同じ「割安」に見える投資対象でも、国が違えば期待収益とリスクはまったく異なります。本稿では、カントリーリスク(国別リスク)を数式とスコアで定量化し、必要利回り(ハードルレート)やポジションサイズに落とし込むフレームを提示します。個別株、ETF、債券、仮想通貨エクスポージャーまで、国の違いが結果に与える影響を実務的に扱います。
1. 収益を左右する5つの経路
海外エクスポージャーのトータルリターンは概ね次の要素で決まります。
①企業価値の変化(株価・配当)/②金利とクレジット(債券価格・利息)/③為替リターン(通貨上昇・下落)/④インフレと実質金利の差/⑤流動性・資本規制などの取引コストと執行リスク。これらは国によって分布が大きく異なります。
2. 必要利回りの設計式
国別に要求する期待年率リターン(ハードルレート)を次式で定義します。
RequiredReturn R = r_f + Spread_sov + π_diff + FX_vol_penalty + Gov_discount + Liquidity/Control_cost − Growth_adj
ここで、r_fは投資家の基準通貨(例:JPY)の無リスク金利、Spread_sovはソブリンスプレッド(EMBIやCDS、または同年限の国債利回り差の簡易代理)、π_diffは期待インフレ差、FX_vol_penaltyは通貨ボラティリティに基づく幾何平均リターンの低下分、Gov_discountはガバナンス・法制度の脆弱さに対する割引、Liquidity/Control_costは流動性・資本規制等のコスト、Growth_adjは構造成長のプラス補正です。
2.1 FXボラ・ペナルティの近似
為替リターンの幾何平均は g ≈ μ − 0.5σ^2
で近似できます(μ:対基準通貨の平均リターン、σ:年率ボラ)。高ボラ通貨は平均が同じでも複利で劣後しやすく、要求リターンに 0.5σ^2
を加点するのが実務的です。
2.2 ガバナンス割引の考え方
汚職、契約履行、司法の独立、資本移動制限、恣意的課税などは、期待キャッシュフローを恒常的に減価させます。ここは「点数→割引率」に変換します。
3. スコアリング:10項目×5点=50点満点
各項目を0〜5点で評価し、合計をScore
(最大50)とします。高いほど安全。
- 政治安定・選挙リスク(クーデター・非常事態の頻度、政権交代の秩序)
- 法制度・契約執行(外資の財産権、少数株主保護)
- 資本移動・コンバーチビリティ(送金規制、配当・元本の本国送還)
- 外貨準備・輸入カバー月数(外貨不足=通貨危機脆弱性)
- 外貨建て債務比率(通貨安で実質債務が膨張)
- インフレ体制(目標の信認、変動幅、価格統制の有無)
- 通貨ボラティリティ(年率σ、流動性の薄さ)
- 経常収支と対外バランス(慢性赤字か、コモディティ依存か)
- 市場流動性(売買代金、スプレッド、ダークプール依存)
- デフォルト・再編履歴(ソブリン/準ソブリン/銀行セクター)
スコア→要求リターンへの変換
簡便式として、Gov_discount + Liquidity/Control_cost
を α × (50 − Score) / 50
と置きます。αは最大上乗せ(例:年率+6%)。例えばScore=35、α=6%なら +1.8% を要求利回りに上乗せします。
4. 実務フロー:データの取り方と簡易代理
現実にはCDSやEMBIが見られないこともあります。その場合は次の簡易代理が有用です。
- ソブリン・スプレッド:同年限の現地国債利回り − 米国債利回り(または日本国債+為替ヘッジコスト)
- 期待インフレ差:過去12〜24ヶ月のCPIトレンドの差の近似
- 通貨ボラ:過去1年の対円/対米ドルの終値リターン標準偏差の年率化
- 流動性コスト:気配スプレッドに出来高・板厚からのインパクト係数
η√(サイズ/ADV)
を加味
5. 例1:トルコ株ETF(現地通貨建て)と通貨ヘッジ
