結論先出し:カバードコールは「保有株式(またはETF)」に対して「コールオプションを売る」だけの、初心者でも実装しやすい収益化戦略です。上昇相場の取りこぼしと急落リスクという二面性を正しく理解し、プレミアム(オプション料)を安定的に積み上げる設計にすると、横ばい〜緩やかな上昇相場で強く機能します。本稿は用語の説明から具体的な建玉、管理、ローリング、Wheel戦略への拡張まで、実務で使えるレベルで体系立てて解説します。
1. カバードコールとは何か
株式(またはETF)を現物で保有しながら、その同一数量に相当するコールオプションを「売る」戦略です。保有資産からの値上がり益に加え、コールのプレミアム(受取)でキャッシュフローを得ますが、上値はコールの行使価格で概ね頭打ちになるため、急騰時の取りこぼしが生じます。言い換えると、上値を売って、保険料(プレミアム)を受け取る代わりに上昇余地を差し出す構造です。
損益分岐点は「取得単価 − 受取プレミアム」。最大利益は「(行使価格 − 取得単価) + 受取プレミアム」で上限が決まり、最大損失は「保有株がゼロになった場合の損失(取得単価 − 受取プレミアム)×数量」です。
2. 具体例で直感を掴む
仮に株価¥1,000の銘柄を100株保有し、1カ月先の行使価格¥1,050コールを¥30で1枚売るケースを考えます(1枚=100株に相当)。
- 取得原価(ネット)=
¥1,000×100 − ¥30×100 = ¥97,000
- 損益分岐点=
¥1,000 − ¥30 = ¥970
- 最大利益=
(¥1,050 − ¥1,000 + ¥30)×100 = ¥8,000
- 最大損失(理論上)=
−¥97,000
(株が無価値になった場合)
満期時の株価別の損益(概算)は以下の通りです。
満期の株価 | ポジション損益 | ROI(ネット原資97,000円比) |
---|---|---|
¥900 | −¥7,000 | −7.22% |
¥1,000 | +¥3,000 | +3.09% |
¥1,050 | +¥8,000 | +8.25% |
¥1,100 | +¥8,000(上限) | +8.25% |
¥1,200 | +¥8,000(上限) | +8.25% |
このように、横ばい〜緩やかな上昇で妙味が出ます。月次で3%程度のネット利回りを積み上げられたとしても、現実にはボラティリティ(IV)の変動、急落、早期行使などでブレます。年率換算は目安に留め、過去の値動き・IV特性に合う銘柄で分散して運用することが肝要です。
3. 仕組みをもう一段深く:内在価値・時間価値・IV
コールの価格は大きく「内在価値(今すぐ行使したら得する分)」と「時間価値(満期までの不確実性の値段)」に分かれ、時間価値は主にボラティリティ(IV)と残存日数に依存します。売り手は時間価値の減少(セータ)を受け取りつつ、原資産の上昇リスク(デルタ・ガンマ)を引き受けます。IVが高いほどプレミアムは厚くなりますが、原資産の大きな変動も同時に起こりやすく、プレミアムが厚い=安全ではありません。
4. 適した銘柄・ETFの選び方
初心者は以下の観点でスクリーニングすると失敗が減ります。
- 流動性・板の厚み:出来高が多く、気配値のスプレッドが狭い銘柄・ETFを優先します(例:大型インデックスETF)。
- ボラティリティ特性:過去のIVレンジと価格変動幅を把握し、極端な急騰・急落が日常的でないもの。
- 配当・イベント:配当落ちや決算などのイベント前後は早期行使(アーリーアサイン)リスクが上がります。配当利回りが高い銘柄は配当取り目的の行使に注意が必要です。
- 取引コスト:売買手数料・オプション手数料・為替コスト(外貨建ての場合)を合算で考えます。
5. 行使価格と満期の設計(実務フレーム)
代表的な基準は以下の3つです。
- デルタ基準:OTMコールのデルタが0.20〜0.30の範囲を起点に選ぶ。上昇の取りこぼしを抑えつつ、一定のプレミアムを確保しやすい。
- 確率基準:「満期までに行使価格を上回らない確率(PoP)」が一定水準(例:60〜70%)になるストライクに合わせる。
- 収益目標基準:保有資産の月次目標利回り(例:1.0〜1.5%)をプレミアムでカバーできる行使価格を逆算で求める。
満期(DTE)は30〜45日が扱いやすい目安です。短すぎると売買回転が増えてコストが嵩み、長すぎると時間価値の減少ペースが緩やかで資本効率が落ちます。運用フロー上は「21DTEや7DTE」をトリガーに見直す管理手順が定番です。
6. 建てた後の管理:ローリングと手仕舞い
価格が上がり、コールが深くITM化した場合は、以下の選択肢があります。
- そのまま引き渡し:満期で株を売却(アサイン)され、キャピタルゲイン+プレミアムを確定。
- ロールアップ&アウト:近い満期のコールを買い戻し、より高い行使価格・遠い満期へ売り直す(利益上限を引き上げ、時間価値を再度受け取る)。
- ロールアウト(横移動):行使価格は維持しつつ満期だけ延ばし、時間価値を積み増す。
