上下どちらかに大きく動くときに利益を狙い、動かないときは時間価値の減衰で損失が出る——それがストラングルです。コールとプットを同時に使い、ボラティリティ(価格変動性)そのものを売買します。本稿は、初めての方でも実装できるように、理屈と実務を一体で解説します。
1. ストラングルとは何か
ストラングルは、同じ満期で異なる権利行使価格のコールとプットを同時に組み合わせる戦略です。代表的には以下の2種類があります。
ロング・ストラングル:OTM(アウト・オブ・ザ・マネー)のコールとプットを買う。価格が大きく上に抜けても下に割れても、どちらかのオプションが急騰し損失を上回れば利益。時間価値の減衰(シータ)とIVクラッシュに弱い。
ショート・ストラングル:OTMのコールとプットを売る。価格が一定レンジ内に収まれば、受け取ったプレミアムが利益になる。代わりにテール方向のリスクが無限(または非常に大きい)。厳格なリスク管理が必須。
2. 仕組みと損益曲線(ブレークイーブン)
モデルケースを用いて整理します。原資産価格をS_0=10,000とし、満期30日のOTMコール(K_C=10,500, プレミアム=120)とOTMプット(K_P=9,500, プレミアム=100)を想定します。
ロング・ストラングルの最大損失は支払った合計プレミアム(120+100=220)。最大利益は理論上無限(上方向)または大きく(下方向)。
ブレークイーブン(満期)は上側が K_C + 合計プレミアム = 10,500 + 220 = 10,720、下側が K_P – 合計プレミアム = 9,500 – 220 = 9,280。満期時点で価格がこのレンジ外へ出れば損益分岐を超えます。
ショートの場合はこの関係が反転します。すなわち、価格が9,280〜10,720の範囲に収まるほど有利で、そこから外れるほど損失が拡大します。
3. いつロング/ショートを選ぶか(IVと実現ボラ)
鍵はインプライド・ボラティリティ(IV)と実現ボラの差です。ざっくり言えば、IV < 実現ボラが続くとロング有利、IV > 実現ボラが続くとショート有利になります。特に決算・政策発表・雇用統計などイベント前はIVが上がりやすく、イベント直後はIVクラッシュが起きやすいので、ロングは「動きが大きいのにIVがまだ安い局面」、ショートは「過度にIVが織り込まれ硬直している局面」を狙います。
ただしロングは時間価値の減衰とIV低下に弱く、ショートはテールリスクに弱い。どちらも「想定レンジの管理」と「撤退ルール」が不可欠です。
4. 権利行使価格の選び方(デルタ発想)
実務では「OTM◯デルタ」を使います。例:コールΔ=+0.16、プットΔ=−0.16 付近を同時に建てると、概ね左右対称のストラングルになります。デルタの絶対値が小さいほどプレミアムは安くブレークイーブンは遠くなる一方、ガンマとベガ感応度が相対的に大きくなり、動き出すと一気に損益が進みます。
初心者はまず「±0.16デルタ付近・満期14〜30日」「出来高と板が厚い銘柄」の組み合わせから始めるのが実務的です。
5. 具体例:株価指数ミニ(想定)
原資産:指数先物ミニ、価格 S_0=10,000。満期21日。IV=18%。スプレッドは片側1。板は十分。
選定:コールK=10,500(Δ≈+0.16, プレミアム=120)、プットK=9,500(Δ≈−0.16, プレミアム=100)。合計デビット=220。
イベント:金曜に雇用統計。木曜クローズでロング・ストラングルを仕掛け、金曜NY引けで決済。狙いは「指標で±2%以上動く」かつ「直後のIV低下前に利確」。
決済ルール例:利益が+40〜60%に到達したら半分利確、残りはトレーリング。逆行は−30%に到達したら全撤退。IVが期待ほど上がらない/価格が膠着するなら時間切れ前に撤退。
6. ショート・ストラングルの管理(厳格)
ショートはプレミアムを受け取る代わりにテールで致命傷になり得ます。実務上の最低限は以下です。
