1. なぜFXオプションか:現物・先物・CFDとの比較優位
オプションは「保険」と「選択権」を同時に提供します。現物や先物・CFDは方向性が合わないと損失が拡大しますが、オプションは権利行使価格とプレミアムの組み合わせで損失の上限を設計できます。ボラティリティが高騰する局面では、時間価値(シータ)の流出とIV(インプライド・ボラティリティ)の変動が損益を規定し、価格だけでなくボラティリティにも賭けることが可能になります。
2. コントラクトの基礎:用語と最小単位
店頭(OTC)FXや一部のCEX/ブローカーでは、名目1万通貨=1ロット等の仕様が一般的です。必要証拠金はブローカーごとに異なり、原資産はUSD/JPYのスポットまたは先物価格が参照されます。主要パラメータは権利行使価格(K)・満期(T)・プレミアム(P)・IVです。
オプションの価値分解
コール:C = max(S – K, 0) + 時間価値、プット:P = max(K – S, 0) + 時間価値。
ここでSはスポット。時間価値の多寡はIVと満期の長さに依存します。
3. ギリシャの実務訳:何を見てどう動くか
デルタ(Δ)は価格方向感度、ガンマ(Γ)はデルタの変化率、シータ(Θ)は時間経過の損益、ベガ(V)はIV感度。個人運用の現場では、「今のポジションがSの変化とIVの変動でどう動くか」を瞬時に見積もるのが目的です。
経験則
短期・ATM(権利行使が現値に近い)ほどガンマが大きく、時間価値の減衰(シータ)も大きい。IV上昇はコール・プット双方の買い手にプラス、売り手にマイナス。
4. USD/JPYで理解する損益方程式(具体数値)
前提:S=145.00円、満期30日、1ロット=10,000通貨。IV=10%。
(1) ATMコール買い(K=145)。プレミアム=0.80円(仮定)。
満期時損益= max(S_T – 145, 0) − 0.80。1ロット当たり損益は上式×10,000。
例:S_T=147なら、内在価値2.00−0.80=+1.20円 → +12,000円。S_T=145未満なら−0.80円=−8,000円が上限。
(2) OTMプット買い(K=143、プレミアム=0.40円)。下方向の保険。S_T=141で価値2.00−0.40=+1.60円 → +16,000円。上昇・横ばいでは損失限定。
(3) ショート・ストラドル(K=145、コール売り0.80+プット売り0.85=合計1.65円受取)。
満期損益= −|S_T−145| + 1.65。ブレークイーブンは145±1.65(=143.35,146.65)。狭いレンジを期待する時間価値売りだが、急変動で損失拡大。
5. 実務での3大ユースケース
5-1. 為替リスクの固定(プロテクティブ・プット)
ドル建て支払い予定(30日後にUSD10,000)を持つ場合、USD/JPYの下落は円転時のコスト増を招きます。現物USDロング+OTMプット買いで下限を固定。保険料は経費とみなす。
5-2. 受動的収益化(カバードコール)
USD保有者がOTMコールを売ると、プレミアムでインカムを得つつ一定水準で上値を譲る。例:S=145でK=147のコールを0.35円で売却。満期に147超なら繰上げ売却、147以下ならプレミアムが実現益。
5-3. ボラティリティ売買(ストラドル/ストラングル/リスクリバーサル)
イベント前後でIVが変動。IV買い(ロング・ストラドル/ストラングル)や、歪み(スキュー)を使うリスクリバーサルで方向性とIVの両方を表現。
6. 約定・コスト・滑りのリアル
実コストは「プレミアム±スプレッド+手数料+建玉維持の金利影響」。店頭FXのオプションは気配の幅が広がる局面があり、指値・逆指値の設計が損益を大きく左右します。主要時間帯(ロンドン/NYオープン、米雇用統計等)ではIVとスプレッドが同時に跳ねやすい。
7. リスク管理テンプレート(再現用)
7-1. 1取引あたりの許容損失
口座資産Xに対し、オプション買いは「プレミアム総額 ≤ Xの1–2%」、売りは「ストップ設定+ポジション・リサイズ」で極端リスクに耐える設計。売りは原則としてヘッジ同時建て(例:ショート・ストラドルには遠い翼を買う=アイアン・フライ)で限定損失化。
7-2. ガンマ・プロファイル
短期ATM買いはガンマが高く、価格の微小変動でデルタが急変。裁量で追従できない場合は、満期/権利行使の分散でピークを平準化。
7-3. ロールと損益認識
