モーゲージ証券(MBS)の本質と個人投資家の攻め方:利回り・リスク・戦術を体系化する

債券

「モーゲージ証券(Mortgage-Backed Securities, MBS)」は、住宅ローンを束ねたキャッシュフローから成る債券です。投資家が受け取る元利金の裏側に「個々の住宅ローンの返済」があり、金利水準や繰上返済行動(プリペイメント)の変化がダイレクトに価格・利回りへ波及します。株や通常の社債と比べ、MBSには「借り手の行動がオプションのように効く」という特徴があり、これが独自のリスクとリターンの源泉です。本稿は、個人投資家がMBSを“武器”として使うための体系的ガイドです。

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1. MBSとは何か:キャッシュフローの正体

MBSは、多数の住宅ローンをプール(束)にして証券化し、投資家に対して毎月の元利金を配分する仕組みです。返済は「元金」と「利息」に分かれ、ローン残高の減少速度は通常の償還スケジュールだけでなく、借り手の繰上返済(リファイナンスや売却時の一括返済)で加速します。つまり、キャッシュフローは固定的ではなく「金利低下や住宅市場の活況」で早まり、「金利上昇や住宅市場の停滞」で遅くなる傾向があります。

この可変性こそがMBSの核心で、債券としては珍しい「ネガティブ・コンベクシティ(後述)」を帯びます。ゆえにMBSの分析では、単なる最終利回りだけでなく、プリペイメントモデルやデュレーション(価格の金利感応度)、コンベクシティ(感応度の曲率)を同時に考える必要があります。

2. プリペイメントのメカニズム:金利低下は“嬉しいだけ”ではない

借り手は金利が下がると、より低い金利の住宅ローンへ借り換える動機が強まります。これが「プリペイメント率」の上昇です。投資家にとっては、予定より早い元金回収=高利回りのクーポンを長く受け続けられないという“再投資リスク”が発生します。逆に金利が上昇するとプリペイメント率は低下し、長期にわたり低いクーポンを抱えさせられる“延長リスク”が強まります。

この非対称性は、MBSが実質的に「コールオプションを売っている」ような性質を持つことを意味します。金利低下局面では債券価格が思ったほど上がらず、金利上昇局面では下落が拡大しやすい――これがMBS特有のネガティブ・コンベクシティです。

3. スプレッドで見る妙味:OASという共通言語

MBSの魅力度は、しばしば国債に対するスプレッドで評価されます。単純なZスプレッドだけではプリペイメントのオプション性を十分に捉えにくいため、実務では「OAS(Option-Adjusted Spread)」が重視されます。OASは、金利パスを多数シミュレーションし、組み込まれたオプション効果を調整したうえでの超過利回りを推計する手法です。OASが厚い局面は、投資家にとって相対的に妙味が大きい可能性を示唆します。

個人投資家がETF(後述)経由でMBSへ投資する場合も、ファンド概況に記載される利回り・平均デュレーション・保有構成に加え、「スプレッド環境」や「プリペイメント環境(借り換え動機の強弱)」を合わせてみると、期待と現実のギャップを減らせます。

4. 価格感応度:デュレーションとコンベクシティを直感化する

デュレーションは「金利が1%動いたときの理論価格変化率」を概ね示します。一方、コンベクシティはその“曲率”で、MBSは一般にネガティブ・コンベクシティ(=上昇で伸び悩み、下落で加速)を示します。数式に頼らず直感で言えば、金利低下では借り手が速く返してくるため高クーポンの“おいしい期間”が短くなり、価格上昇が抑制されます。金利上昇では返済が遅くなり、低いクーポンを長く抱え続けるため、価格下落が膨らみやすいのです。

5. 個人投資家の実装手段:現物、CMO、ETF、REIT

(1)パススルーMBSの現物:専門口座や最低投資額のハードルがあり、個人には実務負荷が大きめ。銘柄選定・プール属性・季節性(引っ越しシーズンなど)まで見る必要があります。

(2)CMO(Collateralized Mortgage Obligation):同じプールでもトランシェでキャッシュフロー配分が異なります。PAC(Planned Amortization Class)はプリペイメントの変動を吸収しやすいが、極端な金利変動では保護が剥落する可能性に注意。

(3)MBS ETF:最も実用的。分散と流動性、コストのバランスが取れ、平均デュレーションやクレジット(エージェンシー/ノンエージェンシー)組成が開示されます。個人投資家はまずここから検討するのが現実解。

(4)モーゲージREIT:MBSをレバレッジ運用し配当を狙う車両。利回りは魅力的だが、レバレッジと金利ヘッジ(スワップ等)運用によるボラティリティが大きく、配当変動も大きい点を理解する必要があります。

