本稿では、決算直後にPTS(夜間取引)で生じやすい「過大反応」を起点に、翌営業日で価格が平常化(ミーンリバーション)する動きを統計的に狙う、初心者向けの実践手法「決算リバーサル戦略」を解説します。株式の基本用語から、口座準備、具体的な売買ルール、サイズ(資金配分)、損切り、当日の運用チェックリスト、よくある失敗まで、少額で始める個人投資家を前提に手順書としてまとめました。
戦略の要旨:なぜ「夜間の過大反応」は起こるのか
企業が決算短信や業績修正を開示すると、市場は短時間で情報を織り込みます。取引所の立会時間外に動くPTS(私設取引システム)では、板が薄く、参加者も限定的になりやすいため、インパクトの強い数字や見出しに対して価格が振れ過ぎる傾向があります。翌営業日の寄り付きまでに、アナリストや機関投資家、個人投資家が精読・比較・再評価する過程が挟まることで、初動の過大評価/過小評価が緩和され、価格が一部戻す(あるいは戻り切らない)パターンが生まれます。本戦略はこの「過大反応 → 平常化」の非効率に着目します。
この戦略で狙う値動き(初心者向けの基本形)
初心者が空売りや信用取引を使わずに始める基本形は次の通りです。
- 好決算なのにPTSで大きく下落(例:-5%超)した銘柄に注目します。見出しだけで売られたり、一時的に売りが集中して値が飛びやすい局面を拾います。
- 翌営業日の寄り付きでギャップダウンが縮小(例:-5% → -2%)する、または寄りから前日比の戻りが継続しやすい銘柄を事前条件で抽出します。
- 「買い」エントリー → 当日中に利確 or 引け成行を基本とし、明確な損切り幅(例:寄り付き価格から-2%など)を機械的に設定します。
逆に「悪決算でPTSが過大に上昇」する例外もありますが、初心者は売り建てを伴う戦略を避けるのが無難です。本稿では現物買い主体で完結する設計を採ります。
準備:必要口座とツール
実行にあたり、以下の準備があると運用が安定します。
- PTS対応の証券口座(夜間取引が可能な設定・約款同意を完了)。
- 適時開示の確認手段(企業の決算短信・修正開示を即時に把握)。
- チャートと板・歩み値の確認ができる取引ツール。
- スクリーニング用の条件保存(出来高・ギャップ・時価総額など)。
- トレード日誌(売買根拠・サイズ・結果・反省を残すテンプレート)。
銘柄スクリーニング:初心者版ルールセット
リスクを抑えるために、最初は下記の保守的なフィルタから始めます。
項目 | 基準値(初期) | 意図 |
---|---|---|
時価総額 | 300億円以上 | 超小型株の板薄リスクを避ける |
平均出来高 | 10万株/日以上 | 流動性不足を避ける |
PTS出来高 | 2万株以上目安 | 夜間の価格信頼性を担保 |
PTS変動率 | -5%以下(好決算なのに急落) | 過大反応の候補 |
決算評価 | 売上・利益が会社予想比で上振れ | ファンダの裏付け |
直近ボラ | ATR(14)/株価 < 5% | 極端な乱高下銘柄を除外 |
上記の条件は学習が進むほど緩和して構いません。重要なのは「過大反応の背景に合理性があるか」です。例えば、見出しは強いが、実は一過性要因で利益が膨らんだだけなら、戻りは弱いかも知れません。
売買ルール(ベースライン)
以下は現物買いのみで運用する前提のベースラインです。運用中は一切の裁量を挟まず、同じルールで30〜50トレードを連続実行し、期待値がプラスかどうかを検証します。
- 監視:決算開示後、PTS価格と出来高、板の厚み、出来高の伸びを監視。
- 条件合致:好決算(売上・利益が予想超過)かつ PTS -5%以下。
- 翌朝の寄り付きで成行 or 指値買い(寄り成を使える場合は寄り成を優先)。
- 利確:寄り付き価格から+1.5%〜+3.0%の固定幅、またはVWAP上抜けで利確。
- 損切り:寄り付き価格から-2.0%の固定幅に逆指値。
- 時間切れ:14:50時点で未決済なら引け成でクローズ。
利確・損切り幅は対称でなくて構いません。再現性の高い微益を積む設計にし、プロテクティブな損切りでドローダウンを抑えます。
サイズ設計(資金管理)
