本稿は、暗号資産レンディングで「継続的にプラスの期待値を積む」ための実務的な手順を、仕組み・戦略・オペレーション・測定の順で解説します。対象は現物保有者、ステーブルコイン運用者、裁定狙いの中上級者まで。ツールやプロトコル名は一般名として扱い、特定サービスの勧誘は行いません。
目的と前提:レンディングは「金利の交換ビジネス」です。借り手の需要(レバレッジ、裁定、ヘッジ)に対して、貸し手が流動性を供給し、金利を受け取ります。よって、金利は常に需給とリスクの関数です。金利の源泉を把握し、需要の強弱とリスクに応じて配分を変える—これが収益の土台です。
- 1. 金利の源泉を3行で掴む
- 2. CeFi と DeFi の実務的トレードオフ
- 3. レンディング金利の決まり方(直観)
- 4. 清算と担保の基本
- 5. デュレーション(資金拘束期間)設計
- 6. 実運用フロー(7ステップ)
- 7. 収益の算出とAPY/APRの落とし穴
- 8. 金利アービトラージ(実例設計)
- 9. ステーブルコイン特有の要点
- 10. リスク管理(チェックリスト)
- 11. 具体的な台帳テンプレート
- 12. 実収益モデル(数値例)
- 13. マーケット指標の読み方
- 14. 戦術ポートフォリオ例(平常時)
- 15. 戦術ポートフォリオ例(ボラ急上昇時)
- 16. 金利曲線とデュレーションの合わせ方
- 17. 実務オペレーションの落とし穴
- 18. KGI/KPI設計
- 19. 退出戦略
- 20. まとめ(行動チェック)
1. 金利の源泉を3行で掴む
① レバレッジ需要:現物や先物でポジションを拡大したい借り手は高金利でも資金を必要とします。② 裁定需要:先物ベーシス、資金調達率、ステーブルコインの一時的需給歪みを取りに行く借り手が現れます。③ 決済・両替需要:業者・マーケットメイカーが在庫調整のため短期で借ります。これらが合算されて金利が形成されます。
2. CeFi と DeFi の実務的トレードオフ
CeFi(中央集権型)は手数料とUXは良い一方、信用リスクが一点集中します。カウンターパーティ破綻時は回収が困難です。DeFi(分散型)は担保超過・透明性のメリットがある一方、スマートコントラクト・オラクル・運営のガバナンスリスクを負います。結論:どちらか一方ではなく、同一銘柄・同一デュレーション内での分散が基本戦略です。
3. レンディング金利の決まり方(直観)
需給ギャップが大きいほど金利は上振れします。特にステーブルコインは市場ストレス時に急騰しがちです。金利モデルは利用率(借入残高 / 供給残高)に連動してカーブが立ち上がる仕様が一般的です。利用率80%を超えると急激に金利が跳ねやすい設計がよく見られます。
4. 清算と担保の基本
借入は担保価値が清算閾値を割ると自動清算されます。貸し手としては「担保が健全か」「清算ボットが機能しているか」「オラクルが異常値を出していないか」が焦点です。プロトコルの清算統計(清算量・ペナルティ・バッファ)を観察し、清算イベント時の損失補填設計(セーフティモジュールや保険基金)を確認します。
5. デュレーション(資金拘束期間)設計
金利は「ロック vs フレキシブル」「短期 vs 長期」で差が出ます。ロック型は高金利だが引出制限があり、マーケットショック時の回避が困難。フレキシブルは金利は低めでも再配分が容易。相場のボラティリティが上昇する局面ではフレキシブル比率を上げるのが原則です。
6. 実運用フロー(7ステップ)
- 対象アセットを決める:ステーブルコイン(USDT/USDC/DAI等)と主要コイン(BTC/ETH)で開始。
- ユースケースを定義:インカム重視(貸出)か、両建て裁定(金利アービトラージ)か。
- 利回りテーブルを作る:主要プロトコル/サービスの供給・借入APYと利用率を一覧化。
- リスク配点:スマコン監査状況、オラクル、ガバナンス、保険基金、運営実績でスコアリング。
- 配分決定:銘柄×デュレーション×プロバイダで上限比率(例:単一プール20%上限)。
- 実行と記録:トランザクションID、投入額、手数料、想定APY、変動条件を台帳化。
- モニタリング:利用率・金利・担保比率・清算履歴・スマコン/オラクルのステータスを定点観測。
7. 収益の算出とAPY/APRの落とし穴
APRは単利、APYは複利を前提とします。実現利回り ≒ (受取利息 − 手数料 − 価格変動影響) / 元本
。ステーブルで運用してもブリッジやスワップのスプレッド、チェーン手数料、プロトコル手数料が減価要因になります。複利化頻度を上げると理論APYは上がりますが、再投資のガスコストが閾値を超えると逆に効率が落ちます。