6. リスク整理:何にどう効くのか

  • 金利リスク:金利上昇で価格下落。延長リスクにより下落が増幅しやすい。
  • プリペイメントリスク:金利低下で早期償還が増え、再投資リスクが顕在化。
  • クレジット/流動性:エージェンシーMBSは政府機関の保証で信用リスクが相対的に低い一方、ノンエージェンシーは景気や住宅市場の影響を強く受けます。ETFなら市場流動性も確認。
  • ボラティリティ・リスク:金利ボラが高まるほどオプション性が効き、評価がぶれやすい。

7. 収益ドライバー:どこでリターンを稼ぐか

収益は(A)クーポン収入、(B)スプレッド縮小によるキャピタルゲイン、(C)イールドカーブ変動(ベータ)に分解できます。たとえば景気後退初期に金利が低下し始め、かつボラが落ち着けば、OAS縮小(=評価改善)と価格上昇が同時に起きやすくなります。逆にインフレ再燃・ボラ拡大では、OAS拡大と価格下落が重なりやすい。

8. 実装ガイド:ステップ・バイ・ステップ

  1. 目的関数を定義:配当キャッシュフロー重視か、スプレッド縮小による値上がり重視か。投資期間(3年/5年/10年)も先に決める。
  2. 車両選定:まずはエージェンシー中心のMBS ETFを基軸に。平均デュレーション、OASの水準推移、経費率をチェック。
  3. サイズ決定:全資産の5〜20%など、ポートフォリオのリスク・バジェット内に制約を置く。
  4. ヘッジ設計:金利ベータの一部を国債ETFや金利先物で中和。株式との相関変化も想定。
  5. モニタリング:住宅ローン金利、プリペイメント指標、住宅価格指標、金利ボラを定点観測。ETFのファクトシート更新も毎月確認。

9. 数値感覚を掴む簡易シナリオ

仮に平均デュレーション5.0、OAS 70bp、経費率0.06%のMBS ETFを保有しているとします。おおまかな感応度のイメージは以下です。

  • 金利が-1.0%:理論上+5%程度の上昇。ただしプリペイメント加速で+4%にとどまる可能性。
  • 金利が+1.0%:理論上-5%程度の下落。延長リスクで-6%まで拡大する可能性。
  • 同期間でOASが-20bp:スプレッド縮小分で+1〜2%程度の上振れ。

これはあくまで直感のためのラフな例示です。実際には金利パスのボラと期間構造が効きます。

10. 戦術:タイミングと組み合わせ

(A)金利ボラ低下局面でのエントリー:プリペイメントの読みやすさが増し、OASも締まりやすい。

(B)分散での位置づけ:株式と長期国債の間をつなぐ中間リスク資産として採用。株式下落時でも金利低下+OAS縮小が同時に起きればクッションになり得る。

(C)ヘッジの実務:デュレーションの一部を国債先物で打ち消し、純粋なOAS収穫に寄せる。金利急騰時のドローダウン抑制が狙い。

(D)REIT配当の活用:配当キャッシュフローをNISA等の非課税枠に収めることで、税引後リターンの安定化を図る(制度要件は各自確認)。

11. ケーススタディ:3つの投資家タイプ

インカム志向:株式70%、MBS ETF15%、国債ETF15%。目的は配当の安定化とボラ低減。金利上昇期は国債ヘッジを併用。

バランス志向:株式60%、MBS ETF20%、国債ETF20%。OAS縮小の局面で上振れを取りに行く。

戦術派:株式50%、MBS ETF20%、国債ETF20%、現金10%。金利イベント(FOMC等)前後でサイズ調整し、ボラに応じてヘッジ強度を変える。

12. 注意すべき落とし穴

  • 利回りの見かけ倒し:分配金利回りだけで判断すると再投資価格や元金の減少速度を見誤る。
  • レバレッジの二面性:mREIT等は利回りが高い一方、金利ショック時にドローダウンが大きくなりやすい。
  • 期間のミスマッチ:短期資金で長期性の資産を保有するのは流動性リスクを高める。

13. チェックリスト(実行前・保有中)

  • ファンドの平均デュレーション、OAS、経費率、クレジット構成(エージェンシー比率)を確認
  • 住宅ローン金利、住宅価格指数、失業率、金利ボラ(MOVEなど)を定点観測
  • ヘッジ方針(先物/スワップ/国債ETF)とトリガー条件を明文化
  • 目標リスク(最大ドローダウン、ボラ目標)と縮小・撤退ルールを設定

14. まとめ:MBSは“行動”が価格に刻まれる債券

MBSは金利と人の行動(プリペイメント)が交差する、債券の中でも“動的”な資産です。ETFを使えば個人でも扱いやすく、ポートフォリオの中間層として機能し得ます。デュレーションとコンベクシティ、そしてOASという三点セットを軸に、金利パスの読みとヘッジを適切に組み合わせることで、利回りの獲得と下振れ抑制の両立が狙えます。

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