マークトゥーマーケット徹底解説:時価評価が損益・証拠金・清算価格・資金管理に与えるすべて

デリバティブ

あなたの評価損益(PnL)、証拠金余力、清算価格は、ほぼすべてが「どの価格で評価するか」によって決まります。これがマークトゥーマーケット(Mark-to-Market: MtM/時価評価)の本質です。マーケットは秒単位で揺れますが、取引所・ブローカーは毎秒・毎分・毎日といった頻度で評価の基準価格(マーク価格)を更新し、それに合わせて未実現損益(uPnL)や変動証拠金(Variation Margin)を反映します。本稿は、先物・オプション・FX・暗号資産・株式信用・ETF/REITにわたって、MtMの仕組みとリスク管理への影響を実務レベルで体系化した解説です。

重要なのは、建玉を決済していなくても損益と証拠金は刻々と変わるという事実です。日次決済だけの世界ではありません。多くのデリバティブは取引時間中に連続マークを行い、維持証拠金を割り込んだ瞬間に強制ロスカット(清算)ロジックが動きます。特にボラティリティの高い暗号資産やレバレッジの高いCFDは、評価方法の違いが生死を分けます。

本記事では、(1)MtMの定義とマーク価格の種類、(2)商品別の評価ロジック、(3)uPnL/rPnL/手数料/金利・Fundingの計上、(4)証拠金・清算価格の算出、(5)実務で誤りやすいポイント、(6)Excel即実装テンプレ、(7)ケーススタディの順に整理します。途中に出てくる式はすべてコピーして自分のシートに入れ替え可能です。

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1. マークトゥーマーケット(MtM)とは何か

MtMは「保有資産・負債を、その時点の公正価値に基づいて評価替えする会計・清算の実務」です。取引所は過度な変動や不正操作を避けるため、最新取引価格(Last)ではなく、マーク価格(Mark Price)指数連動価格(Index Price)理論価格(Fair Value)などを使います。

Last(最終約定値)
直近の成立価格。薄商い時はノイズが大きい。
Mid(板中央)
Best Bid/Ask の中間。板が薄いと歪む。
Index Price(インデックス価格)
複数取引所の加重平均などで作る代表値。裁定で歪みが小さい。
Mark Price(マーク価格)
Index と Funding/キャリーやフェアバリューを加味して算出する「評価用」価格。清算判定やuPnL計算の基準に使われやすい。
Fair Value(理論価格)
金利・配当・保管料・期日までの時間価値等を考慮した理論。オプションや先物の期近/期先でよく使う。
NAV(基準価額)
ETF/投資信託の純資産価値。市場価格と乖離し得る。

評価価格が変われば、uPnLと証拠金、ひいては清算価格が変わります。したがってトレーダーは「自分のプラットフォームがどの価格をマークに使っているか」を必ず確認すべきです。

2. 基本式:未実現・実現損益、証拠金、リターン

2.1 先物/CFD/パーペチュアルの基本

uPnL(ロング) = (Mark - Entry) × 契約サイズ × 枚数
uPnL(ショート)= (Entry - Mark) × 契約サイズ × 枚数
rPnL(実現)     = 決済時の差額 ± 手数料 ± Funding/金利 等
口座残高         = 初期残高 + ΣrPnL ± 手数料 ± 金利
有効証拠金       = 口座残高 + uPnL
証拠金維持率     = 有効証拠金 / 必要証拠金

2.2 FX(差金決済)

uPnL(ロング) = (Mark_bid - Entry) × ロット × Pip価値 × 通貨換算係数
スワップ/金利   = 通貨金利差 × 名目元本 × 日数(またはロール時点)

2.3 株式信用・現物(評価)

評価額 = 保有株数 × Mark(終値または引値等)
評価損益 = 保有株数 × (Mark - 平均取得単価) - 手数料/金利

2.4 オプション

オプションMtM = 理論価格(IV, r, q, τ, S)または取引所マーク価格
Delta(Δ) ≈ ∂プレミアム/∂S
Gamma(Γ), Theta(Θ), Vega(ν)で感応度を管理