8. 金利アービトラージ(実例設計)
ケースA:同一チェーン、異プロトコルでの供給金利差。供給APYが高いプールへ資金を移し、ギャップが縮小したら回収。移動コストが利益を上回るかが可否判定。
ケースB:チェーン跨ぎ。ブリッジ手数料とタイムラグ、リスク(ラップ資産、メッセージ層)を価格に内在化させ、十分なプレミアムが取れるときのみ実行。
ケースC:借入 vs 供給のネット利回り。低金利で借りて高金利で貸す「キャリー」。担保評価損で逆ザヤ化しやすいので、担保はボラの低いステーブルで組むのが基本です。
9. ステーブルコイン特有の要点
発行体の準備金ディスクロージャ、償還枠、チェーンごとの流通供給、ディペッグ時の価格復帰速度を確認。大規模なディペッグ時は金利が一時的に急騰し、短期トレード機会が生まれますが、ディペッグリスクを許容しない方針なら参戦しないのが鉄則です。
10. リスク管理(チェックリスト)
- スマートコントラクト:監査の有無/範囲、権限(パウズ/アップグレード)、バグバウンティ。
- オラクル:価格取得元、ハートビート、遅延時のフェイルセーフ。
- 流動性:供給/借入残高、利用率、引出キュー、退出制限。
- ガバナンス:パラメータ変更権限、緊急時の意思決定プロセス。
- カストディ:自己管理か、第三者保管か、証書・鍵管理の運用手順。
- 法令・税務:居住国の取扱い、記帳要件、KYC/AML、送金規制。
11. 具体的な台帳テンプレート
項目例:日付、チェーン、プロバイダ名、プール(資産)、投入額、想定APR/JPY換算、手数料総額、再投資頻度、清算/イベント、現在評価額、実現損益。評価通貨はJPY/USDTの両建てで記録し、為替変動を可視化します。
12. 実収益モデル(数値例)
初期元本100万円をUSDCで運用、フレキシブル年率6%(変動)、再投資は月1回、ガス・手数料は毎月1,000円相当と仮定。単純化すれば、年次受取利息 ≒ 1,000,000 × (1.06 − 1) = 60,000円
、手数料合計12,000円、実効年利 ≒ (60,000 − 12,000) / 1,000,000 = 4.8%。ここにレート変動や機会費用を加味して目標4〜5%を狙うのが現実的ライン。
13. マーケット指標の読み方
① 利用率:80%超は警戒、金利急騰と引出困難のシグナル。② 借入需要の内訳:先物ベーシス縮小時は借入需要が剥落し金利も低下しやすい。③ 清算イベント:急落時の清算量とその後の金利低下はセットで起きやすい。
14. 戦術ポートフォリオ例(平常時)
・ステーブルコイン70%(フレキシブル重視)/主要コイン30%(ロック短め)。
・単一プール上限20%、単一プロバイダ上限40%。
・複利化は月1〜2回、再配分は週次。
15. 戦術ポートフォリオ例(ボラ急上昇時)
・フレキシブル比率を90%まで引上げ、ロックポジションを段階的に解放。
・ステーブル偏重(最大80%)にし、主要コインの貸出は縮小。
・清算イベント後の金利急騰を待って段階的に再投入。
16. 金利曲線とデュレーションの合わせ方
金利曲線が立っている(短期ほど高い)ならフレキシブルを厚めに、逆に長期プレミアムが乗るならロックを活用。ロールダウン益を狙うよりは、引出しの自由度を優先した方が総合効率は安定します。
17. 実務オペレーションの落とし穴
- チェーン手数料の過小評価:撤退時に往復コストが利息を食う。
- 再投資ロジックの過剰化:頻度を上げすぎてガス代負け。
- 保険未加入:スマコン事故時の致命傷。保険プールやリスク分散は必須。
- 価格連動の思い込み:ステーブルでもブリッジ版は微妙に乖離する。
18. KGI/KPI設計
KGI:年次実効利回り(ネット)4–6%。KPI:① 稼働率(実資金/待機資金)、② 単一プール暴露比率、③ 手数料対利息比、④ ドローダウン時の回復日数。「急がば回れ」指標として、待機資金の確保率(例:20%)も明示します。
19. 退出戦略
引出しキューや上限到達で退出できないケースに備え、段階的撤退をデフォルトに。ルール例:「利用率75%超で新規投入禁止、80%超で25%縮小」。イベントカレンダー(主要経済指標や大型上場)前にはポジション軽量化。
20. まとめ(行動チェック)
- 利回り表とリスクスコア表を先に作る。
- 単一プール上限20%、フレキシブル比率重視。
- 手数料を月額換算で見て、複利頻度を最適化。
- 清算・利用率・金利の三点セットを毎日1回確認。
- イベント前は軽く、イベント後に重く—を徹底。
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