この記事では、オプションの「バタフライスプレッド(Butterfly Spread)」を、デビュー直後の投資家でも実装できるレベルまで噛み砕いて解説します。
最大損失を予め限定しつつ、相場が大きく動かない局面の時間価値減少(シータ)を利益化する狙いが中心です。同時に、インプライド・ボラティリティ(IV)が低下する局面で追加の追い風を受けられる設計にできる点も魅力です。
- 1. バタフライスプレッドの概要
- 2. 損益構造の直観と数式
- 3. 具体例:数値で見る損益表
- 4. どんな相場観で使うか
- 5. ギリシャ指標の特徴(直感重視)
- 6. 設計手順:打ち手を具体化する
- 7. エントリー基準の定量化(現場の目安)
- 8. 手仕舞い・損切り・時間管理
- 9. 調整手順:一方向に外れたときの現場対応
- 10. ブロークンウィング・バタフライ(BWB)
- 11. アイアン・バタフライ(Iron Butterfly)との比較
- 12. 価格例:アイアン・バタフライの数値感覚
- 13. エクセルでの損益再現(検証の最低限)
- 14. 約定の工夫とスリッページ管理
- 15. 失敗パターンと回避策
- 16. 実運用のルール雛形(そのまま使える)
- 17. バリエーションで厚みを出す
- 18. リスクとオペレーションの注意点
- 19. まとめ:小さく始め、日柄と銘柄で分散する
1. バタフライスプレッドの概要
最も基本的な「ロング・コール・バタフライ」は、低い権利行使価格K1のコール1枚を買い、ATM付近のK2のコール2枚を売り、高い権利行使価格K3のコール1枚を買う、という4枚構成です(K1 < K2 < K3)。
- 建玉例:+1 Call(K1), -2 Call(K2), +1 Call(K3)
- 支払うのは概ね少額のデビット(プレミアムの純支払い)。
- 最大損失=支払ったデビット、最大利益=ウィング幅 − デビット(満期日にK2に近い時に最大化)。
- デルタは小さく、ベガ(IV感応度)は売り越しになりやすい(=IV低下が有利)。
- シータ(時間価値収益)は中心付近でプラスに働きやすい。
設計意図は明確です。相場が『大きくは動かないだろう』と見る一方で、損失を限定しコストを最小化したい時に使います。
2. 損益構造の直観と数式
満期日のペイオフは単純です。コールの線形和なので、以下で表現できます。
満期S_Tにおけるロング・コール・バタフライの理論ペイオフ:
max(0, S_T - K1) - 2 * max(0, S_T - K2) + max(0, S_T - K3) − デビット
ブレイクイーブン(概念):
下側: K1 + デビット
上側: K3 − デビット
最大利益(概念):
(K3 − K2) − デビット (= ウィング幅 − デビット。K1, K2, K3 が等間隔のとき)
最大損失:
デビット(支払純額)
要点は『支払いは限定、取り分は中心(K2)付近で膨らむ山型』という形状です。したがって、K2付近に到達しやすいシナリオや、時間経過でプレミアムが溶ける局面を拾うのが基本戦略です。
3. 具体例:数値で見る損益表
以下は、原資産100の銘柄に対し、K1=95、K2=100、K3=105 の対称型(幅=5)を30〜45DTE程度で組む想定です。プレミアムの例として、Call95=6.80、Call100=3.20、Call105=1.10 とし、ネットデビット=6.80 − 2×3.20 + 1.10 = 1.50 とします。
- 最大損失 = 1.50(支払純額)
- 最大利益 = ウィング幅5 − 1.50 = 3.50(K2付近で理論最大)
- 下側BE ≒ 96.50、上側BE ≒ 103.50
原資産価格Sに対する満期日の損益(1枚当たり、手数料・スリッページ除く)の表を示します。
満期S | 損益 |
---|---|
88 | -1.50 |
90 | -1.50 |
92 | -1.50 |
94 | -1.50 |
96 | -0.50 |
98 | 1.50 |
100 | 3.50 |
102 | 1.50 |
104 | -0.50 |