オプションは「価格そのもの」を時価評価するため、UnderlyingのLastではなく、IV・金利・配当・残存日数で決まる理論価格が中心です。清算やリスク指標は取引所が公表するマーク価格に依存します。

3. マーク価格の設計思想:なぜ Last を使わないのか

薄商いの時間帯に1ティックの異常約定が起きるだけで、Last ベースの評価が暴れ、無意味な強制清算や過大な証拠金要求が発生します。これを避けるため、多くの市場で(1)複数市場の加重平均、(2)一定時間の加重移動平均(TWAP)、(3)板気配のフェアバリュー化、(4)金利や配当のキャリー調整が導入されています。

典型例が暗号資産のパーペチュアル先物です。指数価格(Index)に Funding を加味した Mark を使い、清算は Mark で判定、約定は Last で処理するため、清算の不公平を最小化します。

4. プロダクト別 MtM の具体設計

4.1 暗号資産パーペチュアル(例:BTC-USDT Perp)

評価基準:Index(複数現物取引所の価格)をベースに、資金調達(Funding)と金利裁定の歪みを織り込んだ Mark を採用。清算は Mark、約定は Last が一般的。

Mark ≈ Index × (1 + フェアバリュー調整)
uPnL = ± (Mark - Entry) × 契約サイズ × 枚数
Funding = 名目元本 × 資金調達率 × 期間(8h/1h 等)

実務ポイント:急騰・急落時は Index の更新遅延や外れ値除去が効き、Mark が滑らかに動きます。清算は Mark で起きるため、板のフラッシュ約定(Lastの瞬間値)と無関係にロスカットされることがあります。これを理解していないと「突然消えた」ように感じます。

4.2 先物(株価指数/商品/金利)

限月ごとに理論価格が異なるため、キャリーモデルで Mark を作ります。株価指数先物は金利と配当落ちを、商品先物は保管料・便益(Convenience Yield)を考慮。

Fair Value(株価指数) ≈ 現物指数 × e^{(r - q)×τ}
Mark = Fair Value に板気配/TWAP調整

4.3 FX

評価は Bid/Ask を使ったり、リクイディティプロバイダの合成レートで行われます。ロング/ショートで評価レートが異なる(Bid/Ask適用)ことに注意。スワップはロール時に実現計上、または日次にMtM。

4.4 株式・信用取引

多くの国内証券は日次で終値評価(引値)を使いますが、時間外やPTS、CFD併用口座ではリアルタイム評価を採用するケースもあります。信用では金利・貸株料のMtM/実現の扱いを要確認。

4.5 ETF/投信/REIT

ETFは市場価格とNAVが乖離し得ます。MtMでは通常、市場価格で評価しますが、裁定やプレミアム/ディスカウント分析ではNAVを参照。指数連動の精度・気配の厚さ・当日のバスケット調達コストもチェックポイントです。

5. 清算価格(Liquidation Price)の算出

清算はMark が維持証拠金(Maintenance Margin)条件を割り込んだ時に起きます。代表的なクロス/分離の考え方を簡略式で示します(実際の取引所は手数料バッファ等を含みます)。

5.1 分離(Isolated)

初期証拠金 IM = 名目 × レバレッジ^{-1}
維持証拠金 MM = 名目 × m(レート)
清算条件     : 有効証拠金(IM + uPnL) ≤ 手数料バッファ + MM

ロングの清算Mark ≈ Entry - (IM - 手数料 - MM) / 契約デルタ
ショート      ≈ Entry + (IM - 手数料 - MM) / 契約デルタ

5.2 クロス(Cross)

口座全体の残高とuPnLで耐える方式。複数ポジションに跨るため、相関・デルタ総量と手数料バッファの管理が必須です。清算連鎖(Auto-Deleveraging)に巻き込まれると他ポジションも連動解消されます。

5.3 数値例(BTC Perp ロング1枚・USDT建て)

