本記事では、東証デイトレードにおける「寄り付きVWAP回帰(Opening Range VWAP Mean Reversion)」を、システム構築者・裁量トレーダー双方が実務に落とし込めるよう、理論・データ準備・シグナル生成・執行・検証・リスク管理・拡張運用まで徹底的に解説します。一般的な教科書的解説ではなく、実際に「稼働できるルールブック」を想定しています。
1. 戦略コンセプトの起源と理論的背景
寄り付きは機関投資家の寄付成行・寄付指値、大口リバランス注文、前日PTSの残存オーダーなど多様なフローが集中します。このため短時間で価格が大きく動き、しばしばVWAPから乖離します。金融市場における均衡回帰性(mean reversion)は流動性供給者の存在から必然的に生じやすく、東証の午前中はその傾向が強く見られます。
2. データ環境と準備
- 必要データ:1分足OHLCV、ティック気配(理想)。最低でも1分足と出来高は必須。
- ツール:Python(pandas, numpy, backtrader)、あるいはTradingViewのPine Script。
- 検証環境:2015年以降の東証1分足データを使えば、数千サンプルのバックテストが可能。
注意点として、証券会社の提供データは一部気配・板厚情報を欠落する場合があるため、証券APIやデータベンダー(QUICK, Refinitiv, Bloomberg)を組み合わせると精度が向上します。
3. 戦略ロジックの数理定義
OR-VWAPを以下で定義します:
OR-VWAP = Σ(P_i × V_i) / Σ(V_i), i=9:00〜9:05
ここで P は取引価格、V は出来高。9:05以降の価格系列 P_t に対して:
z_t = (P_t - OR-VWAP) / σ
σは直近60営業日9:05〜9:30の1分リターン標準偏差を用いて推定。条件:
- z_t ≤ −k → ロング
- z_t ≥ k → ショート
- k = 1.2(初期値)、調整可
4. 執行ルールの詳細
単に逆張りするだけでなく、実務的には以下の条件を必須とします:
- 板厚判定:回帰方向の板が逆方向より厚い。
- 出来高減速:直前の急伸急落後に約定数が鈍化。
- 逆指値同時設定:ATR1分足の1.2倍を基準とする。
利確は「VWAP到達時全決済」。ここを超えた利益は追わず、戦略の一貫性を重視します。
5. ケーススタディ:実データによる例
仮に某自動車株で以下のケースを考えます:
- 9:05 OR-VWAP = 1,200円
- 9:15 価格が1,176円(−2σ)
- ATR1分足 = 3.8円
1,177円でロング、損切り1,172円、利確1,199円に設定。11分後に1,199円到達で+22円/株の利益。勝率55%、平均損益比1.25を長期的に確保できる設計を目指します。
6. 実装コード(Python版)
import pandas as pd, numpy as np
df = pd.read_csv("tse_1min.csv")
df["vwap"] = (df["price"]*df["volume"]).rolling(5).sum()/df["volume"].rolling(5).sum()
or_vwap = df.loc[df["time"]<"09:06","vwap"].iloc[-1]
sigma = df["returns"].std()
k = 1.2
signals = []
for i,row in df.iterrows():
z = (row["price"]-or_vwap)/sigma
if z<=-k:
signals.append("long")
elif z>=k:
signals.append("short")
else:
signals.append("hold")
df["signal"] = signals
7. リスク管理と資金配分
- 1トレード損失は資金の1%未満。
- 同時保有は5銘柄以内、セクター分散を徹底。
- ドローダウンが−2%に達したら取引停止。
8. 拡張運用:ペア取引・AI活用
本戦略はペアトレードに拡張可能。例えばトヨタとホンダで相対VWAP乖離を取引する方法です。また、機械学習モデルを使って「乖離後の回帰確率」を分類器で予測すれば、シグナル精度をさらに向上できます。
9. Q&A(現場でよく出る疑問)
Q1: zスコアの閾値はどう最適化する?
A: グリッドサーチで1.0〜2.0を0.1刻みで検証し、平均損益比が最大となる点を採用します。
Q2: イベント日はどう対応する?
A: 決算日、指数リバランス日は除外が原則。AIニューススクレイピングで自動検知が可能です。
Q3: 順張り転用は可能?
A: 乖離拡大が止まらない場合はブレイクアウト戦略に切替。ただし別システムで管理すべきです。
10. まとめ
寄り付きVWAP回帰は、個人投資家でも実装可能な「市場構造由来の癖」を捉える戦略です。ユニバース設計、板読み、堅実な損切りを組み合わせれば、再現性のあるアルファ源泉になります。まずは小資金・低ロットで実践し、ログを記録して改善を重ねることが最重要です。
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