逆に価格が下がって含み損が拡大している場合は、ロールダウン&アウトでプレミアムを厚く取り直し、損益分岐点を引き下げる判断もあります。ただしロールダウンは上値上限をさらに低くするため、リバウンドの取りこぼしが増えます。損益分岐点の改善と上値制限のトレードオフを常に意識します。
7. よくある失敗と対策
- 厚いプレミアム=安全の誤解:高IV銘柄は大きく動きやすく、急騰・急落で管理が難しくなります。IVランクが極端に高い局面ではポジションサイズを抑えるか、満期を短くするなどでリスクを和らげます。
- イベント跨ぎ:決算、重大発表、配当落ち前後は価格ギャップと早期行使リスクが上がります。イベント回避のスケジューリングが安全策です。
- サイズ過多:1枚=100株のため、ポジションサイズが大きくなりがちです。資金管理(1銘柄あたりの割当上限、最大同時建玉)を予めルール化します。
- 買い戻しの遅れ:含み損が大きくなるほど買い戻しが心理的に難しくなります。事前に「ロール or 手仕舞い」の定量基準(例:損失が受取プレミアムの2倍に拡大したらロール検討)を決めておきます。
8. 税務・配当・早期行使の考え方(概要)
配当権利付き最終売買日や直前のタイミングでは、コール買い手が配当取り目的で早期行使する可能性があります。配当利回りが高い銘柄ほどそのインセンティブが強く、配当イベント期はコールの管理頻度を上げるのがセオリーです。また、権利落ちで株価が理論的に下がる分、短期的に損益分岐点に影響します。
税制や損益通算の取扱いは市場・口座区分・国籍等で異なります。実務での最適化は各自の状況に依存するため、運用前に必ずご自身の口座・地域のルールをご確認ください。
9. 「Wheel戦略」への拡張
Wheel戦略は「現金担保のプット売り(CSP)」で好みの価格帯で株を受け取り、保有後にカバードコールへ移行する循環手法です。欲しい銘柄を割安で拾い、保有中にプレミアムを回収し、価格が上がれば売り抜ける、という一連の流れがルール化されているため、裁量に頼らず運用スタイルを平準化できる利点があります。
10. 実装チェックリスト(初心者向け)
- 分散可能な3〜5銘柄(ETF中心)を候補化(流動性・スプレッド・IVレンジの確認)。
- 口座と手数料体系の確認(株式・オプションの両方)。
- 満期30〜45日を基準に、デルタ0.20〜0.30のOTMコールを初期設定。
- イベントカレンダー(決算・配当)を反映し、跨ぎを避けるかサイズ縮小。
- 管理ルールを事前に明文化(例:21DTEで見直し、損失が受取プレミアムの2倍でロール検討、早期行使の兆候があれば前日クローズ)。
- リスク上限(1銘柄あたり、戦略全体、口座全体の最大ドローダウン想定)を設定。
- トラッキング指標を用意(勝率、平均受取プレミアム、ロール回数、年率換算利回りの分布)。
11. もう一つの具体例:数値を使った設計の型
「月次で現物評価額に対して1.0%のプレミアムを目標にする」設計を考えます。株価¥5,000のETFを200株保有、評価額は¥1,000,000です。1%の月次目標は¥10,000。板を見て、デルタ0.25前後のOTMコール2枚(各100株)で合計プレミアムが¥10,000以上になるストライクを探します。もし届かなければ、
- 満期をやや延ばす(時間価値増加)
- やや内側(低い)ストライクへ寄せる(内在価値・デルタ上昇)
- イベント回避のためにサイズを調整
といった順序で調整します。これを毎月反復し、ルールベースで回すことが、裁量のムラを抑える近道です。
12. リスク管理を数式で可視化する
損益分岐点(BEP)は BEP = 取得単価 − 受取プレミアム
。
最大利益(Max Profit)は Max = (行使価格 − 取得単価 + 受取プレミアム) × 株数
。
最大損失(Max Loss)は理論上 −(取得単価 − 受取プレミアム) × 株数
。
カバードコールの期待値は「小さな利益の積み上げ」と「まれに来る損失」のバランスで決まります。過去の価格分布を用いて、横ばい確率×平均受取プレミアムと、急落確率×想定損失を比べ、通期の想定シャープや最大ドローダウンをざっくり見積もっておくと、サイズ設計の指針になります。
13. 実務のTips
- 指値の活用:板のスプレッドが広い時はミッド付近の指値で約定を粘るだけで、長期の合計プレミアムに大きな差が出ます。
- 部分クローズ:2枚以上売っている場合、半分だけ早めに利確して、残りを引っ張ると心理的負担が軽くなります。
- イベント週の縮小:決算週はサイズを落とす、満期を短くする、ストライクを外に逃がす、などでギャップ耐性を持たせます。
- 銘柄分散:セクターを跨いで3〜5銘柄に分散すると、個別ニュースの影響を平準化できます。
14. まとめ
カバードコールは「保有×売りコール」のシンプルな枠組みですが、設計(銘柄・DTE・デルタ)、管理(イベント・ロール)、サイズ(分散・許容損失)の3点をルール化することで、初心者でも再現性のある運用が可能になります。プレミアムを焦って“厚さ”だけで選ばず、値動きの性格に合う銘柄でコツコツ積み上げることが、結局は一番の近道です。
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