本稿は、現金(ステーブルコインや円→取引所口座のUSD相当)を担保にプットオプションを売る「キャッシュセキュアドプット(Cash‑Secured Put; CSP)」を、仮想通貨市場(主にBTC/ETH)に適用するための実践ガイドです。
ポイントは3つです。①ボラティリティが高い市場では、プレミアム(受取保険料)が厚く、きちんと管理すれば再現性の高いインカム源になること。②割り当て(現物買付)になったとしても“元々買いたかった価格”で現物を取得できるよう設計すること。③ルールを定義し、機械的に回すこと。
以下では、戦略の仕組み→設計→執行→ロール→割り当て後(Wheel)→リスク管理→自動化の順に、初学者でも迷わないレベルまで手順化します。
- 戦略の骨子:保険を引き受け、安く買う権利を売る
- この戦略が機能する理由:ボラティリティ・リスクプレミアム
- 前提と口座準備:現金を満額担保、シンプルな口座設計
- 設計の基礎パラメータ:ストライク、デルタ、DTE、サイズ
- 年率換算利回り(APY)の計算と期待値の考え方
- 実務フロー:ストライク/期日の選定手順(毎回これでOK)
- ロールの型:損益分岐と管理の“定石”
- 割り当て時の動き:Wheelで“現物+カバードコール”へ
- 主なリスクと回避策
- 具体例:BTCで週次ロール(数値は仮)
- 運用ルール雛形(コピペで整備可能)
- 執行品質:スリッページ最小化と手数料差の効き目
- 心理と継続性:退屈を味方にする
- よくある質問(FAQ)
- 運用チェックリスト(毎回これだけ確認)
- まとめ:安く仕込む“仕組み化”が鍵
- 付録:簡易バックテストの考え方(手計算でもOK)
- 付録:自動化の最小構成
- 付録:用語の要点
戦略の骨子:保険を引き受け、安く買う権利を売る
CSPは、指定した期日までに指定価格(ストライク)で資産を買い取る義務を引き受ける代わりに、プレミアムを受け取る取引です。買い手から見れば“価格下落の保険”であり、売り手(あなた)は保険を提供して保険料を受け取ります。
最大損失は「(ストライク − 実効取得価格)×数量」ですが、現金で全額を担保していれば証拠金リスクは限定的です。利益の上限は受け取ったプレミアムに等しく、満期までに現物を割り当てられなければ、そのままプレミアムが確定利益になります。
- 満期に現物を引き取らないケース:スポットがストライク以上 → プレミアムのみ利益
- 満期に現物を引き取るケース:スポットがストライク未満 → 安く現物を取得(実効取得価格=ストライク−受取プレミアム)
- いずれにしても“納得できる価格”を事前に決める設計が重要
この戦略が機能する理由:ボラティリティ・リスクプレミアム
仮想通貨は株式よりも日次ボラが高いため、同じデルタでもプレミアムが厚くなる傾向があります。市場参加者は“下落ヘッジ”需要を持ちやすく、保険料にリスクプレミアムが乗りやすい。統計的には、実現ボラがインプライドボラを下回る局面が周期的に現れ、短〜中期のプット売りが収益化しやすい環境が生まれます。
また、ETF資金フローや半減期・アップグレードなどのイベント前後は、インプライドボラ(IV)が上がりやすく、プレミアム獲得効率が改善しやすいのも追い風です。
前提と口座準備:現金を満額担保、シンプルな口座設計
- 対象銘柄:BTC/ETH(流動性・板厚・スプレッドの狭さを優先)
- 担保:USDC/USDTやUSD相当。常に満額を確保し“現金担保100%”を徹底
- 口座:オプション取引が可能な取引所/ブローカー。板情報、約定履歴、手数料体系を事前確認
- 2段階認証/ハードウェアキー、出金ホワイトリスト、フィッシング対策は必須
設計の基礎パラメータ:ストライク、デルタ、DTE、サイズ
ストライクの決め方(“買ってもいい価格”を数値化)
