本稿では、AMM型DEX(Uniswap系)のLPと、パーペチュアル先物(以下、perp)ショートを組み合わせて価格変動の影響(デルタ)を打ち消し、手数料収入と金利差を収穫する「デルタフラットLP+先物ヘッジ」手法を、最初の設計から運用ルール、計算の要点、具体例、失敗事例、監視方法までまとめて解説します。数式は最小限にし、再現可能な手順に落とし込みます。
前提と狙い
AMMのLPは価格変動に伴い保有比率が自動調整され、インパーマネントロス(IL)が発生し得ます。一方で、perpショートを重ねるとポジション全体の価格感応度(デルタ)を中立化でき、相場の上げ下げに依存しにくいマーケットニュートラルな収益構造を狙えます。収益源は主に以下です:
- ① DEXでの取引手数料(出来高依存)
- ② perpの資金調達率(Funding)の受け取り(相場状況次第)
- ③ 先物・現物のベーシス縮小(状況次第)
同時に、以下のコストやリスクを負います:
- ・perpの資金調達率支払い(ショートで正のFundingを支払う局面)
- ・再ヘッジの取引コスト(スリッページ・手数料・ガス代)
- ・清算・証拠金不足リスク(過度なレバレッジ回避)
- ・スマートコントラクト/ブリッジ/オラクルなどのプロトコルリスク
設計の全体像(5ステップ)
- ペア選定: 流動性・出来高・手数料率(fee tier)・スプレッドの狭さで選ぶ。代表例:ETH/USDC。
- LP構築: まずは等価額(50/50)から開始(v2相当)。v3の集中流動性は後述のシミュレーション手順でヘッジ比率を求める。
- 初期ヘッジ: LP建て後にデルタを観測し、perpでショートしてデルタ≈0に近づける。
- 再ヘッジ: 価格が一定幅動いた/デルタ偏差が閾値超えた、などのルールトリガーで再調整。
- 期待値管理: 手数料期待値 − Fundingコスト − 取引費用 − 想定外損失の期待値を常時モニター。
LPの価格感応度(デルタ)を「数値」で掴む
厳密式にこだわるより、数値シミュレーションでデルタを求めるほうが実践的です。以下は50/50プール(v2相当)の簡易近似ですが、v3でも「今の価格のごく近傍」であれば小さな価格変化に対して似た挙動を示すため、±1%の二点差分でデルタを近似する手順が有効です。
二点差分でのデルタ算出
- 現在価格を
Pとし、LPの評価額をV(P)とする。 - 価格を +1% 動かしたと仮定し、
V(P×1.01)を計算。 - 価格を −1% 動かしたと仮定し、
V(P×0.99)を計算。 - デルタ(ETH枚数)≈
[V(P×1.01) − V(P×0.99)] / [0.02×P]
得られたデルタ枚数をショートすれば、LP+先物の合成ポジションの価格感応度が概ねゼロになります。v3の集中流動性でも、「現在価格がレンジ内にある」前提なら同手順で良い近似が得られます。
50/50プールの簡易評価式(理解の補助)
プールの定数を k、価格を P(USDC/ETH)とすると、プール内保有量は x=√(k/P), y=√(kP) となり、LPの時価総額は V(P)=x·P + y。ただし実運用では手数料再投資や価格飛びなどでずれるため、実務は上の二点差分で十分です。
具体例:ETH/USDCで10,000USDからスタート
前提:手数料率 0.3%、初期価格 P=3,000USD、v2相当(等価額投入)。10,000USDを LP に供給し、ほぼ5,000USD相当のETHと5,000USDのUSDCを預けたとします。
- LP建て直後に、シート(またはスクリプト)で
V(3,030)とV(2,970)を計算。 - 二点差分でデルタ(ETH枚数)を求める。例:
Δ ≈ [V(3030)−V(2970)]/(60)。仮にΔ=0.85 ETHと近似できたら、 - perpで 0.85 ETH をショートする(レバレッジは控えめ、証拠金に余裕を持つ)。
- 以後、価格が±2〜3%動いたら再度二点差分でΔを計算し、ヘッジ差分だけ追随(再ヘッジ)。
このアプローチは厳密解でなくても運用上のズレを小さく保つことに主眼があり、初心者でも実装可能です。
