結論から言うと、夜間PTS(私設取引システム)の価格が翌朝の寄り付きで修正される現象は、初心者でも扱える定量テーマです。ポイントは「価格乖離を数式で定義する」「出来高でノイズをふるい落とす」「注文方法を固定化する」の3つ。ここでは、基礎から実務運用までを一気通貫で解説します。
前提:夜間PTSとは何か、なぜズレが生じるのか
PTSとは、取引所(東証)外で稼働する私設の売買システムです。夜間(通常16:30頃〜23:59など、システムにより異なる)に売買できるため、引け後の決算やヘッドラインを先に価格へ織り込むことがあります。一方で参加者が限られ、板が薄く、価格が過度に振れやすい。この振れが翌朝の「寄り」で修正されるなら、合理的に狙う余地が生じます。
戦略の骨子:乖離を定量化し、出来高で信頼度を担保する
狙いはシンプルです。
① 終値(東証)→ ② 夜間PTS出来値 → ③ 翌朝の寄り付き、の三点を比較し、PTS終盤の価格が行き過ぎた銘柄を抽出します。
基本定義
以下の指標を用います。
- 終値(C_TSE):当日東証の終値。
- PTS終盤価格(P_PTS):夜間PTSの最終約定価格、または終盤5分の加重平均。
- 翌寄り(O_NEXT):翌営業日の東証寄付。
乖離率の定義(買い狙いの例):
乖離率(買い) = (C_TSE - P_PTS) / C_TSE
この値が閾値θ以上かつ出来高条件を満たす場合、翌朝の寄りで「修正(戻り)」が起きると仮説を置きます。売り狙いは符号を反転します。
出来高フィルター
板が薄い銘柄は価格が振れやすいだけで再現性が落ちます。夜間PTS出来高(終盤15〜30分合計)と、日中出来高(当日東証)の双方に下限を設定し、流動性のない銘柄を除外します。
- PTS終盤出来高 ≥ 5,000株(小型なら1,000〜3,000株でも可だが約定リスク上昇)
- 当日日中出来高 ≥ 20万株(時価総額や株価水準で調整)
取引設計:初心者向けの最小構成
推奨する発注タイミング
翌朝の寄付に合わせた発注に統一します。理由は2つ:
(1) ルールが単純でブレにくい、(2) 板寄せで需給がまとめて処理されやすい。
注文方法
- 買い狙い:乖離率(買い)がθ以上の銘柄に、寄付成行(または寄付指値:寄り直前気配の±0.5〜1.0%)で買い→ 同日引けで手仕舞い、あるいは目標リターン到達で利確。
- 売り狙い:乖離率(売り)がθ以上の銘柄に、寄付成行(制度信用・一般信用売、または現物保有のつなぎ売り)→ 同日引けで手仕舞い。
パラメータの初期値(例)
- 乖離率閾値 θ:±1.5%(出来高が十分なら±1.0%でもテスト)
- 損切り:-1.0%(ザラ場に逆指値、または終値判定で-1.5%)
- 利確:+1.0%〜+1.8%(ボラ・実現頻度で最適化)
- エントリー上限:同日3銘柄まで(分散と監視負荷バランス)
対象銘柄の選び方:スクリーニング手順
- 日中データ集約:各銘柄の当日終値(C_TSE)と日中出来高を取得。
- PTS終盤データ:19:30〜23:59の約定履歴から終盤5分のVWAPを算出し、P_PTSとする。
- 乖離率計算:(C_TSE – P_PTS) / C_TSE(買い)、(P_PTS – C_TSE) / C_TSE(売り)。
- 出来高フィルター:PTS終盤出来高と日中出来高が下限を超える銘柄を残す。
- 除外ルール:決算発表当日/翌日、上場廃止・監理ポスト、売買停止、連続ストップ系は外す。
- 候補確定:乖離率の絶対値がθ以上の銘柄を翌朝キューに入れる。
注文フロー:寄付での実務オペレーション
寄り付きは板寄せ方式です。開始前に成行・指値の注文を積み上げるため、寄り直前の気配を必ず確認します。
- 8:50〜8:55:候補銘柄の板と気配を確認。乖離が大きく縮小・拡大した場合はエントリー見送り。
- 8:55〜8:58:寄付成行(または寄付指値)をセット。システムトラブルに備え、代替回線・アプリも起動。
- 約定後:逆指値(-1.0%)と指値(+1.2%など)を同時に入れて自動化。
- 10:00、11:00、13:00、14:30に状況チェック。約定履歴・リスクイベントを点検。
- 15:00:同日引けでクローズ(デイトレ基調)。翌日に持ち越す場合はニュース・貸借・ボラを再評価。
リスクと回避策:ここを外すと負ける
- 板の薄さ:見た目の乖離が大きくても、実際に寄りで修正されないことがある。最小枚数の板だけで釣られていないかを確認。
- ニュースの片寄り:明確な悪材料・好材料の初動はPTSで方向が出ているだけ。「修正」ではなく「トレンド継続」の可能性が高い。決算直後などは見送りを基本に。
- ギャップ・アンド・ゴー:翌朝、気配がさらにPTS方向へ拡大して寄る場合は優位性が崩れる。気配監視で撤退判断。