Entry=70,000、契約サイズ=1USD/ポイント、名目=70,000USD、レバ=10x
IM=7,000、MM=名目×0.5%=350、手数料往復予備=140 と仮定

清算Mark ≈ 70,000 - (7,000 - 140 - 350)/1 = 62,490

「Last が 62,800 でも、Mark が 62,480 なら清算」は普通に起きます。清算判定は Mark 依存である点を忘れないこと。

6. 手数料・金利・Funding と MtM

  • 手数料:約定時に即時実現。清算判定のバッファに含まれることが多い。
  • 金利:先物の理論価格、信用取引の貸株料、FXのスワップなど。日次実現かMtM。
  • Funding:パーペチュアル特有。買い・売りのどちらかが支払う/受け取る。評価に含める所と、都度rPnL処理する所がある。
  • 配当:株価指数・個別株オプションの理論価格で考慮。ETFでは分配金日を跨ぐキャリーに注意。

7. 実務でつまずくポイント(落とし穴)

  1. どの価格をマークに使うか不明確:Last だと思い込むと清算やuPnLが合わない。必ず「Mark/Index/理論」の仕様を確認。
  2. Bid/Ask 適用の見落とし:評価やロスカットで買いはBid、売りはAskを当てる場合、uPnLは常にスプレッド分だけ不利から始まる。
  3. 手数料・Funding のバッファ不足:清算価格の理論と実値がズレる典型。往復手数料と数回分のFundingを見込む。
  4. 板薄時間帯のギャップ:深夜・指標前後はIndexの外れ値フィルタやTWAPが効く。清算はMarkなので「瞬間風速」にやられる。
  5. 複数ポジションの相関崩れ:クロス証拠金でヘッジしているつもりでも、危機時は相関が1に近づき同時悪化。
  6. IVショック:オプションはSが不変でもIV変動でMtMが大きく動く。Θの時間経過管理も忘れがち。
  7. 為替換算:口座通貨と評価通貨が異なると換算差益が出る。暗号資産口座のUSDT/JPY換算は常時チェック。
  8. NAV乖離:ETFのMtMは市場価格基準でも、裁定余地やロールコストを見ないと誤評価。流動性の薄いETFは要注意。
  9. 税・会計カットオフ:期中MtMと申告上の実現認識が異なる場合がある。会計・税務ポリシーは最初に固定。
  10. API/データ遅延:自己集計のMarkで遅延や欠落があると、清算ライン監視が役に立たない。フェイルセーフを。

8. Excelでの実装テンプレ(貼って使える)

8.1 先物/Perp uPnL

=IF(Dir="LONG",(Mark-Entry)*Contract*Qty,(Entry-Mark)*Contract*Qty)

8.2 有効証拠金と維持率

=Balance + uPnL
= (Balance + uPnL) / ReqMargin

8.3 清算価格(簡略・分離/ロング)

=Entry - (IM - FeeBuf - MM) / (Contract*Qty)

8.4 オプション理論価格(概略)

Black-Scholesや近似式をアドイン/関数で実装。Delta/Theta/Vegaは感応度シートで別管理。

複数銘柄をまたいだクロス計算は、ポジションDFを作って通貨建てを統一し、デルタ総量・ガンマ・ベガの配列を管理します。Funding・手数料は別テーブルで日付キーに紐づけ、日次のrPnL集計に合流させると監査性が上がります。

9. ケーススタディ

ケース1:BTC Perp ロングの清算回避

口座USD 10,000、Entry 70,000、1枚ロング、10x。手数料往復0.02%、Funding 0.01%/8hが想定。IM=7,000、MM=350、FeeBuf≈140とすると、清算Markは約62,490。急落局面でMarkが62,700まで落ちた時、追加でUSDT 500を入金し、有効証拠金を底上げすると清算ラインは下がる。清算判定はMarkで行われるため、Lastの反発に期待しても意味がない。指値分割でノックイン回避の余地を作るほうが合理的。

