本稿では、暗号資産のトークン・アンロック(解禁)に着目した戦略を、初心者の方でも運用できるレベルまで落とし込みます。アンロックは、ロックされていたトークンが市場で売却可能になるイベントであり、供給の増加と期待・失望の交錯がボラティリティを生みます。適切に準備すれば、裁量・半自動・全自動いずれの運用形態でも再現性のあるルールを構築できます。
ポイントは3つです。①カレンダーの網羅、②需給指標の同時確認、③ルール化された執行とリスク管理です。本記事は実務に即した手順・チェックリスト・指標の閾値・執行アルゴリズム・検証観点まで具体化し、さらにCSVスケジュールを読み込んで自動執行するMQL4 EAも提示します。
1. この戦略の狙いと前提
アンロック戦略の本質は、供給イベントに伴う需給の歪みを事前・当日・事後で取りにいくことです。価格への影響は「絶対的な解禁数量」よりも、フリーフロート(流通可能枚数)に対する相対比率、既存ホルダーの属性(VC・チーム・エコシステム基金)、直近のトレンド、デリバティブ市場の傾き(資金調達率・OI・ベーシス)で決まる傾向があります。
まずはアンロック・イベントを3つの局面に分解します。
- 先回り局面(〜7〜30日前):市場参加者が日にちを意識し始めるタイミング。過熱上昇中ならショートの初期仕込み候補、弱含みなら戻り売り待機。
- 直前〜当日(-3日〜+1日):ニュース/流動性/ヘッジの交錯。スパイクが出やすく、反発(ショートスクイーズ)も発生しやすいので、逆行時の損切りと建玉分割が鍵。
- 事後(+1日〜+14日):需給の残滓と制度要因(マーケットメイク契約・ロール・借入コスト)を確認。延長・分割実施・条件変更のIRに注意しながら、戻り売り/押し目買いを検討。
2. 基本概念の整理
2.1 アンロックの種類
- クリフ(Cliff):一定期間ロック後に一括解禁。
- ベスティング(Vesting):毎月/毎四半期に定期的に解禁。
- アドホック解禁:提携・マーケ施策等で臨時に発生。
2.2 価格に効きやすい要素
- 解禁量 / フリーフロート(相対インパクト)
- 解禁受益者の構成(VC・チーム・財団・エアドロップ)
- 直近のモメンタム(週足/日足トレンド)
- 先物・無期限(パーペチュアル)の傾き(資金調達率・ベーシス・未決済建玉)
- 借入コスト・在庫(ショートの可用性)
3. データの集め方(現実的なオペレーション)
アンロック日は複数の一次情報(ホワイトペーパー・トークノミクス文書・公式ブログ・ガバナンス提案)で交差確認します。サードパーティのカレンダーは便利ですが、タイムゾーンや数量単位(枚数・USD換算)が齟齬になることがあるため、公式一次情報の優先順位を上げます。
収集した情報はスプレッドシートに以下の列で管理します。
- Token, Ticker, Chain
- UnlockDate(UTC)/ LocalDate(JST)
- UnlockType(Cliff/Vesting/Ad-hoc)
- Amount(token/日), Float(流通枚数), Amount/Float
- Beneficiary(Team/VC/Foundation/Community)
- Recent Trend(+/-), 30D Return, 7D Return
- Perp Funding(24h平均), Basis(先物-現物), OI変化
- Borrow Rate, Utilization(取引所データ)
- Notes(IR、ロック期間変更、マーケ施策等)
4. シグナル設計(閾値の考え方)
初心者でも判定しやすい単純なルールから始めます。以下は最小構成の例です。
- S1:相対インパクト…
Amount/Float ≥ 5%
で警戒、10%以上で強シグナル。 - S2:デリバ傾き… 資金調達率(Funding)が+0.02%以上で過熱、かつ OIが過去30日平均比+20%以上。
- S3:直近リターン… 7日リターン+15%以上は「先高期待→当日失望」のリスク。-15%以下は「織り込み過ぎ→出尽くし反発」候補。
- S4:受益者… VC/Team比率が高い場合は売り圧を想定。エアドロップ/コミュニティは分散売り、影響が緩やかなことも。
スコア化例:Score = 1.5*S1flag + 1.0*S2flag + 0.5*S3flag + 0.5*S4flag
。合計2.5以上で「候補」、3.0以上で「優先」。
5. 戦術:3パターンのエントリー
5.1 先回りショート(トレンド順張り)
アンロック7〜14日前、上昇トレンドかつFunding+・OI増のときに小さくショートで仕込み、戻りで継ぎ足します。利点は流動性がまだ厚い点。欠点はIRで延期/分割が出ると踏まれやすいことです。
5.2 当日リバーサル(スパイク狙い)
当日に向け買い方のヘッジ縮小やニュースで乱高下が起きます。当日朝の出来高急増+上影/下影の長い足を確認し、短期の反転を狙います。ストップはスパイク起点の±0.8〜1.2ATR。
5.3 事後の戻り売り/押し目買い
解禁後に一旦反発・戻りが出ることがあります。Fundingの符号反転やOIの急減(解体)を待ち、戻り売り/押し目買いで小さく再エントリーします。
6. 執行チェックリスト(実務フロー)
