要旨:本稿では、AMMにおけるLPトークンの実体(プール持分証券)を起点に、収益源(手数料・インセンティブ)と損失源(価格変動による構成比変化=無常損失)を分解し、集中流動性(Uniswap v3 以降)におけるポジショニングと、先物・パーペチュアルを使ったヘッジ付きLPの構築手順を、具体的なサイズ計算・チェックリストまで含めて解説します。投資判断そのものを勧誘するものではなく、メカニズム理解と実務設計のための技術ドキュメントです。
- 1. LPトークンとは何か:会計と権利の実像
 - 2. 収益ドライバー:手数料・インセンティブ・レンジ設計
 - 3. 無常損失(IL)の直感:なぜ起きるか
 - 4. 集中流動性(v3)の実務:どこに置くか、どう動かすか
 - 5. ヘッジ付きLP:デルタ抑制で「手数料を取りに行く」
 - 6. 具体例:ETH/USDC 0.05%ティア、タイト帯×ヘッジ
 - 7. リスク管理:スマコン、MEV、オラクル、ガス、分散
 - 8. プール選定:Uniswap v3 / Pancake v3 / Curve の使い分け
 - 9. KPIとモニタリング:何を毎日見るか
 - 10. 簡易バックテスト設計:現実的な近似
 - 11. よくある失敗と回避パターン
 - 12. 運用ルールの雛形(文章で具体化)
 - 13. まとめ:LPトークンの本質を掴む
 
