住宅ローンの束(プール)から生まれる「モーゲージ証券(MBS)」は、株式や通常の債券とは異なる“金利低下で価格が伸びにくい/金利上昇で下落しやすい”という非対称性(ネガティブ・コンベクシティ)を持ちます。本稿では、個人投資家が実際の売買やポートフォリオに落とし込めるよう、前提→指標→シナリオ→実践の順で徹底整理します。
モーゲージ証券(MBS)の基本構造
MBSは、多数の住宅ローンをプール化し、元利金キャッシュフローを投資家へ再配分する証券です。代表的な形態は「パススルー(Pass-Through)」で、返済があれば早期償還として投資家に返ってきます。これがプリペイメント(繰上返済)です。
- WAC(加重平均クーポン):プール全体の平均金利。
- WAM(加重平均残存期間):元本の平均残存月数。
- WAL(加重平均回収期間):元本回収に要する平均年数。
- CPR / PSA:プリペイの速度指標(CPRは年率、PSAは標準モデル比)。
- OAS:オプション調整スプレッド。プリペイオプションを織り込んだ相対価値指標。
- DV01 / デュレーション:金利変化に対する価格感応度。ただしMBSは金利によりデュレーションが動的に変化。
プリペイメントがもたらす“ネガティブ・コンベクシティ”
金利低下局面では借換えが進みプリペイが加速、将来の高クーポン受取が短くなるため価格上昇が抑制されます。逆に金利上昇局面では借換えが止まりデュレーションが伸び(エクステンション)、価格下落が増幅します。これがMBSのコア・リスクです。
ケーススタディ:金利±1%の感応度イメージ
以下は概念図です。実際の数値はプール特性・金利水準・ボラティリティで大きく変わります。
- 金利 -1%:プリペイ加速 → デュレーション短縮。価格上昇は同デュレーションの国債より小さくなりがち。
- 金利 +1%:プリペイ鈍化 → デュレーション延伸。価格下落は同デュレーションの国債より大きくなりがち。
つまり、上がる時は鈍く、下がる時は深い。この非対称を前提に戦略を設計します。
投資ユニバース:どうやって個人がアクセスするか
個別のMBS(パススルーやCMOトランシェ)に直接投資するのはハードルが高いため、多くの個人は以下で実装します。
- MBS ETF:例)エージェンシーMBS中心のETF。分散と流動性があり、売買が容易。
- 公社債投信:MBS比率の高い総合債券ファンド。自動再投資・分配設計が選べる。
- 外国債券ファンド(為替ヘッジ有無):円ベースでの金利・為替一体管理が可能。
日本居住の投資家は、為替ヘッジの有無でリターン特性が激変します。金利ビューと為替ビューを一貫させることが重要です。
金利サイクル別の戦い方(プレイブック)
1) 利上げ局面(インフレ粘着→ターミナルへ)
- 基本戦術:MBS単体のロングはエクステンション・リスクで痛みやすい。デュレーションは短めにし、国債先物ショートや短期債オーバーウェイトでヘッジ。
- アイデア:MBSロング+米国債先物ショートのデュレーション・ニュートラル。OASが広がる局面で徐々に構築。
2) 金利高止まりから低下初動(カット見込み)
- 基本戦術:OASが広がった後の“縮小”を狙う相対価値。フルベータではなく、スプレッド縮小(OASタイト化)で稼ぐ設計。
- 注意:初動でプリペイはまだ鈍いことが多い。段階的にロールダウンも取りやすい。
3) 急速な利下げ(景気悪化/ショック)
- 基本戦術:プリペイ急加速によりロングのアップサイドが削られる。ここは国債の方が素直に上がる可能性が高い。
- ヘッジ:MBSロングを続けるなら、レート先物ロングやスワップションでコンベクシティ補完。
実務指標:何を見て、どう意思決定するか
- OAS:自分が保有するMBS ETF/ファンドの開示資料からトレンドを追跡。拡大→仕込み検討、縮小→利益確定検討。
- 実効デュレーション:金利水準に応じて変動。ファンドの月次レポートで必ず確認。