- カレンダーで対象銘柄と日付を確定(UTC→JST換算)。
- FloatとAmountの比率、受益者の属性をメモ。
- Perp FundingとOI、先物ベーシス、借入コストを確認。
- 直近7D/30Dの価格リターンと出来高を確認。
- 指標が揃えば、3分割エントリー(30%→30%→40%)。
- 損切りはATR×1.2、利益確定は初動1Rで半分、2Rで残りの半分を目安。
- イベント変更IR(延期・数量修正・分割)を常時監視。
7. リスク管理とサイズ設計
ボラ調整したポジションサイズを使います。ベース資金をEquity
、許容リスクをr%
、ストップ幅をStop(USD)
、契約あたり価値をContractValue
とすると、
Contracts = (Equity * r/100) / Stop / ContractValue
イベント時はスリッページが拡大するため、発注の成行禁止・指値の分割・スキップ条件(例:スプレッドが通常×3超)をルール化します。
8. 具体例(仮想ケーススタディ)
ケースA:強シグナルの先回りショート
- Amount/Float = 12%
- Funding = +0.03、OI = +30%(30日平均比)
- 7D Return = +18%
- Beneficiary = VC/Team集中
結論:イベント7日前から小口でショート開始、戻りで継ぎ足し。損切りは前回高値上にATR1.2倍。解禁当日の初動で利確1R、ラストは2Rで手仕舞い。
ケースB:出尽くし反発狙い
- Amount/Float = 6%
- Funding = -0.01(過度な悲観)、OIは減少
- 7D Return = -16%
- Beneficiary = Community配分多め
結論:当日朝の下ヒゲ急増で短期ロング、1Rで半分利確、ストップを建値に移動。翌日Fundingが0付近へ戻れば残りを利確。
9. ツール整備(テンプレと管理)
スプレッドシートの列案(コピーして使えます)。
Token,Ticker,Chain,UTCDate,JSTDate,Type,Amount,Float,Amount/Float,Beneficiary,Funding,Basis,OIChange,BorrowRate,Utilization,7D,30D,Score,Notes
優先度はScoreでソートし、JSTの週次でレビュー、3週間先までの候補を先出しします。
10. 取引口座と準備
現物・無期限先物・先物(期先)のいずれかが必要です。口座開設では、本人確認、二段階認証、証拠金通貨の選択、資金の入出金手順、手数料体系(メイカー/テイカー)、API利用の可否を確認します。初心者の方は、まずデモ・少額で執行テストを数回行い、スリッページや約定速度を体感してから本番に移行してください。
11. 自動売買の雛形:MQL4 EA(CSVスケジュール読み込み)
以下は、MQL4/Files フォルダに置いた unlock_schedule.csv
を読み込み、パラメータに基づいてイベント数日前に自動で仕掛ける簡易EAです。Funding等の条件は外部インジケータから iCustom
で取得する想定ですが、初心者の方は手入力でも運用できます。
//+------------------------------------------------------------------+
//| UnlockEA.mq4 |
//+------------------------------------------------------------------+
#property strict
input string CsvFileName = "unlock_schedule.csv"; // Token,UTCDate(YYYY-MM-DD),Ticker,AmountOverFloat(%)
input int EntryDaysBefore = 7; // 何日前から仕掛けるか
input double MinImpactPercent = 5.0; // 影響度の下限(%)
input double RiskPerTradePct = 0.5; // 1トレードあたり許容損失(%)
input double ATRmult = 1.2; // ストップのATR倍率
input string TradeSymbol = "BTCUSD"; // 取引シンボル(例)
input bool UseShort = true;
input bool UseLong = true;
datetime todayUTC;
struct EventRow { string token; datetime utcd; string ticker; double impact; };
EventRow events[];
int OnInit(){
todayUTC = TimeCurrent();
LoadCSV();
return(INIT_SUCCEEDED);
}
void LoadCSV(){
int h = FileOpen(CsvFileName, FILE_CSV|FILE_READ, ',');