集中流動性(v3)での考え方
v3では価格レンジを絞るほどフィー獲得効率が上がる一方で、デルタ感応度と再ヘッジ頻度も上昇します。したがって、
- レンジ幅が狭いほどヘッジ比率の変化が速い(=再ヘッジコスト増)。
- 広いレンジはフィー効率が落ちる代わりにヘッジは安定。
実務では、「現在価格±15〜30%」程度のレンジから試し、二点差分で導いたΔを基準にヘッジします。価格がレンジ外に出たら、①レンジを追従再配置する、②一時的にLPを引き上げる、③ヘッジのみ維持する、のいずれかをルール化しておきます。
期待値(E)=手数料 − Funding − コスト
日次のざっくり期待値は以下のように置けます:
E ≈ (想定出来高 × 手数料率 × 自分のシェア) − (|ヘッジ名目| × 日次Funding) − (再ヘッジ費用+ガス)
具体的には、過去の出来高(ボラティリティが高いほど出来高は増えやすい)から現実的なフィー期待値を置き、同時に過去のFunding分布から支払う/受け取る局面の比率を見積もります。Fundingは相場の一方向トレンド時に偏るため、偏りリスクを許容できないならヘッジ名目を抑えるかヘッジを分散します。
再ヘッジの実務ルール
- 価格ドリフト法: 価格が±X%動いたら二点差分を再計算してヘッジ更新(例:±2%)。
- デルタ閾値法: 観測Δが |0.2 ETH| を超えたら調整、など枚数基準。
- 時間基準: 1日1回/4回など定時計測+必要時のみ執行(手数料とガス節約)。
取引回数が多すぎるとコスト増、少なすぎるとデルタ残存でPnLがぶれる。バックテストor紙上シミュレーションで最適帯を探しましょう。
証拠金・レバレッジ設計
ヘッジはあくまでボラ吸収のためであり、過度なレバレッジは不要です。清算価格がLPの損失と同時に重なると最悪の結果になります。目安:
- perpのレバレッジ:1〜2倍程度(証拠金に厚み)。
- 変動余地(マージンバッファ):急騰・急落時でも追証不要を目指す。
主要リスクと対策
1) Funding・ベーシスの偏り
強烈な上昇トレンドではショートがFundingを支払い続けることがある。名目を抑える/複数銘柄・複数取引所に分散。
2) 出来高の低下
ボラが萎むと手数料も細る。狭すぎるレンジの見直しと別ペアへのローテーション。
3) スマートコントラクト/オラクル/ブリッジ
単一プロトコルに集中させない。接続先の分散と残高制限。
4) 清算・証拠金リスク
低レバレッジ+厚い証拠金。暴落時のスパイクを想定し、逆指値・アラートで早期対応。
運用のミニ手順(チェックリスト)
- 対象ペアの出来高・手数料率・スプレッドを確認。
- 最初は等価額でLPを作成(v3は広めのレンジ)。
- 二点差分でΔを算出し、perpショートで合わせる。
- Fundingと出来高の推移を日次で記録。
- 価格±X% or Δ閾値で再ヘッジ。
- 想定Eがマイナスに傾いたら一旦クローズ。
よくある失敗と回避策
- ヘッジ名目が過大: 資金調達支払いがかさみ、Eがマイナス化。名目縮小で改善。
- 再ヘッジ過多: 手数料とガスで目減り。閾値を設けて回数を絞る。
- 狭すぎるレンジ依存: 頻繁にレンジ外へ。広げるか再配置頻度を下げる。
- 清算ラインを軽視: 証拠金余力を厚くし、極端値シナリオを事前確認。
簡易シミュレーションの雛形(紙と電卓でも可能)
- 初期価格
P、投入資金Cを決める(等価額)。 V(P×1.01)とV(P×0.99)を試算(v2近似式、もしくは実測器で計算)。- Δを算出しperpを建てる。
- 費用:再ヘッジの手数料・ガス、想定Funding(日次)を控えめに見積もる。
- 出来高想定からフィー日次期待値を置き、Eを計算。
まとめ
LP+先物ヘッジは、相場中立で手数料と金利差の収穫を狙える一方、Fundingや出来高、再ヘッジ頻度の選び方次第で結果が大きく変わります。二点差分でΔを測り、閾値ベースで再ヘッジ、Eがプラスで走る市場だけに絞る——この3点を守れば、初心者でも段階的に戦える戦略になります。


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