仮定:r_f=0.5%、Spread_sov=6.0%、π_diff=15%(対日)、σ=25% → FX_vol_penalty=0.5×0.25^2=3.1%、Score=30、α=6% ⇒ ガバナンス・流動性上乗せ=2.4%、Growth_adj=−3%(若年人口・製造集積の成長加点)。
このとき R ≈ 0.5 + 6.0 + 15.0 + 3.1 + 2.4 − 3.0 = 24.0%
。現地通貨ベースの株式期待リターンがこれを超えないと、未ヘッジ投資の妙味は薄い可能性。対策は部分的な通貨ヘッジ(先物/NDF/通貨ヘッジETFの利用)で、FX_vol_penaltyの一部を削減します。
6. 例2:アルゼンチンの外貨建て国債 vs ADR株
通貨と資本規制がボトルネックの国では、USD建て債や米国上場ADRで「コンバーチビリティ・リスク」を回避する手段があります。ソブリン再編履歴がある場合、Spread_sovは極端に高くなり、R
は二桁後半が要求されます。個別債券は再編条項・管轄法・クーポン支払メカニズムを確認し、ETF経由なら分散でシビアさを和らげます。
7. 例3:ベトナム製造業ETFをポートフォリオに組み込む
Score=38、σ=13%、Spread_sov=3.0%、π_diff=3.5%、α=6%、Growth_adj=−2.0% とすると、R ≈ 0.5 + 3.0 + 3.5 + 0.5×0.13^2(=0.8) + 1.4 − 2.0 ≈ 6.2%
。ポートフォリオでは、要求利回りに対し上積みが見込める局面のみ配分し、通貨ボラが急騰したときはヘッジ比率を引き上げます。
8. ポジションサイズ規則(Kellyの控えめ版)
期待超過リターンER = Expected − R
、資産ボラσ_a
から、Size ≈ min( ER / σ_a^2 , S_max )
を目安にします(S_maxは上限、例:20%)。新興国ではσ_a
が高いため、自動的に配分が抑制されます。
9. エクセル実装の最小セット
次の列を作れば再現できます:国/資産、rf、Spread_sov、pi_diff、sigma_fx、score、alpha、growth_adj、expected_local(現地期待)、expected_jpy(為替込み期待)。
FX_vol_penalty = 0.5 * (sigma_fx^2)
Gov_Liq_addon = alpha * (50 - score) / 50
R = rf + Spread_sov + pi_diff + FX_vol_penalty + Gov_Liq_addon - growth_adj
Excess = expected_jpy - R
Size = MIN( Excess / (sigma_asset^2) , 0.2 )
10. リスク管理と運用オペレーション
イベント(選挙、減税・増税、外貨準備急減、資本規制)が出たらScoreを即時更新します。トレーリングストップや損切りは価格ではなく「指標の劣化」で発動するルールも有効です(例:通貨年率ボラが20%超でヘッジ比率+20%)。
執行では、現地市場の板厚と出来高を確認し、VWAPまたは時間分散(TWAP)でスリッページを抑えます。配当・分配のローカル課税と本国課税の二重課税は実行利回りを動かします。
11. ありがちな失敗
①「高配当」に釣られて通貨下落を見落とす/②CDSや国債利回り差を見ずにPBRだけで割安判断/③ヘッジコストが恒常的にマイナスキャリーであることを無視/④資本規制・送金規制の運用細則を確認しない/⑤分散が国境を越えていない(同じマクロに依存)。
12. まとめと活用法
本フレームは、ニュースや評判に左右されず、数字に翻訳して機械的に判断するための土台です。①国別スコアを更新、②要求利回りを再計算、③超過が出る資産に限定して配分、④ボラ急変時はヘッジ強化。これを週次〜月次で回すだけで、意思決定の一貫性が上がります。
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