106 | -1.50 |
108 | -1.50 |
110 | -1.50 |
112 | -1.50 |
S=100〜101付近で山が最大化し、Sが大きく離れるほど損益はデビット(−1.50)に収斂します。
4. どんな相場観で使うか
- 方向性:大きくは動かない(レンジ継続・往来相場・イベント通過後の膠着)。
- ボラティリティ:IVが平均よりやや高い〜高止まりで『低下余地がある』ときが理想的。
- 時間軸:30〜45DTEを基準(短すぎるとガンマが強くなり中心から外れた時の劣化が速い)。
- 板厚・出来高:原資産・権利行使とも流動性が十分で、5刻み/1刻み等で設計しやすい銘柄。
『短期で大きく動く材料は出にくいが、過度に安心もできない』と感じる場面で、上限の知れた小コストでレンジ想定を現金化する、というのが現場の使い方です。
5. ギリシャ指標の特徴(直感重視)
- デルタ:中心付近ではおおむねニュートラル。片側に外れると傾きが出る。
- ガンマ:中心(K2付近)で負に寄りやすい(=価格の加速で不利)。
- シータ:中心ではプラス(時間価値減少が味方)。大きく外れるとシータは悪化。
- ベガ:小さめでショート寄り(IV低下で有利、急騰で不利)。
要するに『大移動やIV急騰は嫌い、時間経過とIV低下は好き』という性格です。
6. 設計手順:打ち手を具体化する
- 銘柄選定:出来高と板が厚い原資産(先物・大型株・主要ETFなど)を優先します。
- DTE選定:30〜45DTEを基準に、イベント日程(決算・政策発表・雇用統計など)を把握します。
- ストライク設計:K1 < K2 < K3 を等間隔(例:±5)から始め、デビットがウィング幅の10〜25%に収まるか確認します。
- 執行:ミッド〜ミッド寄りで発注。中心のK2に出来高が集中しているか(約定しやすさ)を確認します。
- サイズ:初回は小ロットで検証。複数銘柄に分散し、イベント回避・日柄分散をかけます。
7. エントリー基準の定量化(現場の目安)
- IVパーセンタイル:40〜80のゾーン(平均超で『下げ余地』が感じられる水準)。
- ATRベースの幅決め:20日ATRの0.8〜1.2倍を中心幅の目安にし、±幅をウィングに反映。
- デビット比率:デビット / ウィング幅 を 10〜25%に抑える(厚い板で改善を粘る)。
- イベント回避:決算や大型指標の直前は原則見送り。通過後の膠着狙いが安全。
8. 手仕舞い・損切り・時間管理
- 利益確定:最大利益の30〜50%を複数回で部分利確(時間経過のカーブを現金化)。
- 時間的損切り:エントリーから7〜10取引日で評価が改善しない場合は縮小・撤退。
- 価格的損切り:原資産が上側/下側ウィングの外へ明確に抜けたら撤退(IV上昇も併せて悪化)。
- IV悪化:IVが想定外に急騰したら一部撤退またはヘッジ(例:カレンダー要素を足す)。
9. 調整手順:一方向に外れたときの現場対応
バタフライは『外れたら潔く撤退』が基本ですが、実務では調整も行われます。代表的な手段は次の通りです。
- ロール:全体を同じ幅で、価格帯やDTEをずらす(損益の山を追いかける)。
- ブロークンウィング化:外れている側の翼だけ遠ざける/近づけることで、最大損失や期待利得をリシェイプ。
- 一部解体:中心のショート2枚のうち1枚を買い戻し、残りを「コンドル/コールクレジット」に組み替える。
10. ブロークンウィング・バタフライ(BWB)
左右のウィング幅を非対称にして、片側の最大損失を圧縮またはゼロコスト化する応用形です。例えば上側のK3を遠くに置いてデビットを縮小し、理想的にはコストゼロ〜小さなクレジットで構成します。
- メリット:コスト圧縮、損失上限の改善、中心付近の利益山は維持。
- デメリット:利益山の形が崩れやすい。過度に非対称にすると管理が難化。
11. アイアン・バタフライ(Iron Butterfly)との比較
アイアン・バタフライは、ATMストラドルをショートし、両翼にOTMプットとOTMコールをロングして損失を限定する『クレジット戦略』です。
- ロング・コール・バタフライ:少額デビット、短ボラ寄り、レンジ狙い、ガンマに弱い。