- 約定できない問題:乖離が大きいのに出来高が不足するとエントリー自体が成立しない。出来高下限の引き上げで対処。
- 取引コスト:手数料・貸株料・金利・税を控えめに見積もっても、薄利は簡単に消える。手数料体系の見直しは必須。
ケーススタディ:数字で理解する
仮に、ある銘柄の当日終値が1,000円、夜間PTS終盤VWAPが980円、翌朝寄付が990円だったとします。
- 乖離率(買い) = (1,000 – 980) / 1,000 = 2.0%
- 寄付成行で約定(990円)、同日引けで1,000円に戻れば+1.0%の利幅。
この動きがニュースのない日に、十分な出来高で繰り返し観測されるかを検証します。
検証(バックテスト)手順:スプレッドシートで十分
- データ項目:銘柄コード、日付、C_TSE、P_PTS(終盤5分VWAP)、O_NEXT、PTS終盤出来高、当日日中出来高、ニュース有無フラグ。
- 判定列:乖離率(買い/売り)、出来高条件OK/NG、除外ルール該当フラグ。
- エントリー価格:O_NEXT(寄り)。
- エグジット価格:同日引け(C_NEXT)または+TP/-SL到達価格。
- 損益計算:リターン% = (エグジット – エントリー) / エントリー。
- 集計:勝率、平均損益、中央値、最大DD、連敗数、1取引あたり期待値。
スプレッドシート例の計算式:
=IF(AND(ABS((C_TSE - P_PTS)/C_TSE) >= Theta, PTS_Vol >= VolMin, Day_Vol >= DayVolMin, NewsFlag = 0),
(Exit - Entry)/Entry,
NA())
検証期間は最低でも6〜12か月、できれば複数の相場局面(上昇・下落・ボックス)を跨いで確認します。
資金管理:小さく始め、大きく間違えない
- 1回のリスク(SLまでの距離×数量)を口座残高の0.3〜0.5%に制限。
- 同時エントリーは最大3銘柄、相関が高いセクター集中は避ける。
- 週次でドローダウンが-3%を超えたら新規停止、1週間クールダウン。
コストと実務:見落としがちな細部
- 手数料・金利・貸株料:超短期では数十bpが勝敗を左右する。約定代金別の料率体系を把握。
- 約定通知・アラート:アプリとメールの二重化。障害時の代替回線(テザリング)も準備。
- ログ:毎取引のスクショ、気配の時刻、板の枚数、撤退根拠を残す。後で再現性を検証できる。
よくある失敗と対策
- 乖離の定義が曖昧:「なんとなく割安・割高」で入ると崩壊。数式と閾値を固定化。
- 材料日を触る:決算・大型開示日に手を出すとトレンドに飲み込まれる。カレンダー管理で回避。
- 出来高不足:小型のPTS一撃約定に釣られると寄りで逆方向に踏まれる。終盤VWAPと出来高で確認。
- 持ち越しの軽視:デイトレ前提の戦略で安易に翌日へ持ち越すとギャップで損失拡大。ルール外はやらない。
用語の簡潔解説
- 板寄せ:寄り付きや引けで、注文をまとめて価格決定する方式。
- VWAP:出来高加重平均価格。終盤5分の平均を使うと「行き過ぎ」のノイズを平準化できる。
- ギャップ:前日終値と翌日寄付の価格差。
- 成行・指値:成行は即時約定優先、指値は価格を指定して約定を制御。
初心者の具体的な始め方
- 口座準備:夜間PTSに対応した証券口座を開設。本人確認、入出金口座の連携、二段階認証を完了。
- データ環境:日中終値・出来高、PTSの約定履歴、翌寄り価格を取得できる環境(提供サイトや証券アプリの表示)を整える。
- テンプレ作成:スプレッドシートで「乖離率」「出来高条件」「除外フラグ」「注文票」タブを用意。
- 小額で試行:1〜2銘柄、少額で1〜2週間テスト。ログを取り、指値/成行の差、逆指値の実効性を確認。
- パラメータ最適化:θ、出来高下限、利確・損切り幅、持ち時間(同日引け/引け前クローズ)を調整。
応用:時間分散とハイブリッド
- 二段構え:寄りエントリー+10時時点での再評価。乖離の戻りが鈍ければ早期撤退。
- ボラティリティ調整:ATR等で日中ボラを評価し、利確・損切り幅を日によって微調整。
- セクターフィルター:テーマ性の強い日(半導体、資源など)はセクター分散を厚めに。
まとめ:ルールを固定し、例外を作らない
この戦略は、「価格が行き過ぎやすい場所(夜間PTS)」と「需給が集約される場所(翌朝の寄り)」の差を収益化する設計です。勝ち筋は派手ではありませんが、定義と実行の一貫性で初心者でも再現性を高められます。小さく始め、検証で裏を取ってからサイズを上げてください。
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