要点:自動マーケットメイカー(AMM)に流動性提供(LP)すると、価格変動により「インパーマネントロス(IL)」が発生します。本稿では、LP報酬(スワップ手数料・インセンティブ)を維持しつつ、オプションやパーペチュアル(無期限先物)によるヘッジでILの振れ幅を抑える実務手順を、数式・数値例・運用フローまで具体的に解説します。
1. インパーマネントロスの直観と式
AMM(例:Uniswap v2)の等比式プールでは、預けた2資産の価値比が価格Pの変化に応じて自動再配分されます。価格が初期値P0からPに動いたとき、同額保有(HODL)と比較したLPポートの相対損益(IL)は概ね
IL(P) ≒ 2√(P/P0) / (1 + P/P0) − 1
で近似できます。P/P0が1から離れるほどマイナスが拡大します。つまり「方向リスク(デルタ)」がILの正体です。
2. ヘッジの基本設計:デルタを抑える
LPが負うリスクは主に価格方向(デルタ)と、価格曲率(ガンマ)です。LPは価格が動くと資産構成が自動で変わるため、デルタ・ガンマが時間とともに変動します。よって、ヘッジは次の二層で考えます。
- 一次ヘッジ(デルタヘッジ):価格方向の偏りを打ち消す。方法:パーペチュアルのショート/ロング、先物、またはアット・ザ・マネー(ATM)付近のオプション・ストラドル/ストラングル。
- 二次ヘッジ(ガンマ/ボラ管理):急変動時の再ヘッジ負担を抑える。方法:期間の異なるオプションを組み合わせてガンマを持たせる、またはボラティリティが高騰した局面で部分的にガンマを売る。
3. 代表的な3手法
3.1 パーペチュアル・デルタヘッジ
プールがETH/USDC(50/50)、初期価格P0=2,000 USDC/ETHとします。合計1万USDC相当をLP投入すると、ETH 2.5枚 + 5,000 USDCになります(簡略化)。デルタは概ねETH 2.5のロングに等しいため、ETHパーペチュアルを2.5枚ショートしてデルタを相殺します。以後、価格が上がってETH保有が減ればショートを部分クローズ、下がってETH保有が増えればショートを増やす、というリバランスで追随します。
コスト:資金調達(ファンディング)レート、手数料、スリッページ。LPの手数料収入(例:年率5〜20%)と相殺し、ネットのキャリーがプラスかを判定します。
3.2 オプション・ストラドルによるガンマ付与
ボラが上がりそうなイベント(FOMC、ETF関連ニュース等)がある時期は、ATMストラドル(コール+プット)を少量買い、LPポジションにガンマ(曲率)を加えます。価格が跳ねたとき、ガンマがデルタ変化を緩衝します。日柄や想定ボラに応じてデルタヘッジ×ガンマ少量購入のハイブリッドが有効です。
3.3 レンジ指定AMM×オプション・コリドー
Uniswap v3などレンジ指定AMMでは、LPは自ら流動性提供レンジ[Pa, Pb]を設定できます。ここで外側に安価なコリドー(OTMコールとOTMプット)を買い、極端なブレイク時の損失増を保険化します。コストは抑えつつ、テールを守る設計です。
4. 数値シミュレーション:ETH/USDCのケース
前提:LP元本10,000 USDC、手数料年率12%(日次複利換算0.031%/日)、30日運用。ETH価格は2,000→2,400(+20%)。
- ヘッジ無し:ILは概算で約−1.96%。手数料リターン+3.6%(単利近似)。ネット+1.64%。
- パーペチュアル・デルタヘッジ:IL影響は小さくなるが、ファンディング年率5%・取引コスト0.5%相当と仮定。手数料+3.6% − 0.5% − 0.41%(30日分のファンディング)=+2.69%。
- ストラドル少量買い:オプション保険料0.6%を支払い、急伸でデルタ調整頻度を低減。結果+3.6% − 0.6%=+3.0%(ヘッジ効果で再ヘッジコストも低減する想定)。
市場実勢の手数料/ファンディング/ボラ水準で結果は変わりますが、「LP手数料 − ヘッジコスト」が正なら戦略は成立します。
5. 実務フロー(チェックリスト)
- 対象プール選定:出来高/TVL/手数料率を記録。出来高/TVLが高いプールほど手数料効率が良い傾向。
- ボラ前提の設定:過去30〜90日の実現ボラとインプライドボラを把握。イベントカレンダー(政策発表、主要リリース)も確認。
- 初期デルタの推定:LP投入時の資産配分からおおよそのデルタ(基軸資産のネット枚数)を算出。
- ヘッジ手段の決定:
- 短期回転 → パーペチュアルでデルタ固定。
- イベント跨ぎ → 少量のATMストラドルを追加。
- 広い価格帯 → レンジ外OTMでテール保険。
- サイズ管理:ヘッジ名目はLP元本の30〜70%で開始し、観測しながら調整。
- リバランス頻度:ボラが高い日は高頻度、落ち着いた日は低頻度。スプレッド/スリッページを必ずログ化。
- 損益計測:手数料収入・IL推定・ヘッジPNL・費用を日次で可視化。「ネットキャリーがプラスか」を常に判定。
6. よくある落とし穴と対策
- ファンディング反転:強気相場でショートの支払いが増える。→ 期近のプット買いを併用し、急伸局面での再ヘッジ頻度を下げる。
- ブラックスワン:ブリッジ停止/オラクル障害/DEX異常はヘッジが効きにくい。→ CEX側にもヘッジ口座を持ち、代替板を用意。
- レンジ外れ(v3):「外れたまま」で手数料が止まる。→ レンジを段階配置(ラダー)し、片側ブレイク時もどこかで稼ぐ。
- 過剰ヘッジ:ヘッジし過ぎで手数料以上のコストに。→ ネットキャリーのモニタリングを自動化し、しきい値で縮小。
7. 簡易フォーミュラと指標
30日想定のネット利回り(%)の簡易式:
Net ≒ Fee_30d − Funding_30d − OptPrem_30d − TxCost_30d
各項目の見積もりは、出来高/TVL、過去のファンディング実績、オプションIV、トランザクション履歴から更新。Netが常にプラスのプールと期間を選別するのがコアです。
8. 最小セットアップ(今日から試す)
- DEX分析サイトでETH/USDCなど主要プールの出来高/TVL/手数料率を確認。
- 1,000〜3,000 USDC相当で小さくLP参加。
- ペアとなるパーペチュアル口座を用意し、初期デルタ分だけ反対売買。
- イベント週のみ少量の短期ストラドルを追加。
- 毎日、手数料収入とヘッジ費用をスプレッドシートで記録。Netがマイナスに近づいたら縮小。
9. まとめ
AMMの稼ぎ方は「出来高×手数料率」で決まりますが、価格変動によるILを無視すると収益が安定しません。デルタはパーペで抑え、ガンマはオプションで適量持つ。この二段構えが、LP収益のボラティリティを現実的コストで抑える王道手順です。小さく始め、日次のデータで「手数料 − ヘッジ」の収支を管理し、プラス領域だけを太らせてください。
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