最初に“この価格なら現物で欲しい”という水準を決めます。テクニカルでは200日移動平均や直近サポート、ファンダではETFフローやオンチェーン実現価格、為替レート(円建て評価)を参考に、円換算の目標取得単価をメモしておきましょう。
デルタの目安
初心者はΔ(絶対値)0.10〜0.25のプットから。概ね「約10〜25%の割り当て確率」目安です(厳密には条件付き確率)。Δを小さくするとプレミアムは減りますが、割り当てリスクも下がります。
DTE(期日までの日数)
7日・14日・30日が扱いやすい候補です。短いほど時間価値の減衰(セータ)が効く一方、ロール頻度が上がります。初期は7〜14日の週次回転で、慣れたらボラ環境に応じて可変化。
サイズ(1回あたりの建玉)
常に“割り当てられても困らないサイズ”に限定。総現金の20〜30%を上限に複数回に分散して建て、イベント前はさらに抑える、が基本です。
年率換算利回り(APY)の計算と期待値の考え方
受取プレミアムP、ストライクK、DTEを日数dとすると、単純年率APYは APY ≒ (P / K) × (365 / d)。たとえばK=60,000、d=7、P=120のBTCプットなら APY≒(120/60000)×(365/7)≒10.4% 程度になります。
期待値は「プレミアム × 非割り当て確率 + (実効取得の有利さの価値)×割り当て確率」で考えます。割り当て後もWheel(現物+コール売り)で回すなら、トータルのキャッシュフローはさらに積み上がります。
実務フロー:ストライク/期日の選定手順(毎回これでOK)
- ① 市況:ボラティリティ(IV、IVR)、出来高、ETFフロー、主要イベント(CPI/FOMC/半減期等)を俯瞰
- ② 価格水準:テクニカル支持帯(MA、出来高プロファイル)、円建て目標取得単価を更新
- ③ 候補抽出:Δ0.10/0.15/0.20/0.25×DTE7/14/30のマトリクスでプレミアムを比較
- ④ コスト:手数料・資金調達・スリッページを考慮したネット受取額を試算
- ⑤ 執行:板の厚いタイミングで指値→TWAP(細かく分割)で約定品質を確保
- ⑥ アフターケア:価格がストライクに近づいたらロール判断(下げロール/期日延長)
ロールの型:損益分岐と管理の“定石”
価格がストライクに接近・到達した場合は、(a) ストライクを下げて同期限に建て直す“ロールダウン”、(b) ストライクは据え置きで期限を延ばす“ロールアウト”、(c) 両方行う“ロールダウン&アウト”の3択が基本です。
判断基準は、(1) わずかなデビットでテール回避できるなら許容、(2) 受取クレジットが維持・増加する組み合わせを優先、(3) 大イベント直前は期限を跨がない、の3点。
割り当て時の動き:Wheelで“現物+カバードコール”へ
割り当てで現物を取得したら、そのまま保有するのではなく、上側でカバードコール(現物+コール売り)に切り替えます。取得単価より上の水準にコールを売り、横ばいでも時間価値を回収していくのがWheel戦略です。
主なリスクと回避策
- ギャップダウン:CPI/FOMC、週末ギャップで一気に割り当て → 事前に建玉を軽く、イベント跨ぎは原則回避
- トレンド転換の取り逃し:強気相場でΔを取りすぎると機会損失 → Δ0.10〜0.20中心で淡々と回す
- 手数料・スリッページ:板薄時間帯は避け、指値/TWAPで執行最適化
- 流動性ショック:取引所障害・スプレッド急拡大 → 口座分散、出金ホワイトリスト、緊急手順書を準備
- 為替:円建ての損益ブレ → 目標取得単価は常に円換算で確認
具体例:BTCで週次ロール(数値は仮)
前提:スポット=¥9,600,000(USD=64,000相当)、IV=55、週次(DTE=7)。Δ0.15のプットのストライク=USD 57,600(約¥8,640,000)。受取プレミアム=USD 110 とします。
- 受取年率APY ≒ (110 / 57600) × (365 / 7) ≒ 10.0%