時間価値の減衰を味方にする売り戦略は、損切り=ロールアップ/ロールダウンを前提化。IV急上昇時は一時撤退し、IVピークアウト後に再構築。
8. 代表戦略の実装レシピ(USD/JPY)
8-1. プロテクティブ・プット
目的:ドル建て資産の下落保険。
手順:現物USDロング+OTMプット(K=Sの−1〜2円、T=30〜90日)。
管理:為替の想定変動幅(1σ)と保険料のバランスでK/Tを最適化。IVが高い時は分割購入。
8-2. カバードコール
目的:インカム獲得。
手順:現物USDロング+OTMコール売り(K=S+1〜2円、T=14〜45日)。
管理:繰上げ売却リスクに備え、ロールアップ(より高いKに買い戻し&再売り)。FOMC等の前はサイズ縮小。
8-3. ロング・ストラドル/ストラングル
目的:方向不問の大振れ取り。
手順:ATMコール買い+ATMプット買い(ストラドル)/やや外したK(ストラングル)。
管理:ガンマ・スキャルピング(原資産の逆張り少量売買で時間価値流出を相殺)。失敗例は「IV高値掴み」。イベント後のIVクラッシュを想定し事前に縮小。
8-4. リスクリバーサル(RR)
目的:方向性+スキュー取り。
手順:コール買い+プット売り(強気RR)/プット買い+コール売り(弱気RR)。
管理:片翼売りの無限損失を避けるため片翼をさらに外側で買ってスプレッド化(限定損失RR)。
9. 価格とIVの想定(簡易)
USD/JPYの30日年率ボラを10%と仮定。
1日σ ≈ 10% / √252 ≈ 0.63%。145円の0.63%は約0.91円。
30日±1σレンジは概ね145±5.2円(参考)。
このレンジ内で収まると見ればプレミアム売り、抜けを狙うならロングIV戦略。
10. 実務チェックリスト
① イベントカレンダー(FOMC/雇用統計/CPI)② IV水準と過去分位 ③ スプレッド幅④ ロットと想定最大損失⑤ 退出ルール(価格・IV・時間)⑥ ロール条件⑦ 同時保有の相関⑧ 約定確認(部分約定・滑り)
11. ケーススタディ:30日間の運用シナリオ
ケースA:カバードコールでインカム
初期:S=145、USDロング10,000通貨、K=147コール売り@0.35(受取3,500円)。
結果1:満期S_T=146.8(行使なし)→+3,500円。
結果2:満期S_T=147.5(行使)→USDは147で売却、為替差益(+2円×10,000=+20,000円)+プレミアム+3,500円、上値の超過分は放棄。
ケースB:イベント跨ぎのロング・ストラングル
初期:K=145±2(コール147買い@0.45、プット143買い@0.45、計0.90)。
結果1:イベントで145→150へ(+5円)。内在価値はコールで3円、合計3.0−0.90=+2.10円(+21,000円)。
結果2:無風(±0.5円)→−0.90円。IVの高値掴みが敗因。
12. よくある落とし穴と回避策
・IVクラッシュ:ビッグイベント後にIVが急低下。事前にポジション縮小。
・流動性不足:OTCは相対で板が薄い時間帯あり。成行多用は避ける。
・ガンマ過多:短期ATMの多重保有は急変時に管理不能。満期分散。
・売りの無限損失:必ずスプレッド化して限定損失に。
13. ミニ・クックブック(発注テンプレ)
・保険:現物USD+OTMプット買い(T30–90、Kは−1〜2円)
・インカム:現物USD+OTMコール売り(T14–45、Kは+1〜2円)
・方向不問:ロング・ストラドル/ストラングル(イベント前はサイズ縮小、後で再構築)
・方向+歪み:限定損失RR(片翼売りには必ず外翼買いを付ける)
14. 実装のための運用ルール例
① 1トレード損失上限:口座の1%(買いはプレミアム合計、売りは限定損失幅)
② 同時戦略上限:3種類まで(相関過多を避ける)
③ 週次レビュー:IV分位、PnL、ロール基準を定点観測
④ 重要指標前:総デルタの絶対値を0.2以内に、売りオプションは半分まで縮小
15. まとめ
FXオプションは、価格×ボラという二軸でリスクを設計できる万能ツールです。保険(プット)・インカム(カバードコール)・イベント戦略(ストラドル/ストラングル)を状況に応じて使い分け、限定損失化・分散・ロールの三原則で運用すれば、個人でもプロに近いリスク管理が可能です。
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