本記事は、オプション初心者が「値動きそのもの」から収益機会を狙うためのストラドル/ストラングルを徹底解説する入門ガイドです。株式・暗号資産・指数オプションなど、対象資産は問いません。価格がどちらに大きく動くか分からないときに、ボラティリティ(変動率)を買う/売るという発想でアプローチします。理屈だけでなく、数値例・エントリー手順・サイズの決め方・撤退基準まで実務で使える形に落とし込みます。
この記事のゴール
初心者が次の3点を自力で実行できることを目標にします:
- ストラドル/ストラングルの損益構造・ブレークイーブンの計算ができる。
- IV(インプライド・ボラティリティ)とギリシャ(デルタ・ガンマ・シータ・ベガ)の直感を持ち、戦略を選択できる。
- イベント(決算・経済指標・政策)やレンジ相場に応じて、サイズ・エグジット・ヘッジを設計できる。
用語の整理:ストラドル/ストラングルとは
ロング・ストラドル(ATM Call + ATM Put の買い)
同一満期・同一権利行使価格(ATM)のコールとプットを同時に買う戦略です。価格が大きく上か下に動けば利益、動かなければ時間価値の減価(シータ)により損失。最大損失は支払ったプレミアム合計に限定、上昇・下落どちらでも利益が理論上無制限に伸びるのが特徴です。
ブレークイーブン(損益分岐):上側 = 行使価格 + 総プレミアム、下側 = 行使価格 − 総プレミアム。
ロング・ストラングル(OTM Call + OTM Put の買い)
同一満期で、現値より上のOTMコールと下のOTMプットを買います。プレミアムが安くなる反面、分岐点が遠くなります。「とにかく大きく動く」イベントを狙う際に有効です。
ショート・ストラドル/ショート・ストラングル
コールとプットを売る戦略です。価格が動かない(=低ボラ)ときに有利ですが、急変動で損失が急拡大します。初心者はまずロングから学び、損失限定の構造に慣れてから検討するのが安全です。
なぜ儲かるのか:IVとギリシャの実務直感
IV(インプライド・ボラティリティ)は「市場が織り込む将来の変動率」。プレミアムは主にIVと残存日数で決まります。
- ベガ:IV変化に対する感応度。ロングはベガ+、IV上昇で有利。
- シータ:時間経過での価値減少。ロングはシータ−、保有するだけで日々コスト。
- ガンマ:デルタの変化率。期限直前はガンマが大きく、動けば一気にデルタが傾き損益が加速。
- デルタ:価格変動に対するオプション価格の一次感応度。ロング・ストラドル初期は概ねデルタ0近辺。
実務で役立つ近似として、ATMストラドルの総額 ≈ 市場の「予想一日(または満期)値幅」と見ることができます。例えば現値1,000円のATMコール+プット合計が80円なら、「市場は±8%程度の動き」を織り込んでいると解釈できます(厳密には金利・配当・満期日数の影響あり)。
数値例1:日本株オプション(概念例)
現値1,000円、満期30日。ATMコール=60円、ATMプット=55円。ロング・ストラドルの総コスト=115円。
このときの分岐点は、上=1,115円、下=885円。満期時点の終値がこのレンジを外れば利益、内側なら損失です。価格が1,200円になれば概算利益は(内在価値200円 − コスト115円)=85円(取引コスト・ボラ変動は簡略化)。逆に900円なら(内在価値100円 − 115円)=−15円。
運用の勘所:満期まで持つ必要はありません。想定より早く一方向に伸びたら、片側を利確して反対側を保険として残す(いわゆる「片側利確・片側ランナー」)が初心者に扱いやすい運用です。
数値例2:ロング・ストラングルでコストを落とす
同条件で、OTMコール(1,050円, 40円)+ OTMプット(950円, 38円)を買うと総コスト=78円に低下。ただし分岐点は上=1,128円、下=872円と遠くなります。「予想外の大相場」に賭けるときに適合し、外れたときの損失も限定的です。
数値例3:暗号資産(BTC)のイベント・トレード
例として、BTCが10,000,000円、満期7日。市場は大型イベント(規制発表やハードフォーク等)前でIV上昇。ATMコール=400,000円、ATMプット=380,000円とすると、ATMストラドル総額=780,000円。市場は±7.8%程度の一週間変動を暗黙に織り込んでいると見られます。実際に±10%動けば、ロングは利益を得やすく、逆にイベント後に「IVクラッシュ(IV低下)」が起きる場合、発表直後に一部利確してIV低下リスクを回避する運用が合理的です。
エントリーの型(Blueprint)
型A:イベント前のロング・ストラドル