① サイズ管理:口座資金に対して想定最大損失を吸収できるロットに限定。② ストップアウト:損失が受領プレミアムの2〜3倍またはデルタが閾値を超えたら即時撤退。③ ヘッジ:片側に寄ったら、反対サイドをクレジットでロール(ストラングルをストラドル寄りに)、または先物/現物でデルタニュートラル化。④ イベント回避:決算・政策・高ボラ指標の直前は基本的にポジションを閉じる。
7. ギリシャ指標の動き方
シータ(時間価値の減衰):ロングは不利、ショートは有利。ただしロングでも「動いた日」や「IV上昇日」はシータを上回る利益が出ることが多い。
ベガ(IV感応度):ロングはIV上昇に有利、ショートは不利。イベント跨ぎのIVクラッシュはショート有利。
ガンマ(価格変化の加速):満期が近いほど大きく、価格が行使価格に接近すると急増。ロングはブレイク時に一気に利益が乗り、ショートは加速度的に苦しくなる。
8. 執行とコスト(滑り・板・スプレッド)
オプションの実務は執行品質でリターンが変わります。板の厚い銘柄・狭いスプレッド・約定速度を優先し、必ず指値で組み立てます。IVが荒い日は見せ板・急消しも多く、半歩上の指値・分割約定で丁寧に。往復手数料とスプレッドコストを合算し、想定優位性の中に折り込んでおくこと。
9. 典型的なシナリオ別プレイブック
イベント直前のロング:IVが過度に上がっていない銘柄・満期短め・±0.16デルタ付近。指標直後に速利確。
イベント後のショート:IVクラッシュでプレミアムが厚い。サイズ小さく短期で。テール方向に走ったら即撤退。
膠着相場のショート:実現ボラが低迷し、ニュースカレンダーも薄い週。とはいえ、突発ニュースには常に備える。
トレンド発生期のロング:ブレイクアウト直後の追随。価格が走る間に段階利確、IVが剥げる前に撤退。
10. リスク管理フレーム(定量)
ロング:建玉時点のデビット(支払総額)を口座残高の1〜2%に制限。想定変動幅(例:ATR×n、過去20日実現ボラ)に基づき、ブレイクしないと判断したら−30%で撤退。利益は+40〜60%で半利確、残りはトレーリング(前日安値・高値、またはデルタ閾値)。
ショート:受領プレミアムを1単位の最大想定損失とみなし、口座全体の許容ドローダウンから逆算して枚数を決定。イベントは跨がない。損失が受領プレミアムの2〜3倍に達したら無条件クローズ。テールは先物・現物やコール/プットのロールで素早くヘッジ。
11. 簡易バックテストの考え方
厳密なオプションのバックテストは面倒ですが、実務的にはIV(開始時)−実現ボラ(期間内)の差分に注目すれば概観できます。イベントカレンダーを付し、ロングは「IVは中庸だが指標で動く」、ショートは「IVが高いが動かない」期間を抽出。週次で集計し、勝率・平均損益・最大ドローダウン・プロフィットファクターを算出するだけでも優位性の輪郭が見えます。
12. 日本市場・米国市場での実装メモ
米株決算狙いのロング・ストラングルは典型例です。満期短め・決算直前に仕掛け、決算直後に利確。板が厚く流動性が高い大型株や指数オプションが扱いやすい一方、IVクラッシュは強烈なので伸びた瞬間に利確が鉄則です。
指数・先物でのショートは、週跨ぎのニュースや政策イベントを避け、サイズを極小に。ショートは常に生存が最優先です。
13. よくあるミスと回避法
① IVだけ見て価格のカタリスト(動く理由)を無視する。— ニュースカレンダーとテクニカルの合意を確認。
② 満期が長すぎてシータ負け。— 初心者はまず14〜30日に限定。
③ ショートでナンピン。— ルールは事前に決め、損失2〜3倍で機械的に撤退。
④ 板薄・広スプレッド銘柄に手を出す。— 執行で勝てない市場は避ける。
14. 実装チェックリスト
口座サイズ→1回の許容損失→ロット/デルタ選定→イベント確認→建玉(指値)→撤退・利確ラインの事前設定→ニュース監視→約定記録→週次レビュー。
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