ケース2:株価指数先物ショートのキャリー負け

配当込みのFair Valueが上振れ、Markがじり高に。Lastは乱高下でもMtMは緩やかに上昇し、uPnLが日々毀損。ショートは「指数ショート+配当受け取りの欠落」でキャリーがマイナスになりやすい。ロール戦略を前提にするか、配当期のヘッジにオプションを組み合わせる。

ケース3:オプション・ロングでIV崩落

決算跨ぎのコール買いは、決算後にUnderlyingが上昇してもIVが急低下するとMtMが下落し得る(ボラティリティ・クラッシュ)。Δだけ見ていると「上がったのになぜ負けた?」となる。Θで時間経過、νでIV感応も併せて管理するのが実務。

10. リスク・リワード設計(チェックリスト)

  • 自分のプラットフォームのマーク価格仕様(Index/TWAP/Fair Value/IV)をドキュメントで確認。
  • 清算判定が Mark か Last かを確認。バッファに手数料・Fundingを含むかも要チェック。
  • クロスの場合、相関とデルタ総量の悪化シナリオを前提に余力30〜50%を常時確保。
  • Bid/Ask評価の前提を統一。常に不利側で評価する保守的シートを作る。
  • 通貨換算差・USDT/JPY 換算の自動更新ロジックを用意。
  • オプションはIVショック、Θ劣化、期近ガンマ拡大の3点セットを前提に。
  • ETFはNAV乖離とバスケット調達コスト(作成・解約のフリクション)を把握。
  • データ遅延対策に冗長な価格源(プライマリ+バックアップ)を用意。
  • シミュレーションはMark基準で実施。Lastでの楽観シミュレーションは禁止。
  • 「清算→スリッページ→さらなる証拠金不足」の負の連鎖を前提に、常に先回りの縮小・資金移動・ヘッジ手順を決めておく。

11. よくある誤解の是正

  • 「清算は最終約定値で判定される」→多くのデリバティブはMarkで判定。
  • 「評価損益は約定しない限り関係ない」→証拠金・強制ロスカットは評価で発動。
  • 「オプションの評価はUnderlying次第」→IV/金利/配当/時間が同等に重要。
  • 「ETFは指数に完全一致」→流動性・ボラ・バスケット調達で乖離は発生する。
  • 「ヘッジがあるから安全」→危機時は相関が1に近づき同時悪化。クロス口座は特に注意。

12. 実装のすすめ:最小構成の評価シート

  1. ポジション表:銘柄、方向、枚数、建値、契約サイズ、名目、通貨、レバ、IM、MM。
  2. 価格表:Last、Bid、Ask、Index、Mark、IV、為替レート、NAV。
  3. 損益表:uPnL、rPnL、手数料、Funding/金利、口座残高、有効証拠金、維持率。
  4. 清算計算:バッファ構造、分離/クロス別の清算Mark、トリガー閾値。
  5. 警告ロジック:維持率≤120%で黄、110%で橙、105%で赤、100%未満でフラグ。
  6. 通貨換算:口座通貨で統一。USDT→JPY、USD→JPYの自動更新セル。
  7. ログ:日次スナップショットを別シートに保存し、監査線を確保。

13. まとめ

MtMは「勝ち負けの数値」だけでなく、「資金が生き残るかどうか」を決める中枢ルールです。自分がどの価格で評価され、どの条件で清算されるかを正確に言語化できれば、過剰レバや不必要な清算を避けられます。逆に、ここを曖昧にしたままでは、同じミスを市場が変わっても繰り返します。今日から、Mark基準の資金管理に切り替え、評価の仕組みを武器にしてください。

用語ミニ辞典

MtM:時価評価。評価替えの総称。
Mark Price:清算や評価用に使う基準価格。Indexや理論を織り込む。
Index Price:複数市場の加重平均価格。
uPnL/rPnL:未実現/実現損益。
IM/MM:初期/維持証拠金。
Funding:パーペチュアル先物の資金調達支払い・受取り。
NAV:ファンドの純資産価値。
Fair Value:金利・配当・保管費等を考慮した理論価格。

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