1. LPトークンとは何か:会計と権利の実像
LPトークンは、プール内資産の按分持分を表す「引換券」です。あなたがETH/USDC 50/50のプールに供給すると、預け入れ比率に応じたLPトークンがミントされ、あなたの取り分(シェア)=発行LP枚数/総LP枚数で定義されます。このシェアに、スワップで発生した取引手数料が日々上乗せされ、引出時に原資産として精算されます。
AMMの古典形は x * y = k。価格上昇で一方の資産が減り、他方が増えます。LPの評価額は価格×保有数量の合計ですが、比率が動くことで、単純保有(HODL)に比べて取り逃す上昇分または下降局面での緩衝が生まれます。これが俗にいうインペルマネントロス(IL)です。
2. 収益ドライバー:手数料・インセンティブ・レンジ設計
LPの主収益はスワップ手数料。出来高と手数料率(例:0.05%〜0.3%)に比例します。出来高が価格帯に集中していればいるほど、その帯に置いた流動性の収益性は高まります。Uniswap v3以降は集中流動性により、特定レンジにのみ資本を載せられるため、資本効率が飛躍的に向上しました。
一方、レンジ外に価格が外れると手数料が発生しない死資本となるため、再配置(レンジの引き直し)が必要です。ガスコスト・オペレーション(再配置頻度)・MEV被弾リスクのトレードオフ設計が現場の腕の見せ所です。
3. 無常損失(IL)の直感:なぜ起きるか
2資産50/50の単純ケースで、価格比がr倍動いたときのIL近似は、IL ≈ 2 * sqrt(r) / (1 + r) - 1(HODL比)。上昇トレンドでは上値追いのETHを途中で売ってしまう格好となり、下落トレンドでは逆にETHを買い増す形になります。価格が動くほどHODLより評価額が劣後しやすい一方、サイドウェイ+出来高が多い局面では、手数料がILを上回り得ます。
従って、LPは「ボラティリティ×出来高×手数料率×レンジ管理」の総合格闘技。ここにヘッジ(先物・パーペチュアル)を重ねると、価格方向の感応度(デルタ)を抑え、手数料の取りに行くという発想が実装可能になります。
4. 集中流動性(v3)の実務:どこに置くか、どう動かすか
集中流動性では、LPポジションはNFTとして管理され、下限価格Pl〜上限価格Puの帯にのみ有効です。価格が帯の外に出ればポジションは実質片持ち(ETHだけ/USDCだけ)になり、手数料は発生しません。したがって、以下の二軸で方針を決めます。
広帯(ワイド)か狭帯(タイト)か:ワイドは外れにくいが資本効率が下がる。タイトは効率が高いが再配置頻度が上がる。
アクティブ運用かパッシブ運用か:予測とルールに基づき頻繁にレンジを動かすか、統計的に妥当な帯を長く維持するか。
初心者の入口としては、出来高の厚いマジョールペア(例:ETH/USDC)で、直近の実現ボラに応じた帯を設定し、再配置ルールを最初から明文化しておくことが重要です。
5. ヘッジ付きLP:デルタ抑制で「手数料を取りに行く」
LPは価格方向に対して長短混合の非線形エクスポージャを持ちます。ここに、先物・パーペチュアルのショートを組み合わせると、実効デルタ(価格感応度)を抑えながら、スワップ手数料を積み上げる設計が可能です。ヘッジサイズの考え方は次の通りです。
手順(ETH/USDC例):
(1) プールに供給するETH数量を想定(例:10 ETH相当を50/50で)。
(2) レンジ中心付近でのLPの実効ETHエクスポージャ(おおむね半分程度)を推定。
(3) その分だけ先物・PERPをショート(例:5 ETH相当)。
(4) 価格が帯を外れ、片持ちになったらヘッジ量を再調整。帯の引き直しと合わせて運用。
この構造では、資金調達レート(Funding)が損益に効きます。ショートのFundingを払い続ける必要がある環境では、手数料収益>Fundingコストが成り立つかをモニター。逆にFunding受取(ショート有利)なら、キャリー的な追い風になります。
6. 具体例:ETH/USDC 0.05%ティア、タイト帯×ヘッジ
想定:ETH価格3500、実現ボラ年率60%、出来高は厚く、手数料率0.05%。中心±5%のタイト帯に10000 USDC相当を供給。初期はETH/USDCほぼ半々。実効ETHデルタは概ね5 ETH相当とみなし、PERPで5 ETHショート。
狙い:価格が±5%の範囲で往復する局面では出来高が集中し、手数料が積み上がる。価格が帯を外れた場合は、LPは片持ち+ヘッジの残差となるため、すみやかにレンジを再配置し、ヘッジサイズを付け替える。Fundingが重くなってきたら、帯を少し広げる/頻度を落とす等でコストを吸収。
この運用は「方向を当てる」よりも、帯の中でどれだけ出来高が流れるかに賭けるスタイルです。したがって、イベント前後のボラ急上昇・板の薄さ・手数料ティアの選択など、マイクロ構造の観察が重要になります。
7. リスク管理:スマコン、MEV、オラクル、ガス、分散
スマートコントラクトリスク:監査済みでもゼロではありません。資産分散、上限額の設定、プロトコル分散を基本とします。
MEV/サンドイッチ:再配置や大型スワップ時に被弾します。時間分散、スリッページ許容の適正化、トランザクション保護(RPC選択)で緩和。
オラクル・ステーブル性:一部の設計では価格参照やステーブルコインのディペグが影響します。プール選定時にステーブルの信用リスクも評価対象に。
ガス・手数料:再配置コストは年率で見ると意外に大きくなります。月次でコスト台帳を付ける癖を。
8. プール選定:Uniswap v3 / Pancake v3 / Curve の使い分け
Uniswap v3系:ボラ資産の手数料取りに向く。タイト帯×アクティブ運用に適性。
Pancake v3:EVM展開が広く、手数料ティア選択肢も多い。ガスが相対的に軽いチェーンはオペレーション向き。
Curve:ステーブル同士や類似資産の低IL・高出来高に強い。ガンマ戦略(価格乖離時のみ機能)も理解して使うとよい。
どこでやるかは、出来高、手数料ティア、ガス、チェーンのUXで総合判断します。単一チェーン・単一プロトコルへの一極集中は避け、少額で検証→拡張が常道です。
9. KPIとモニタリング:何を毎日見るか
(A)実効デルタ:LP中の原資産数量から推定。ヘッジ残差が膨らんでいないか。
(B)Fees APR:手数料収益を日次・週次で年率換算。Fundingやガスを差し引いたネットで評価。
(C)IL推定:価格レンジ外れ時の乖離を簡易式で概算。
(D)レンジ滞在率:価格が帯内にいた時間割合。出来高の帯内比率。
(E)イベント管理:経済指標・ハードフォーク等の前後はタイト帯のリスクが跳ねます。
これらをスプレッドシートでPnL分解(Fees / Funding / IL / Gas / その他)として可視化すると、意思決定が一気に楽になります。
10. 簡易バックテスト設計:現実的な近似
厳密なミクロシミュレーションは難度が高い一方、ローリング窓の価格系列+出来高近似+帯外時の停止と再配置ルールを定義すれば、概ねの傾向は掴めます。最低限、以下を実装します。
・価格系列(OHLCV)から中心価格と帯幅を決定するルール
・帯内の出来高比率の近似(全出来高×滞在率×補正)
・手数料ティア選択と日次Feesの推定
・Funding時系列の適用(PERPのインデックスから近似)
・帯外時の停止→再配置→ヘッジ再構築の一連の記録
単純でも、比較可能なルールで回すことに価値があります。
11. よくある失敗と回避パターン
・無計画なタイト帯連打:外れる度にガスを払い、Feesが焼かれる。→帯の統計根拠と再配置基準を先に決める。
・Funding軽視:ショート側の払いコストがFeesを食い尽くす。→ネットでモニター。
・ヘッジずれ放置:片持ち化でデルタが膨らむ。→帯外れ時は即点検。
・プロトコル一極集中:想定外イベントで全体が止まる。→分散+上限額。
12. 運用ルールの雛形(文章で具体化)
(1)対象:出来高上位のETH/USDC v3 0.05%ティア。
(2)帯:直近14日の実現ボラから中心±1σを初期設定。
(3)再配置:価格が帯外に出て5分継続で再配置キュー入り。Fundingが年率でFees想定を上回る場合は帯を広げるor頻度を落とす。
(4)ヘッジ:中心時の実効デルタを100%相当ショートで中和。帯外で片持ち化したらヘッジ比率も追随。
(5)日次点検:Fees(粗)→Funding→Gas→PnL(ネット)→デルタ→滞在率→イベント予定。
(6)上限:プロトコル毎・チェーン毎に信用限度額を設定。個別に逸脱不可。
この程度の「文章ルール」でも、実運用の迷いが激減します。
13. まとめ:LPトークンの本質を掴む
LPトークンは、出来高に晒した資本に対する手数料収益を取りに行く手段であり、その裏側に価格変動による構成比変化が必ずついて回ります。集中流動性とヘッジを組み合わせれば、方向依存を抑えて手数料を稼ぐという発想が形になりますが、Funding・ガス・MEV・スマコンなど現実の摩擦を織り込んだネット収益での意思決定が不可欠です。
まずは少額で、帯設定→再配置→ヘッジ見直しの一連を体で覚えること。数週間のログを付ければ、自分の環境で何が効いているのかが見えてきます。
  
  
  
  

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