- アイアン・バタフライ:クレジット受取、さらに短ボラ寄り、中心に居座れば最大利益=受取クレジット。
どちらも『IV低下×時間経過×方向性中立』が味方という点で同族です。流動性や約定価格に応じて、デビット型(ロング・コール)とクレジット型(アイアン)を使い分けます。
12. 価格例:アイアン・バタフライの数値感覚
原資産100で、K2=100を中心、下側K1=95のプットを買い、上側K3=105のコールを買い、ATMのプット100とコール100をショートする構成を考えます。受取クレジットが3.00だとすると、
- 最大利益=3.00(中心滞留)
- ブレークイーブン=下側97.00、上側103.00
- 最大損失=ウィング幅5 − 3.00 = 2.00(片側の極端な上昇/下落時)
13. エクセルでの損益再現(検証の最低限)
満期日の損益をエクセルで検証する手順を示します。シンプルな形で十分です。
【例:ロング・コール・バタフライ(K1=95, K2=100, K3=105, デビット=1.50)】
セルA2:A31に価格Sを88,90,92,...,112と入力
セルB2に: =MAX(0, A2-95) - 2*MAX(0, A2-100) + MAX(0, A2-105) - 1.5
B2を下へコピー→損益表が完成
グラフ化:Sを横軸、損益を縦軸の折れ線でOK
14. 約定の工夫とスリッページ管理
- レッグ順序:一括(バタフライ・スプレッド注文)を基本に、板が薄いときは中心レッグの価格を先に探る。
- ミッド基準:ナチュラルとミッドの差を把握し、約定しない場合は1ティックずつ譲歩。
- 時間帯:板が厚いコア時間(現地立会の中盤)を選ぶ。指標・決算直前は避ける。
15. 失敗パターンと回避策
- イベント跨ぎ:急変動・IV急騰で損益山が崩れる → 『通過後』に狙う。
- ウィング幅が狭すぎ:ガンマが強く、センター外れで劣化が速い → まずは幅5や10で検証。
- デビット過多:潜在リターンが細る → デビット/幅を25%以内に収める工夫。
- 流動性不足:約定難・スプレッド拡大 → 主要銘柄に限定、週ごと日柄分散でエントリー。
16. 実運用のルール雛形(そのまま使える)
- 監視ユニバース:主要指数先物、出来高上位ETF・大型株の中から10〜20銘柄。
- シグナル:IVパーセンタイルが40〜80、20日ATRが低下基調、イベント空白7営業日以上。
- DTE:35±10日、ウィング幅:20日ATRの0.8〜1.2倍、デビット/幅≦0.20。
- エントリー:ミッド−1ティックから提示、約定しなければ+1ティックで追随、3回で撤退。
- 手仕舞い:最大利益の40%達成 or 残DTEが10日を切った時点で評価益>0なら全返済。
- ストップ:価格がBEを明確に割り込んで1日クローズ継続 or IVが+2σ上昇で撤退。
17. バリエーションで厚みを出す
- カレンダー×バタフライ:近月を売り、遠月を買う『時間分散バタフライ』でIVスマイルや期限構造を拾う。
- プット・バタフライ:下方向の値動きに合わせて同様の構造をプットで構築。
- ダイアゴナル・バタフライ:ストライクと満期の両面をずらしてボラと時間の二兎を追う。
18. リスクとオペレーションの注意点
- 早期権利行使:米式権利の配当落ちや金利環境では、ショート中心レッグが早期行使される稀なリスクに注意。
- 約定と解体の速度:一方向に走り出したら、全部まとめてではなく『最も悪化しているレッグから』順次外す判断も有効。
- サイズ管理:同時に複数銘柄へ分散。個別の損失上限は総資金の0.5〜1.0%に抑える運用設計。
19. まとめ:小さく始め、日柄と銘柄で分散する
バタフライは『外れたら小さく負け、ハマれば効率よく勝つ』という期待値の作り方が明確な戦略です。勝率の源泉は、時間経過とIV低下、そして中心に近い価格帯への回帰性にあります。初期はウィング幅とデビット管理を厳格にし、イベントを避け、コア銘柄だけで日柄分散を徹底しましょう。
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