- 実効取得単価(割り当て時)= 57,600 − 110 = 57,490
- 価格が下落して割り当て → Wheelへ移行して上側コールを売り続ける
※数値は説明用の仮定です。実際は板状況・IV・為替で大きく変動します。
運用ルール雛形(コピペで整備可能)
- 建玉:毎週月曜/木曜に、Δ0.10〜0.20の週次プットを分割で売る(1回あたり現金の3〜5%)。
- 執行:基本は指値→未約定ならTWAP。イベント前日は建玉を半分に減らす。
- ロール:スポットがストライクに接近したら、受取クレジットが維持/増加する組み合わせで“ロールダウン&アウト”。
- 割り当て:Wheelへ切替。取得単価+αで週次コールを売る(Δ0.20目安)。
- 停止条件:最大DDが▲8%到達、またはIVが長期平均+2σ超で縮小。
執行品質:スリッページ最小化と手数料差の効き目
同じプレミアムでも、執行が雑だと差が出ます。板厚い時間帯(ロンドン/NY)に、複数口に分解したTWAPで約定させるだけで、年間では受取額に有意差が生まれます。手数料は“往復+行使/割り当て”まで含めて比較。
心理と継続性:退屈を味方にする
CSPは“退屈で地味”です。だからこそ継続できれば複利が効きます。毎週ルーチンを淡々と回し、チェックリストでミスを減らし、イベント週は潔くサイズを落とす——この一貫性がエッジになります。
よくある質問(FAQ)
Q. 強気相場で取り残されませんか?
A. Δを小さく(0.10〜0.15)保てばプレミアムは薄くなる一方、割り当て確率が下がり、取り残しリスクを抑えられます。強気が続くと判断する週はサイズを半分にするなど、相場観を少量だけ反映させましょう。
Q. 割り当てが怖いです
A. “元々買いたかった価格で買える”設計にしておけば問題は限定的。Wheelに接続する前提で、計画的に使うことが重要です。
Q. どのくらいの資金から?
A. 取引所の最小単位に依存します。ミニ契約や小数点単位が使える市場を選べば、小口から段階的に始められます。
運用チェックリスト(毎回これだけ確認)
- 市況:イベント予定(CPI/FOMC/半減期)、IV/IVR、出来高
- 価格:円建て取得目標を更新、支持帯と距離
- 候補:Δ0.10/0.15/0.20 × DTE7/14/30 のプレミアム比較
- 執行:指値→TWAP。板の薄い時間は避ける
- リスク:サイズは総現金の20〜30%以内、イベント前は縮小
- 事後:ロールの要否と受取クレジットが増える組み合わせを選定
まとめ:安く仕込む“仕組み化”が鍵
CSPは“安く買えるなら買う、そうでなければ保険料だけ受け取る”という合理的なルーチンです。仮想通貨特有の高ボラを味方に、サイズ・Δ・DTEを定型化し、Wheelまで一気通貫で運用すれば、初心者でも再現性の高いキャッシュフローを目指せます。
付録:簡易バックテストの考え方(手計算でもOK)
過去の週次データから、各週のΔ0.15プットの推定プレミアムと割り当て結果を表にし、年率APYと最大ドローダウンをざっくり把握します。データがなければ、日次の実現ボラとIVの差から保守的にプレミアムを見積もり、イベント週は0.6掛けなどの安全係数を当てはめます。
付録:自動化の最小構成
価格とIVを取得→Δ0.15近傍の複数ストライクを抽出→手数料を引いたネット受取を計算→スプレッドと板厚でフィルタ→TWAPで発注、という流れをAPIで自動化します。最初はシミュレーション口座で動かし、ログを毎回確認。
付録:用語の要点
- デルタ:おおよその割り当て確率の指標。絶対値0.10〜0.25を目安。
- セータ:時間価値の減衰速度。短いDTEほど効く。
- IV/IVR:インプライドボラとその相対水準。受取プレミアムの厚さに直結。


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