本稿では、オンチェーンデータの中でも取引所残高(Exchange Reserves)に着目し、残高が継続的に減少しているトレンドをシグナルとして活用するシンプルなトレンドフォロー戦略を解説します。価格そのものではなく需給の偏りを先に捉える狙いがあり、初心者でも段階的に導入できるよう手順を具体化します。対象は主にビットコインやイーサリアムですが、他の主要アルトにも応用可能です。
戦略の骨子
取引所残高は、各取引所が保有している当該資産の総量を概ね表すオンチェーン指標です。一般に、残高が減る=外部ウォレットやカストディに引き出される傾向が強い局面は、即時売却圧力が弱まり、需給がタイト化しやすいと解釈できます。逆に、残高が増える局面は、売り圧力が潜在化しやすいと見ます。本戦略は、残高減少トレンドに追随してロング、増加トレンドで撤退または縮小する設計です。
前提:データと注意点
データの取得
取引所残高はサードパーティのオンチェーン分析プラットフォームで提供されます。銘柄と取引所カバレッジ、更新頻度、推定方法の違いにより値が微妙に異なるため、ソース一貫性を保つことが重要です。
マッピングのラグ
オンチェーンのアドレス紐付けにはラグや誤差が生じます。短期の逆行やノイズを許容するため、移動平均や回帰線でトレンドを抽出し、ダマシを避ける閾値を設定します。
リスク
- 大口の入出金は単発ノイズになり得る
- 取引所の内部移転で見かけ上の増減が発生する可能性
- オンチェーンは遅行する場合がある(集計タイムラグ)
ルール設計(ベースライン)
シグナル生成
- 残高系列を日次で取得(例:BTC、ETH)。
- 7日移動平均(MA7)と30日移動平均(MA30)を算出。
- MA7 < MA30 かつ MA30が3日連続で低下したら、減少トレンドが強いと判定。
- 反対にMA7 > MA30 かつ MA30が3日連続で上昇なら増加トレンド判定。
ポジション
- 減少トレンド=ロング構築(スポット主体、レバレッジ使用時は最大1.3〜1.5倍に制限)。
- 増加トレンド=ロング縮小 or 完全クローズ。
- 中立判定=買い増し停止・維持のみ。
サイズ管理
資金の2〜3段階に分け、最初は25〜40%を導入。シグナル継続(日数k)で逓増(例:+10%ずつ、上限80%)。最大ドローダウン(例:−12%)で自動縮小(−20〜−40%)。
執行:スリッページ抑制と実務
- 基本は指値、突発シグナルには成行許容も可(板薄時間帯は避ける)。
- CEX複数口座でスマートルーティング(手数料とスプレッド比較)。
- ボラ上昇時はTWAPで1〜3時間に分割執行。
- 国内⇄海外の送金は手数料とガス代、反映時間を事前に検証。
リスクを限定するため、必ず逆指値をセット(例:直近スイング安値−1.5ATR)。利確は一部トレール(例:ATRの1.2〜1.5倍)でフォロー。
フィルター:イベントと需給の掛け算
残高トレンドにイベントフィルターを重ね、ダマシを低減します。
- CPI/FOMCの前後±24〜48時間は新規建て最小化。
- 現物ETFフロー(創造・償還動向)が追い風ならサイズ+10〜20%。
- 資金調達率(FR)が過度にプラスならポジション縮小(過熱シグナル)。
- 先物ベーシスが極端(年率+15%超など)の場合は、現物×先物ヘッジで中立化も検討。
検証:紙上バックテストの雛形
ここでは概念実証レベルの疑似検証手順を提示します(実データは各自取得)。
- 対象:BTC日次(残高・価格)。期間:過去3年。
- シグナル:前述のMA7/MA30条件。
- 執行:翌営業日の始値で仮約定、手数料0.05%、スリッページ0.03%と仮定。
- リスク管理:ATRベース逆指値、最大DDで縮小、DCA逓増。
評価指標:累積リターン、最大DD、勝率、平均損益比(PF)、保有日数比率。価格単独のトレンド戦略と比較して、ドローダウン浅め・保有率控えめになりやすいのが経験則です。ただし、残高変化が横ばい〜微減のレンジ局面ではパフォーマンスが伸びにくい点に留意。
実装手順(ステップ・バイ・ステップ)
- データの決定:BTC、ETHの残高系列(同一プロバイダで統一)。
- 加工:MA7/MA30・勾配(傾き)・連続日数を算出。
- 判定:減少トレンド/増加トレンド/中立をラベル化。
- サイズ:初期25〜40%、継続で逓増、DDで縮小。
- 執行:CEX2口座以上、手数料・板厚を比較してTWAP併用。
- 管理:逆指値常設、トレーリング有効化。
- レビュー:週1回、残高とイベントカレンダーを点検。
イーサリアムとアルトへの展開
ETHはステーキング関連の入出金が残高系列に影響します。LST/LRTのデペグやリステーキングの需給も併せて観察し、取引所残高とステーキング流入/流出をセットで評価。アルトはカバレッジ不足・データ誤差が大きい銘柄があるため、まずは時価総額上位に限定し、シグナル強度の閾値をより厳格に設定します。
よくある失敗と対策
- 単発の大口出金をトレンド化と誤認 ⇒ 連続性(3〜5日)で判定。
- 価格急伸後の追い買い ⇒ FRや先物ベーシスで過熱度をチェック。
- 板薄時間帯の成行多用 ⇒ TWAP/指値でスリッページ抑制。
- 手数料の見落とし ⇒ VIPレベルや手数料トークンの適用を確認。
拡張:デリバティブとヘッジ
現物ロングの代替として、現物+コール売り(カバードコール)でイールドを積み増す設計もあります。ボラが高止まりする局面では、小さめのOTMコールでプレミアム回収、上抜け時は一部手仕舞い。また、ベーシス乖離が極端な場合はキャッシュ&キャリーで中立化し、オンチェーン需給の追い風だけ取りに行く運用も可能です。
チェックリスト(毎日・毎週)
- 残高の方向(MA30の勾配がマイナスか)
- FRと先物ベーシス(過熱/悲観)
- 主要イベント(CPI、FOMC、ETFフロー)
- 執行の質(スリッページ、手数料、板厚)
- リスク管理(逆指値、トレーリング、サイズ上限)
これらをルーティン化すれば、裁量のブレを抑えて一貫性のある運用に近づけます。
まとめ
本戦略は、価格ではなく需給の地合いを利用する素朴なトレンドフォローです。オンチェーンの取引所残高という基礎データを軸に、イベントとデリバティブの補助指標で精度を底上げします。完全な聖杯ではありませんが、分かりやすく、手順化しやすいため、最初のシステム化に適しています。実資金に展開する前に、紙上バックテストと小額検証を徹底してください。
付録:実務テンプレ(疑似コード)
inputs: series_reserve, price, fee=0.0005, slip=0.0003
ma7 = MA(series_reserve, 7)
ma30 = MA(series_reserve, 30)
trend_down = (ma7 < ma30) and Slope(ma30) < 0 for 3 bars
trend_up = (ma7 > ma30) and Slope(ma30) > 0 for 3 bars
if position == flat and trend_down:
buy size = base*0.3 # 初回導入
elif position == long and trend_down:
add size += 0.1 # 継続で逓増
if trend_up:
reduce / close
stop = swing_low - 1.5*ATR(14)
trail = ATR(14)*1.2
このテンプレを各自のツール(Python、Pine Script、表計算)に移植し、銘柄別・期間別のパラメータ探索を行うと良いでしょう。


コメント