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問題意識:日本はどこへ向かうのか

日本ではインフレが進む一方で、賃金上昇が十分に追いつかず、家計の実質購買力が目減りしています。とりわけ価格決定権の弱いサラリーマンほど打撃が大きく、相対的に公定価格(行政が実質的に価格や報酬体系を決める領域)に属する職種、たとえば医師や公務員が安定した収益構造を保ちやすいという指摘が増えています。本稿では、この傾向が極端化すると「ソビエト化」(市場より行政配分が優越し、競争・淘汰が弱まる状態)に近づくリスクという視点で、構造分析と実務的な対策を提示します。

インフレの質:何が家計を圧迫しているか

インフレと一口に言っても性質が異なります。日本で顕著なのは次の二つです。

  • 輸入起因型インフレ:資源価格や為替安による輸入コスト上昇の転嫁。食品・エネルギー・生活必需品に波及しやすい。
  • サービス価格の粘着性:人手不足や規制・公定価格の改定を通じたサービス価格の上昇。下がりにくく、家計の固定費化を招く。

これらは可処分所得に直接効き、特に価格交渉力が弱い労働者層で痛手になります。

賃金が上がらない構造要因

  • 労働市場の二重構造:正規と非正規の分断、転職コストの高さ、技能移転の非効率。
  • 社会保険料・税負担の上昇:名目賃金が上がっても、手取りの改善が限定的。
  • 産業の低付加価値化:価格決定力の弱い国内B2Cに集中、為替と原材料に収益が左右されやすい。
  • ローカル規制と調達慣行:長期固定単価・値引き要請文化が価格転嫁を遅らせる。

誰が得しているか:公定価格・規制セクターの相対優位

市場価格の変動に直接さらされにくいセクターは、相対的に有利です。代表例が医療(診療報酬・薬価)公務です。これらは収入の基準が制度で定まり、需給がタイトな領域では賃金の下方硬直性が強い一方、民間は競争によって利幅が圧縮されがちです。結果として、家計・企業の負担は保険料・税・公共料金の形で広く分散され、価格転嫁の受け皿になりやすい構造を持ちます。

「ソビエト化」リスクとは何か

ここでいう「ソビエト化」は政治的レッテルではなく、経済の配分メカニズムの偏りを示す比喩です。特徴は以下です。

  • 価格統制・公定価格への依存拡大:市場での価格発見より、行政の改定が収益を左右。
  • 補助金・交付金ドリブン:原価上昇への恒常的な補助で、競争圧力が弱まり生産性改善が鈍化。
  • 既得権の固定化:新規参入障壁が高まり、若手・新興企業の伸びしろが削がれる。
  • ゾンビ化の温存:低収益事業が低金利と支援で延命、資源再配分が進まない。

この方向性が強まると、民間の実質賃金は伸びにくく、消費税・社会保険料・公共料金などの逆進的な負担が増し、家計の「可処分改革余地」が削られます。

反証とバランス

他方で、日本には製造業の高度部材・装置、エンタメ、SaaS、ゲーム、観光など国際競争力のある分野も存在します。円安は外貨建て収益にプラスで、インバウンド需要も下支えになります。したがって「全面的にソビエト化する」と断ずるのは早計で、二極化(制度セクターの安定と、外需・イノベーションセクターの成長)の同時進行と捉える方が実務的です。

個人の実務対応:家計・キャリア・金融の三位一体

1) 家計のディフェンス

  • 固定費の変動費化:通信・電力プランの可変化、保険の見直し、変動料金にスライド。
  • 価格交渉の制度化:更新月・契約更改時に必ず相見積り、ポイント還元より実額値引きを重視。
  • 長期負債は固定金利:住宅ローンは返済比率・繰上げ余地を管理し、金利上昇局面に備える。
  • 税・社会保険最適化:配偶者控除・扶養・医療費控除の活用、控除設計を年初から逆算。

2) キャリアのオフェンス

  • 価格決定権のある職能へ:収益に直結する職(プロダクト、データ、セールス、PL責任)に寄せる。
  • 越境収入:英語ベースのリモート案件、ドル建て副業、越境EC。円安=外貨建て収入の実質増
  • 技能の金融化:専門知のコンテンツ化・講座化、SaaSテンプレ販売。可処分時間を資産化

3) 金融ポートフォリオ

  • 通貨分散:外貨MMF・ドル預かり・為替ヘッジETFを用い、家計の通貨ミスマッチを緩和。
  • インフレ耐性資産:配当成長株、コモディティ関連、エネルギー、インフレ連動債(物価連動国債やTIPS)。
  • 価格決定力企業:ブランド力・寡占・ネットワーク効果を持つ企業群をコアに。
  • 内需の守り×外需の攻め:内需ディフェンシブと外貨収益企業をバランス配分。

制度活用としては、新NISA・iDeCo等の非課税・繰延制度を活かし、税引後リターン最大化を設計基準にします。

ビジネスオーナーの実務:値付けと契約の武装化

  • 原価スライド条項:資材・人件費の上昇を価格に自動転嫁する契約条項を標準装備。
  • メニュー型プライシング:段階的なサービスパッケージで値上げ時の心理抵抗を低減。
  • サブスク単価改定の弾力化:年1回の改定権、インフレ率連動の明文化。
  • 受注ポートフォリオ:公定価格案件(安定)と市場価格案件(成長)のミックス。

ポートフォリオ戦略:コア・サテライトで設計

コア:通貨分散した広範指数(例:グローバル株式、全世界債券のうち短中期ヘッジ)+配当成長株。

サテライト:テーマ型(自動化、半導体装置、資源循環)、エネルギー、コモディティ関連、為替トレード(円売りヘッジ)。

リスク管理として、損失許容度・リバランス規律・ストップ基準を事前に明文化します。

トレード示唆(例示・助言ではありません)

  • 為替:コアはヘッジ比率で管理。イベント時は短期でボラ捕捉、ポジションは事前の撤退価格を固定。
  • 株式:価格決定力・海外売上比率の高い企業を優先、低PBRの資産再評価テーマは施策実行を見てから。
  • 債券:デュレーションは短中期中心、金利反転局面で段階的に伸ばす。

政策サイドのチェックリスト(個人投資家の視点)

  • 補助金・交付金の恒常化 → 生産性投資への転換が進むか。
  • 規制改革・新陳代謝 → 新規参入が実際に可能か(免許・点数・枠の透明性)。
  • 税・社保負担の見通し → 家計の可処分を増やす方向性が示されるか。
  • インフラ料金・公共料金の改定方式 → インフレ連動の透明性と上限設計。

結論:二極化の中で「価格決定権」を取りに行く

インフレ下で賃金が伸びにくい環境では、価格決定権の強化が鍵です。公定価格セクターが相対的に安定する一方、外需・イノベーション領域には成長余地が残ります。家計のディフェンス、キャリアのオフェンス、金融ポートフォリオの再設計を同時に進め、制度の歪みが拡大しても耐える通貨・価格・契約の三点防御を固めていくことが最も実務的な解です。

※本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の金融商品の売買や投資行動を勧誘・助言するものではありません。投資判断は自己責任でお願いいたします。