決算・経済指標・政策発表などで方向は読めないが、絶対値の値幅が出そうなときに有効。発表直後は価格が飛ぶと同時にIVが低下しやすいので、価格が想定以上に伸びた瞬間に部分利確→残りでトレンドを追うのが定石です。
型B:ボラ拡大の初動でロング・ストラングル
レンジブレイクやニュース初報で、方向は未確定でも「動く気配」がある場面。コストを抑えるためOTMで構築し、ブレイク方向のオプションだけを厚めに増し玉していく(デルタ調整)と、損切りの見通しが立てやすくなります。
型C:ボラ縮小・レンジ相場のショート(上級者向け)
明確なボラ低下局面ではショートが機能しますが、損失無制限のリスクを伴います。初心者はまずロングに限定し、ショートを試す場合もアイアン・コンドルなど損失限定型から入るのが安全です。
サイズの決め方:時間コストと最大損失から逆算
ロング戦略の最大損失はプレミアム総額。ゆえに、1トレードの損失許容(例:口座の1%)と期間あたりの想定トレード回数からサイズを逆算します。
- 口座100万円、1回の許容損失=1%(=1万円)。
- ATMストラドル総額が@115円×100株=11,500円なら、1枚は過大。半分のサイズ(=50株相当、ミニ等)で上限内に収める。
- イベント頻度が週1なら月4回、最大損失4万円を想定。年間では約48万円。勝率・平均R(利確:損切り比)でポートフォリオ全体の妥当性を検証。
利確・損切り・撤退のルール
- 時間損切り:イベント翌営業日の寄りで未達なら撤退。シータ負けを避ける。
- 金額利確:コスト比+50%で半分利確、+100%で残りトレール。
- 方向確定後の最適化:伸びた側のオプションを残し、反対側を手仕舞い。必要ならOTMの新規買いでガンマを再獲得。
- IVクラッシュ警戒:発表直後の合成プレミアムが急減。価格が伸びていてもベガで相殺されることがあるため、部分利確の習慣化が重要。
ギリシャの使い分け:チャートと合わせる
価格チャートだけでなく、IVチャート(年率換算のIV%)やIVパーセンタイル(過去に比べた相対位置)を観察します。ロングはIVが低い平常時に仕込み、イベント前のIV上昇や価格の拡大で利確するのが基本形。逆にIVが極端に高い水準での新規ロングはIVクラッシュの逆風を受けやすい点に注意。
よくある失敗と対策
- 満期まで粘って全損:時間損切りと部分利確をルール化。
- IVの局面を無視:IVが高止まりの直前ロングは不利。IVパーセンタイルを手帳化。
- サイズ過大:最大損失=プレミアム総額を基準に口座の1%ルールで管理。
- 方向確定後の最適化不足:片側利確 → ランナーで利益の尾を伸ばす。
応用:デルタ調整とガンマ・スキャル(概要)
ロング・ストラドルは初期デルタ≈0ですが、値が動くとデルタが偏ります。現物・先物で小さく逆方向のヘッジを入れてデルタを再び中立化する「ガンマ・スキャル」は、価格往復でプレミアムを回収する高度な手法です。初心者はまず片側利確・時間規律を習得したのち段階的に導入してください。
実戦チェックリスト(印刷推奨)
- イベントカレンダー(決算・経済指標・政策)の事前確認
- 対象銘柄の流動性(気配・板の厚み・スプレッド・約定スピード)
- IV水準とIVパーセンタイル(仕込みは低IVが基本)
- 想定値幅=ATMストラドル総額÷現値(満期・日数で解釈)
- サイズ=口座×1% /(1枚の総コスト)
- 利確:+50%で半分、+100%で残りをトレール
- 損切り:イベント翌営業日の寄り、または合成価格−30%で撤退
- 実行後メモ:どの仮説が当たったか、何で外したか
Q&A
Q1:ストラドルとストラングルはどちらが初心者向き?
A1:損失限定という意味では同じですが、ストラングルの方がコストは低い一方、分岐点が遠い。まずは小サイズのATMストラドルで構造理解→次にOTMストラングルでコスト調整、の順が無難です。
Q2:満期まで必ず保有すべき?
A2:いいえ。イベント直後の伸びで部分利確→残りをランナー化、または時間損切りで撤退が基本。満期勝負は上級者の領域です。
Q3:どの市場で使える?
A3:指数・個別株・暗号資産・コモディティなど、オプションが上場されていれば適用可能です。流動性とスプレッドの管理が成否を左右します。
まとめ
ストラドル/ストラングルは、方向不明でも「大きく動く」局面を利益化できる強力な手段です。鍵は(1)IVと時間価値の理解、(2)小さなサイズからの反復、(3)部分利確と時間損切りの規律、の3点。今日から小さく試し、売買日誌で仮説検証を積み上げましょう。
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