスとのギャップが出やすいセクター(景気敏感・半導体・ゲームなど)は動きやすい。
- 材料のわかりやすさ:初心者は売上・利益のインパクトが明快なものほど良い。
当日リストができたら、事前にティッカーを板監視に登録しておき、開示が出た瞬間に板の変化を追います。
6. タイムライン別の動き方(発表前→直後→数分後→夜間終盤)
6-1. 発表前(静かな時間の準備)
発表予定時間の前に、指値の予備を入れておきます(遠い価格でOK)。これにより、実戦時に価格だけを微調整すれば即発注できます。逆指値やOCOもテンプレ保存。
6-2. 開示直後(初動の1〜3分)
板が一気に動きます。ここでは指値IOCの小口連打で、平均価格を作るのが基本。成行は原則禁止。板の層が薄い方向へ追いかけると、簡単に数%滑ります。
6-3. 3〜15分(初動の伸び・反転)
初動の方向に伸びが出る場合と、反転する場合があります。いずれも、最初に立てた損切り逆指値は厳守。含み益が出たら、建玉の一部を利確しつつ、残りにトレーリングストップを設定します。
6-4. 夜間後半(勢いの衰えと持ち越し判断)
ボラが落ちてスプレッドが再び広がりがち。翌日のギャップに賭けるより、夜間のうちにリスクを落とすのが初心者向けです。持ち越す場合は、想定外のギャップに耐えるサイズに縮小します。
7. 3つの再現性あるシナリオ(ミニケーススタディ)
シナリオA:良決算で上ブレ(上方向)
状況:売上・利益ともにコンセンサス超え。ガイダンスも上方修正。
作戦:初動は指値IOCで小口を積み、利食いの階段を事前に2〜3段置く。伸びが止まれば残りを一括利確。
NG:成行で飛びつく、厚みのない方向へ追随。
シナリオB:微妙決算で往復(レンジ)
状況:売上は強いが利益は弱い等、メッセージが混在。
作戦:幅の広いレンジを想定し、レンジ下限付近で拾って上限手前で利確の逆張り。建玉は小さく、必ず逆指値。
NG:自信なく上限ブレイクを追う。
シナリオC:悪材料で下ブレ(下方向)
状況:売上・利益ともに未達。ガイダンス減額。
作戦:反発狙いは難易度が高い。初心者は無理に逆張りしない。どうしても挑むなら、厚い買い板の手前で極小ロットの指値IOCに限定し、すぐ薄利撤退できる体制に。
8. リスク管理(守りが最大の攻め)
- 1トレードの損失上限:口座残高の0.5〜1.0%を目安に。夜間は滑るので、日中より小さめが無難。
- 建玉分割:1回で入らず2〜5回に分割IOC。平均コストを作り、心の安定を保つ。
- 持ち越しルール:翌日のギャップに備え、持ち越しは勝ちポジの一部のみにする等のルールを明文化。
- ニュースソース:公式開示の一次情報に限定。SNSの断片で飛びつかない。
- メモと復習:タイムスタンプ入りの売買メモを残し、数値で検証(平均取得単価、最大不利滑り、平均滑りなど)。
9. 実行の手順(テンプレ化して機械的に)
- 当日決算銘柄を抽出(時価総額と出来高でフィルタ)。
- 監視リストに登録、板と歩み値のウィンドウ配置を固定。
- 事前に指値の雛形、OCO、逆指値を保存。
- 開示直後は指値IOCの小口連打で平均コストを作る。
- 含み益が出たら段階利確+残りにトレーリング。
- 夜間後半はリスクを縮小。持ち越しは勝ちポジの一部だけ。
- 売買メモとスクショで再現手順を更新。
10. よくあるミスと対処
- ミス:成行で飛びつく → 対処:指値IOCを癖にする。
- ミス:サイズが大きすぎる → 対処:最小ロット×分割。躊躇なくキャンセル・再発注。
- ミス:損切りを後回し → 対処:逆指値は建てた瞬間に置く。OCOで自動化。
- ミス:ニュースの誤解釈 → 対処:一次情報(公式開示)の要点を箇条書きで自分の言葉に直す。
11. 最小の道具立て(初心者セット)
特別な高価ツールは不要です。以下が最低限。
- PTS対応のネット証券口座(SOR、IOC、逆指値、OCOが使えるとなお良い)。
- 板と歩み値を同時表示できる取引ツール。
- 公式開示を素早く確認できる情報源。
- 売買メモ用のスプレッドシート(時間・価格・サイズ・根拠を残す欄だけは固定)。
12. 具体的な練習メニュー(3日間)
Day 1:環境整備
口座設定、テンプレ注文(指値・IOC・OCO)、監視レイアウト作成、誤発注の練習(即キャンセルの癖付け)。
Day 2:板読みの基礎
過去の開示タイミングの板リプレイを見て、厚みと段差、見せ板の挙動を観察。
Day 3:超小ロット実戦
1回あたり最小ロットで、指値IOCの分割と逆指値の即設置を徹底。勝敗よりも、滑りと平均コストの記録を重視。
13. まとめ(勝ちに直結する最小原則)
指値IOCで平均価格を作り、OCOで出口をロックし、夜間後半でリスクを落とす。この3点を守るだけで、夜間PTSの多くの落とし穴を回避できます。難しい指標や高価なツールよりも、手順の固定化と振り返りが先です。まずは極小ロットで、正しい動作を100回繰り返すことから始めましょう。
付録:用語ミニ辞典
- PTS
- 私設取引システム。取引所外での売買が可能。
- SOR
- 最良気配を自動で取りに行く発注振り分け機能。
- IOC
- 即時約定できる分だけ約定、残りはキャンセル。
- FOK
- 全数量が即時約定できないなら全キャンセル。
- OCO
- 利食いと損切りの2つの注文をセットで出す。
- 見せ板
- 近づくと消える見せかけの厚い板。
- スプレッド
- 最良の買い気配と売り気配の価格差。
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