本記事では、夜間PTS(私設取引システム)の終値と翌朝の東証寄り付きの価格差(ギャップ)が統計的に「縮小(収束)」しやすいという現象に着目し、初心者でも実装しやすいミニ裁定(小さな歪みの回収)を、具体的なオペレーションと検証手順まで踏み込んで解説します。目的は「運に依存しない、一貫性のある手順」を身につけることです。
- 1. 戦略の全体像:なぜ「夜間PTS×寄り付きギャップ」が狙い目なのか
- 2. 基本用語と仕組み(初心者向け)
- 3. 戦略アーキテクチャ:売買ロジックの骨格
- 4. 口座とツール:最初に準備するもの
- 5. 銘柄スクリーニング:やってはいけない地雷を避ける
- 6. シグナル設計:ギャップ率の定義とトリガー
- 7. エントリーと発注オペレーション
- 8. イグジット設計:時間か価格、どちらかを固定する
- 9. コストと実収益:必ず「手取り」で見る
- 10. 実践フロー(チェックリスト付き)
- 11. 具体例(数値シミュレーション)
- 12. 失敗パターンと回避策
- 13. 検証(バックテスト)方法:Excelだけで十分
- 14. よくある質問(FAQ)
- 15. リスク管理とコンプライアンスの要点
- 16. 今日からの実装テンプレ(そのまま使えるメモ)
- 17. まとめ:頻度より品質、裁量より手順
1. 戦略の全体像:なぜ「夜間PTS×寄り付きギャップ」が狙い目なのか
夜間PTSは、現物市場が閉じた後も取引が継続するため、海外市況や企業ニュースに素早く反応します。一方で、夜間PTSの流動性は通常の立会時間に比べて薄く、需給の偏りや板の抜けが起きやすい特徴があります。その結果として、翌朝の「板寄せ(オークション)」で理論価格に引き戻される動きが一定割合で発生します。これが「ギャップ収束」です。
本戦略は、このギャップが統計的に縮む期待値に依拠します。重要なのは「いつでも勝てる」ではなく、条件を満たしたときのみ、機械的に実行することです。裁量(勘)を最小化することで、再現性と検証可能性が確保されます。
2. 基本用語と仕組み(初心者向け)
- PTS(私設取引システム)
- 取引所(東証)とは別に運営される株式売買の場です。夜間でも売買が可能で、ニュース反応を先取りする動きが出やすい一方、流動性は限定的です。
- 板寄せ(寄り付きの価格決定方式)
- 寄り付きは随時約定ではなく、「需給の交点」で一度に約定するオークションです。気配は刻々と変化し、最終的な寄り値で約定します。
- ギャップ
- ここでは「夜間PTSの終値」と「翌朝の東証寄り付き価格」の差を指します。ギャップが大きいほど収束余地も大きくなりますが、同時に失敗時の損失幅も広がります。
3. 戦略アーキテクチャ:売買ロジックの骨格
最もシンプルな骨格は次のとおりです。
- シグナル抽出:夜間PTS終値と翌朝の寄り付き予想(寄前気配の中立レンジ)とのギャップ率を計算。
- 銘柄フィルタ:出来高・スプレッド・価格帯・イベント有無で足切り。
- エントリー:寄付きに向けて、ギャップ収束方向に指値(または成行)で参加。
- イグジット:原則、寄り付きで一括クローズ(寄り前から建てた場合)または寄り後の一定時間・幅で自動クローズ。
「寄り付き一括クローズ」型は管理が容易で、初心者でもミスを減らせます。寄り後の裁量判断を避け、プレマーケット時点で全条件を決めておくのがコツです。
4. 口座とツール:最初に準備するもの
- 国内証券会社の現物口座(必須)
- 同証券でのPTS取引の利用設定(必要に応じて申請)
- リアルタイムの気配・歩み値(PTSと東証の双方)
- Excel/スプレッドシート、または簡易的な表計算ツール(検証・記録用)
初心者は、まず現物のみで始めるのが安全です。信用取引を使うのは、ルール運用に慣れて、取引コストと約定管理を理解してからで十分です。
5. 銘柄スクリーニング:やってはいけない地雷を避ける
ギャップ収束の確率やリスクは銘柄特性に依存します。次の条件をすべて満たすまで絞り込みます。
- 出来高基準:夜間PTSの出来高が一定以上(例:夜間出来高1,000株以上、または売買代金500万円以上)
- スプレッド:夜間PTS終盤の気配スプレッドが極端に広くない(例:0.8%以内)
- 価格帯:極端に低位(300円未満)や高位(3万円超)は除外
- イベント回避:決算発表直前後、増資、優待権利付き最終日などイベントドリブンは除く
スクリーニングの目的は、頻度ではなく品質の確保です。トレード数が減っても、再現性を優先します。
6. シグナル設計:ギャップ率の定義とトリガー
ギャップ率は単純に、(寄り前フェア値 − PTS終値) / PTS終値
で近似します。寄り前フェア値の推定は、寄前気配の板中心や理論値レンジの中央値を用いれば初学者にも再現できます。
トリガー例:
- 絶対値が0.8%〜1.5%を超えたら候補に追加
- 夜間出来高が基準以上、かつ東証寄り前の気配数量が偏っていない
- 前日ボラティリティ(ATRなど)が極端に高すぎない
重要なのは、プロセスが紙に書けるほど明確であることです。曖昧な裁量の余地を残すと、検証と運用が崩れます。
7. エントリーと発注オペレーション
初心者は次の2択から選びます。
- 寄り成行:寄りで必ず約定するシンプル運用。滑り(スリッページ)を受け入れる代わりに、執行ミスを防ぎます。