- プリペイ指標(CPR/PSA):金利低下で上振れ。過去レンジとモメンタムを重ねて評価。
- スプレッドの相対位置:自国債・社債・MBSの三角比較で“どれが最も歪んでいるか”を見る。
数値イメージ:シンプルな感応度計算
仮に、あるMBS ETFの現在の実効デュレーションが5年、DV01=0.05%/1bp相当とします。金利が+50bpなら理論上の価格下落は約-2.5%(=5×0.5%)。しかし、金利上昇でデュレーションが5→6に延びると、損失は-3.0%に拡大し得ます。これがエクステンション・リスクの直感です。
実践ステップ(チェックリスト)
- 金利ビューの明文化:自分の想定(上/横/下)と期間(3〜12ヶ月)をテキスト化。
- 実効デュレーションの目安設定:ポート全体で何年にするかを先に決める。
- 商品選定:ETF/投信の月次レポートからOAS・実効デュレーション・為替ヘッジの有無を確認。
- ヘッジ計画:先物の必要枚数(DV01整合)を概算。為替ヘッジ比率も決める。
- 建付け:分割エントリーでタイミング分散。OAS拡大時に厚く、縮小時に薄く。
- モニタリング:OAS・CPR・実効デュレーション・含み損益(IRR)を月次で点検。
- 出口:OASが歴史的タイト水準、または金利急低下でプリペイが走る兆候で段階利確。
リスク管理:ここを外すと負ける
- コンベクシティ不足:MBSだけに寄せると“下で伸びる”危険。長期国債やレート先物ロングで補う。
- 為替の逆風:外貨建てをヘッジ無しで保有すると、円高で逆噴射。ヘッジ方針を固定。
- 流動性:出来高が薄いETF/投信はスプレッドが拡大しやすい。発注は指値やVWAP/TWAPを活用。
- 配当再投資:分配金の再投資有無でトータルリターンが別物に。税務も含めシミュレーション。
相対価値アイデア(例)
「MBSロング+米国債先物ショート」でデュレーションを中立化し、OASの縮小だけを取りに行く戦術。セットアップは以下の手順です。
- 保有するMBS ETFのDV01を算出(開示指標から概算)。
- 先物(例:米10年債先物)のDV01を調べ、総DV01が±0に近づく枚数を逆算。
- エントリーはOASが過去レンジ上位に来たタイミングで。
- 利食いはOASが中央値〜下位に戻った時点で段階的に。
よくある失敗と対策
- “国債に近いだろう”と過小評価:プリペイで別物。デュレーション可変を常に意識。
- 高配当だけを見て買う:分配金は元本の早期返還を含む。利回りの内訳を確認する。
- 為替一任:ヘッジ比率を事前に決め、リバランス・ルールを固定。
- 出口戦略の欠如:OASと金利シナリオで事前ルールを作る。
簡易ルール雛形
・OASが過去5年レンジ上位25% → 1/3ずつ買い下がりで合計目標比率まで ・OAS中央値回帰 → 1/3利確 ・OAS下位25%到達 or 金利-100bp急低下兆候 → 全利確または半分利確 ・毎月:実効デュレーション、CPR、為替ヘッジ比率を点検
用語ミニ辞典
- エージェンシーMBS
- 政府機関系保証(信用リスクが低い一方、プリペイリスク中心)。
- CMO
- トランシェ分割でキャッシュフロー特性を調整したMBS。PAC/サポート等。
- IO/PO
- 利息のみ/元本のみのストリップ。金利・プリペイに対する感応が極端。
- OAS
- オプション要素を控除した超過スプレッド。相対価値の中核指標。
まとめ:MBSは“設計してから買う”資産
MBSは、プリペイという内蔵オプションゆえに、買って放置では期待通りに動きません。金利サイクル・OAS・為替の三点セットで設計し、ヘッジを組み合わせて運用することで、株と相関の低い収益源に育ちます。設計 → 実装 → 点検 → 利確の機械的サイクルを回しましょう。


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