本稿は、初心者が最短で「勝てる基礎体力」を作るために、株式投資の中核となる5つの評価指標——EPS・ROE・PER・PBR・配当利回り——を、式と数値例、そして実務のワークフローに落とし込んで徹底的に解説します。単語暗記ではなく、指標の「つながり」を理解し、実際の売買判断に落とし込めるよう設計しています。
この記事の狙いと到達点
到達点はシンプルです。①5指標の定義を正確に言える、②数値から企業の稼ぐ力/株価の割安・割高感を推定できる、③初心者でも再現できる銘柄選定フローと売買ルールを持てる、の3点。ここまで来れば、感情に流されず統一基準で判断できます。
5指標の定義と式
EPS(一株当たり利益)
定義:企業が1株あたりどれだけの利益を稼いだかを示す指標。
式: EPS = 当期純利益 ÷ 発行済株式数(希薄化後が望ましい)
解釈:EPSが継続的に成長している企業は、ビジネスのスケールや収益性が高まっている可能性が高い。株価は長期的にEPSに追随しやすい。
数値例:純利益120億円、発行株1.2億株 ⇒ EPS = 100円。
ROE(自己資本利益率)
定義:株主資本を使ってどれだけ効率的に利益を生み出しているか。
式: ROE = 当期純利益 ÷ 自己資本(期中平均)
解釈:ROEは「経営の上手さ」。一般に長期で10%以上を安定確保できる企業は優良とされる。財務レバレッジでROEは見かけ上高くもなるため、自己資本比率や負債比率も併せてチェックする。
PER(株価収益率)
定義:投資家が利益1円に対して何倍の価格を支払っているか。
式: PER = 株価 ÷ EPS
解釈:PERが高い=期待が高い(成長株に多い)。低い=現状利益に対して割安(ただし低PERには理由があることが多い)。
数値例:株価1,500円、EPS100円 ⇒ PER15倍。
PBR(株価純資産倍率)
定義:一株当たり純資産(BPS)に対して株価が何倍か。
式: PBR = 株価 ÷ BPS(BPS = 自己資本 ÷ 発行株式数)
解釈:PBR1倍未満は「解散価値割れ」と表現され、資産バリューが効く局面では見直されやすい。一方でROEが低く資本効率が悪い企業は低PBRのまま放置されやすい。
配当利回り
定義:投資金額に対して年間いくらの配当を受け取れるか。
式: 配当利回り(%)= 年間配当金 ÷ 株価 × 100
解釈:高配当は魅力的だが、増配余地(配当性向、フリーキャッシュフロー)、稼ぐ力(ROE、営業利益率)、財務健全性(有利子負債/EBITDA等)をセットで確認する。
5指標の相互関係:図で理解する
直感的に捉えるコツは、「利益の生産性(EPS・ROE)」と「市場の期待(PER・PBR)」と「キャッシュの還元(配当利回り)」の三層構造で考えることです。EPSとROEが上向きの企業は、時間差でPER・PBRの再評価が起きやすい。さらに増配(または自己株買い)で株主還元が持続すれば、リターン源泉が複線化し、下落局面での耐性も高まる。
初心者でも再現できる銘柄選定フロー(実務版)
-
ユニバース定義:市場(例:東証プライム)と最低流動性(出来高・時価総額)を設定。流動性の薄い銘柄は避け、売買コストとスリッページを最小化します。
-
スクリーニング(一次):ROE ≥ 10%、自己資本比率 ≥ 30%、営業CF黒字、過去3年のEPS CAGR ≥ 5%などの最低ラインを設けます。
-
バリュエーション検証(二次):同業中央値と比較し、PER・PBRが過度に高い(期待先行)/低い(構造問題)を判別。低PBRならROE改善計画や資本政策を要確認。
-
配当持続性の確認:配当性向40–60%(業種により可変)、フリーCFの範囲内で増配が続いているか、自己株買いの有無をチェック。
-
質的評価:売上の再現性(継続課金/ストック型)、価格決定力、参入障壁、コスト構造、IRの透明性を読み解く。
-
シナリオ作成:悲観・中立・楽観の3通りのEPS前提を置き、各シナリオの妥当PERレンジ×EPSで目標株価帯を算出。
-
エントリー条件:中立シナリオのフェアバリューに対し、十分な安全域(例:-15%以下)でのみ買い始める。分割エントリーで価格分散。
-
ポジション管理:1銘柄の最大エクスポージャをポートフォリオの10%以下に制限。銘柄数は8–20の範囲で分散。
-
エグジット規律:(A)悪材料で前提が崩れた、(B)目標株価帯の上限到達、(C)より優れた機会が出現、のいずれかで撤退。
-
レビュー:売買後に「仮説→行動→結果→学び」を記録。指標の予測誤差を定量化して次回に活かす。