- 寄り指値(成行同等):寄り想定価格から許容幅を持たせた指値で、約定の確度と価格を両にらみ。約定しないリスクがあるため、約定しなければ見送りを徹底します。
約定後は、原則として同値撤退か、寄り付きで完結させる運用が初心者向けです。値幅を欲張るほど、想定外のトレンドに巻き込まれる頻度が上がります。
8. イグジット設計:時間か価格、どちらかを固定する
寄り付き完結型であれば、イグジットは自動的に決まります。寄り後に持ち越す場合は、次のどちらかを固定します。
- 時間固定:寄り後5〜15分で機械的にクローズ
- 価格固定:ギャップの50%収束で利確、逆向きに0.5〜0.8%で損切り
両方を同時に使うと判断がブレやすいため、ひとつに決めるのが初心者には安全です。
9. コストと実収益:必ず「手取り」で見る
期待値の計算では、売買手数料・スプレッド・スリッページ・税金まで含めた「手取り」を基準にします。ギャップが1.0%であっても、コスト合算で0.6%なら取り分は0.4%に過ぎません。小さな優位性を積み重ねる戦略ほど、コスト管理が命です。
10. 実践フロー(チェックリスト付き)
- 20:00〜23:59:夜間PTSの出来高・終値・スプレッドを把握し、候補銘柄を記録。
- 8:00〜8:45:東証の寄前気配を確認。PTS終値とのギャップ率を計算し、基準を満たす銘柄だけ残す。
- 8:50〜8:59:発注条件を確定(数量、成行/指値、約定後のクローズルール)。
- 9:00:寄りで約定し、原則は寄り付きで完結(または時間・価格固定のルールでクローズ)。
- 9:10以降:結果を記録し、手取り損益、ギャップ率、乖離縮小率、約定品質(滑り)を検証表に追記。
11. 具体例(数値シミュレーション)
仮に、ある銘柄で「PTS終値1,000円」「寄前フェア値990円(-1.0%)」とします。寄りで990円成行売り(ギャップ縮小方向)を想定し、寄付き価格が992円だった場合、滑り+0.2%が発生します。寄り後にフェア値へ近づき990円で買い戻し(または寄り付き完結)すると、理論上の取り分は「ギャップ1.0% − スリッページ0.2% − 手数料等0.2% = およそ0.6%」となります。これを高頻度ではなく、条件の良いときだけ実行します。
12. 失敗パターンと回避策
- ニュース起点のトレンド継続:イベントを避ける。寄り後は時間固定で機械的に撤退。
- 夜間出来高が薄いダマシ:出来高・スプレッド基準で足切り。
- 過度なポジションサイズ:1トレードのリスク(許容損失)を口座残高の0.3%以内に制限。
- ルール外の裁量介入:事前に書いたルール以外はやらない。運用ノートに「逸脱」を記録し、翌月に再発防止策を定義。
13. 検証(バックテスト)方法:Excelだけで十分
Excel/スプレッドシートで次の列を作ると、初心者でも統計を可視化できます。
- 日付・銘柄・セクター
- PTS終値・夜間出来高・終盤スプレッド
- 寄前フェア値(中央値)・想定寄付・実際の寄付
- ギャップ率(%)・約定価格・スリッページ(%)
- 利確/損切ルール・手取り損益(%)・ロット
- 備考(イベントの有無、板の偏りの印象)
30〜50サンプルでも傾向は見えます。勝率よりも平均損益(期待値)と、最大ドローダウンに注目します。負けが続く局面は必ずあります。資金管理を前提に、続けられるルールだけを採用します。
14. よくある質問(FAQ)
- 成行と指値はどちらが良いですか?
- 執行ミスを避けたい初心者は成行。価格を重視したい場合は寄り指値。ただし約定しなければ見送りを徹底。
- 信用取引は必要ですか?
- 必須ではありません。現物の片側だけでも、ギャップ縮小に合わせて売買する練習はできます。慣れてから信用を検討すれば十分です。
- どのくらいの資金が必要ですか?
- 単元株1〜3名柄を同時に扱える程度からで構いません。最初は最少ロットで制度化された運用を優先します。
15. リスク管理とコンプライアンスの要点
- イベント日(決算、増資、権利付き最終日など)は原則回避。
- 一日の建玉上限、損失上限、同時ポジション数上限を紙に明文化。
- 記録・検証の継続。勝ちパターンの再現性がないなら、まずは検証を増やす。
本記事は教育目的の一般的情報であり、特定の銘柄や投資行動の推奨ではありません。最終判断はご自身の責任で、各社の取引ルールやリスク説明を十分に確認してください。
16. 今日からの実装テンプレ(そのまま使えるメモ)
【前夜】 ・22:30 までにPTS候補を3つ記録(終値・出来高・スプレッド) ・地雷イベントがないか最終チェック 【当日朝】 ・8:30 ギャップ率を算出、条件を満たすものだけ残す ・8:55 発注条件を固定(数量、成行/指値、撤退ルール) ・9:00 約定→原則、寄りで完結 or 時間固定クローズ 【後処理】 ・記録更新(手取り損益、滑り、収束率) ・週末に集計(期待値、勝率、PF、最大DD)
17. まとめ:頻度より品質、裁量より手順
夜間PTSと寄り付きのギャップ収束は、条件を選べば再現性が高い現象のひとつです。やることは単純で、「良い歪み」だけを丁寧に拾うこと。頻度を追うよりも、基準を守ることでパフォーマンスのブレを抑えられます。まずは最少ロットで、記録と検証を積み重ねてください。
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