初心者は1トレードあたり口座の0.5%〜1.0%のリスクに収めるのが安全です。例えば損切り幅が2%なら、購入金額 × 2% = 口座残高 × 1%を満たすように購入額を逆算します。勝率が50%でも、平均利益 > 平均損失を確保できれば期待値はプラスです。ケリー基準の半分以下を運用上限の目安にします。
具体例シナリオ(仮想例)
仮にA社が、売上・営業利益ともに会社予想を上振れで着地。ところがヘッドラインで来期ガイダンスが保守的に見えたため、PTSでは-7%まで売られました。開示本文を読むと、為替前提や一過性費用の計上など、慎重な見積りが背景であることが判明。
- 翌朝の寄り付きは前日比-3.5%。ここで寄り成で買い。
- その後、場中に買い戻しが入り、VWAP付近を上抜けして-1.0%まで戻る。
- 固定利確幅+2.0%に届かず、14:50時点。引け成でクローズし、+1.6%で終了。
このように、「過大反応の緩和」に乗る発想です。もちろん、戻らない日もあります。損切りを徹底することで、分布の裾(テール)を切り落とします。
よくある失敗と対策
- 数字を読まずに見出しだけで判断:決算短信本文・補足資料まで確認。
- 板が薄い銘柄に突撃:最初は時価総額と出来高の下限を厳守。
- 損切り遅れ:逆指値は発注と同時に。感情で撤回しない。
- サイズ過大:1トレード1%ルールを超えない。
- ニュースの二段構え:翌朝に追加材料が出る可能性に留意(無理追いしない)。
当日の運用チェックリスト(保存して使えます)
- 決算カレンダーを確認(対象銘柄の発表予定時刻)。
- 開示後30分は感情で触らない。数字と補足説明の整合を読む。
- スクリーナーに初期条件を適用(時価総額、出来高、PTS変動率)。
- 候補を3〜5銘柄に絞り、「なぜ過大反応か」をメモ。
- 翌朝は候補の寄り付き前板と指値の厚みを確認。
- 寄り成 or 指値で約定後、すぐ逆指値(-2%)と利確指値(+2%)をセット。
- 14:50にクローズ判断(未達なら引け成)。
- 結果を日誌に記録(根拠・数字・感情・改善点)。
バックテストの始め方(手動・初心者向け)
完全な過去データの収集が難しい場合でも、次の手順で小規模の手動検証は可能です。
- 気になる銘柄の過去決算日を一覧化。
- 各決算日の夜間価格(可能ならPTSの約定レンジ)と翌日の始値・VWAP・終値を記録。
- 条件(PTS変動率や出来高閾値)をいくつか変えて、勝率・平均益・平均損・最大DDを比較。
- 最もストレスの低いルールに絞り、30トレード連続で紙上検証。
Q&A(初心者の疑問)
Q1:決算が良いのに下がるのはなぜ?
A:市場がすでに織り込んでいた、前提が保守的、セグメントの伸び鈍化など、見出しに現れにくい要因があるためです。
Q2:空売りを使わないとリターンは落ちませんか?
A:落ちます。しかし初心者は生存を優先し、まず再現性のある「買い」側で勝率と執行精度を固めるのが得策です。
Q3:何銘柄まで同時に持てますか?
A:まずは同時2銘柄まで。管理可能な範囲で始め、日誌でミスの傾向を見ます。
用語ミニ辞典
- PTS:取引所外で売買を成立させる私設取引システム。
- ギャップ:前日終値と翌日の始値の価格差。
- リバーサル:初動と逆方向への戻り。
- VWAP:出来高加重平均価格。戻りの目安に用いられる。
- ATR:平均真のレンジ。ボラティリティ指標。
- 逆指値:一定の不利な価格に達したら自動で成行(または指値)注文を出す機能。
口座開設と基本設定(概要)
- ネット証券の申込フォームで必要情報を入力。
- 本人確認書類をアップロードし、審査完了を待つ。
- 入金方法をテスト(即時入金の動作確認)。
- PTS取引に必要な同意事項・設定を有効化。
- 取引ツールで板・歩み値・アラート機能をカスタム。
実務テンプレート:日誌フォーマット
日時, 銘柄, 事象, PTS変動率, 寄値, 損切り幅, 利確幅, 退出時刻, 結果, メモ 2025-09-11, 例示A, 好決算でPTS-6.2%, -6.2%, 1,000円, -2.0%, +2.0%, 引け成, +1.6%, 戻り鈍化ポイントで出来高増
まとめ
「決算リバーサル戦略」は、夜間の過大反応と翌日の平常化の間に生じる小さな優位性(エッジ)を積み上げる手法です。最初は小さく、同じルールを徹底し、日誌で改善点を潰す。これが初心者にとっての最短距離です。
コメント