ケーススタディA:安定配当株(架空例)
企業Aは電力・ガス系のストック型ビジネス。過去5年のEPSは年率+6%で増加、ROEは11–13%で安定。PERは同業中央値の12倍に対し11倍、PBRは0.95倍、配当利回りは3.4%。配当性向45%、自己株買いも年1回実施。中立シナリオで来期EPSは110円、妥当PERレンジは10–12倍、目標株価帯は1,100–1,320円。現株価が1,030円なら安全域を満たすため段階的に買い。悪材料は規制強化と燃料価格急騰。撤退基準はEPS成長の鈍化(0–2%)とROE < 9%が2期続く場合。
ケーススタディB:成長株(架空例)
企業BはSaaS。ARR成長20%で粗利率80%、営業CF黒字転換済。EPSは希薄化考慮で年率+15%の見込み。ROEは15–18%。PERは市場期待で30倍と高いが、3年後EPS2倍のシナリオならPERの平常化(18–22倍)でも株価は上昇余地。確認すべきは解約率、LTV/CAC、ネットリテンション。増配は不要、むしろ成長投資を優先。撤退は成長率が15%割れ、もしくは解約率悪化でユニットエコノミクスが崩れた時。
ケーススタディC:資産バリュー株(架空例)
企業Cは不動産持ちの製造業。BPSが2,000円でPBR0.7倍、ROE7%。低ROEが低PBRの主因。資産再評価や非中核資産売却、自己株買いで資本効率が改善するかが焦点。改善策が見えるならPBRは1倍回帰の余地。目標株価はBPS×1.0=2,000円を軸に、EPS成長と資本政策の進捗で上振れを評価。
初心者が陥りやすい落とし穴と回避策
低PER=必ず割安ではない:構造不況、ガバナンス欠如、資本配分の失敗で「安いまま」が続くことがある。ROEとCFで裏付けを取る。
高配当の罠:利益の伸びが止まり、配当性向だけ先行すると減配リスクが高い。増配年数とフリーCFの健全性を重視。
PBR1倍割れの固定化:資本コスト > ROEの状態だと1倍回帰が起きにくい。改善の意思と施策をIRで確認。
単年EPSで判断:一時要因を平準化し、3–5年のトレンドで見る。調整後EPSや希薄化後EPSを参照。
定量ルール例(売買の土台)
以下は初心者が守りやすい基礎ルール例です。文字通りの機械遵守を推奨します。
-
買い条件:ROE ≥ 10%、過去3年EPS CAGR ≥ 5%、営業CF黒字、負債/EBITDA ≤ 3倍、同業PER中央値比で-10%以上割安、配当性向≤60%(成長株は除外可)。
-
売り条件:目標株価帯の上限到達、またはEPS成長鈍化・ROE低下が2期継続、あるいは前提を崩す重大イベント。
-
分散:1銘柄≤10%、セクター集中≤40%。
-
損切り:想定外シナリオ発生時は-10%で機械的に撤退(再エントリーは別判断)。
ミニ演習:指標からフェアバリューを出す
EPS(今期)= 100円、来期成長+10% ⇒ 来期EPS=110円。妥当PERレンジを12–16倍と仮定。フェアバリュー帯は1,320–1,760円。安全域-15%を適用すると、エントリー価格の上限は1,122–1,496円となる。現株価が1,080円なら分割で買い始める判断が可能。
実装ガイド:スプレッドシートでの再現
スプレッドシートに「EPS・ROE・PER・PBR・配当利回り・配当性向・自己資本比率・負債/EBITDA」を列で用意し、IF関数で閾値を満たす銘柄にフラグを立てる。条件付き書式で合格銘柄をハイライト。複数シナリオのEPS前提を入力して目標株価帯を自動計算する表を作れば、そのまま毎週の定例レビューに使える。
FAQ(初心者が悩むポイント)
Q. PERは何倍が正解? A. 絶対値より「同業比較」と「成長率・資本効率との整合性」。成長率が高くROEも高いなら高PERでも正当化されやすい。
Q. 高配当と成長、どちらを優先? A. 初心者はまず「再現性の高いフリーCFと適正配当性向」を基準に。高配当は減配リスク管理が鍵、成長はユニットエコノミクスの健全性が鍵。
Q. PBR1倍割れを買えば儲かる? A. 低ROEが固定化していると難しい。経営の資本効率改善策と実行力を見極める。
まとめと次アクション
5指標は単独で使うものではなく、EPS・ROE(稼ぐ力)→ PER・PBR(市場期待)→ 配当利回り(還元)の流れで読み合わせることが重要です。ここまでのフローをスプレッドシートに落とし込み、毎週の定例で継続運用してください。判断の一貫性こそ、初心者が中長期で勝ち残るための最大の武器です。
コメント