if(h==INVALID_HANDLE) { Print("CSV open failed: ", GetLastError()); return; }
while(!FileIsEnding(h)){
string token, dateStr, ticker; double impact=0;
token = FileReadString(h);
if(StringLen(token)==0) { FileReadString(h); FileReadString(h); FileReadNumber(h); continue; }
dateStr = FileReadString(h);
ticker = FileReadString(h);
impact = FileReadNumber(h);
datetime d = StringToTime(dateStr + " 00:00");
EventRow r; r.token=token; r.utcd=d; r.ticker=ticker; r.impact=impact;
int sz = ArraySize(events); ArrayResize(events, sz+1); events[sz]=r;
}
FileClose(h);
}
void OnTick(){
// 1日1回判定で十分。デモでは毎ティック簡易チェック。
for(int i=0;i= 0){
if(events[i].impact < MinImpactPercent) continue;
// 既存ポジチェック
if(PositionsExist()) continue;
double atr = iATR(TradeSymbol, PERIOD_H1, 14, 0);
if(atr<=0) atr=100.0;
double stop = atr*ATRmult;
double equity = AccountEquity();
double risk_value = equity * RiskPerTradePct/100.0;
double lot = MathMax(0.01, NormalizeDouble(risk_value/stop/1000.0, 2)); // 簡易ロット算出(ブローカー仕様に合わせて調整)
// 条件に応じてショート/ロング
if(UseShort) OrderSend(TradeSymbol, OP_SELL, lot, Bid, 10, Bid+stop, Bid-stop*3, "unlockEA", 0, 0, clrRed);
if(UseLong) OrderSend(TradeSymbol, OP_BUY, lot, Ask, 10, Ask-stop, Ask+stop*3, "unlockEA", 0, 0, clrBlue);
}
}
}
bool PositionsExist(){
for(int i=0;i
unlock_schedule.csv の最小例:
TokenA,2025-10-15,TKA,12.5
TokenB,2025-11-03,TKB,6.2
実運用では、取引所の仕様に合わせてロット計算とストップ距離を調整し、スリッページ耐性のために分割注文や時間分散を追加してください。
12. よくある失敗と回避策
- IR変更の見落とし:延期・分割・数量修正は珍しくありません。一次情報の再確認で前日にも必ずクロスチェックします。
- Fundingの符号反転を無視:当日・翌日の反転はショートスクイーズ/ロング解体のシグナルになりやすいです。
- 過度な一括成行:板が薄い時間帯は避け、指値を複数価格に分散します。
- サイズ過大:イベントは外れ値を生みます。ボラ調整と最大ドローダウン想定を事前に。
13. 実行プラン(最短90分)
- 20分:3週間分のアンロック候補をリスト化。
- 20分:Float比率・受益者属性を記入、Score算出。
- 20分:Funding/OI/Basis/借入コストを確認。
- 15分:シナリオ別に発注計画(3分割)とストップ設計。
- 15分:デモで執行テスト→小額で本番。
14. FAQ(抜粋)
Q1:延長や分割が出たら?
エントリー条件を満たしていても、一旦全キャンセルかサイズを1/3に圧縮します。条件を再評価してから再投入します。
Q2:銘柄選定の優先度は?
Amount/Floatが大きい銘柄、FundingがプラスでOI増加の銘柄を優先します。トレンドが直近で+15%を超える場合は踏み上げ警戒で分割幅を狭めます。
Q3:初心者はどれから始める?
まずはスプレッドシート管理と、当日リバーサルの短期トレードをデモで3回。次に先回りショートを小額で試し、最後に事後の戻り売り/押し目買いへ拡張します。
15. まとめ
アンロックは「供給イベント×デリバティブの傾き×市場心理」の交差点です。カレンダーの先出しと同時多指標のチェック、分割と損切りの徹底で、初心者の方でも再現性を持たせられます。本稿のフレームとEA雛形を土台に、銘柄・期間・手仕舞いの最適化を重ねて、ご自身のワークフローへ組み込んでください。
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