要点:インパーマネントロス(以下IL)は、価格変動で発生する「LPが現物を持っていた場合に比べての機会損失」です。避けるのではなく、手数料収益+ヘッジで上回る設計にすれば、LPは安定したキャッシュフロー戦略になります。
ILの正体を一枚で掴む
定数積AMM(x·y=k)の50/50プールで価格比を r=P1/P0 とすると、HODL比との乖離(IL)は次式で与えられます。
IL(r) = 2·√r / (1 + r) − 1 (負の値。損失率は 1 − 2·√r/(1+r) )
直感:価格が一方向に動くと、AMMは高くなった資産を売り、安くなった資産を買い集めるので、上昇相場では現物HODLに劣後し、下落相場では現金比率が増えます。これがILの源泉です。
数値例(50/50、手数料未考慮)
初期で10,000 USDCと等価のETHを供給(計20,000)。ETHが+25%(r=1.25)なら
IL = 2·√1.25/(1+1.25) − 1 ≒ 2·1.1180/2.25 − 1 ≒ −0.0068(−0.68%)
HODLより約0.68%不利。逆に−25%(r=0.75)でも同程度の不利が出ます。
この差分を手数料収益+ヘッジで上回れば、LPはプラスになります。
手数料収益の設計式
プールの1日あたり理論手数料収益(LPシェア基準)は概ね:
Fee_{1d} ≒ 手数料率 × 出来高/TVL × 自分のTVLシェア
出来高/TVLが高いほど年率は伸びます。例えば手数料率0.3%、出来高/TVL=60%/日なら、単純計算で日次0.18%(年率≒65%相当、複利無視)。
Uniswap v3の集中流動性では、狭いレンジに置けば出来高配分が高まり同TVLでも手数料が増えます(ただしレンジ外リスクが上がる)。
デルタヘッジでILを“ほぼ”相殺する
50/50 LPの価格感応度(デルタ)はざっくり「その時点で保有している基軸資産量」に近く、上昇時は基軸の保有量が減り、下落時は増えます。ここに先物(パーペチュアル)や現物ショートを重ねると、価格方向のP/Lを中和できます。
手順(パーペチュアルを利用)
- LP投入直前に、LPが抱える基軸資産の名目量を見積もる(50/50なら総TVLの半分が基軸)。
- 同等名目のショートをパーペチュアルで構築(資金効率に応じレバレッジ活用)。
- 価格が一定幅動いたら、LP保有量の変化に合わせてショート量をリバランス(閾値リバランス方式)。
- 手数料収益は現金フローとして積み上がる。ファンディングの受け払いも加味して純収益を管理。
簡易デルタの考え方
価格がP→P·rに動いたとき、AMMの保有比率は √r : 1/√r に沿って変化します。したがって、基軸の名目量は近似的に「初期量×1/√r」。この変化に追随して先物ポジションを調整すれば、価格方向のP/Lを平準化できます。
レンジLP(Uniswap v3)の実装ポイント
- レンジ幅:狭いほど手数料は稼げる反面、外れるとエクスポージャが片側に偏る。ボラに応じて「±1σ〜±1.5σ/日」を目安に開始、実測で最適化。
- 再構築ルール:価格がレンジ端にタッチしたらレンジを再設定。毎回手数料を回収しつつ、ヘッジ側ポジションを同時調整。
- ガスとMEV:再構築はオフピーク帯や最小スリッページで。メモリプール観測とPrivate Tx送信の活用も検討。
数値ケース:IL超過の具体計画
前提:TVL 10M、出来高/TVL=40%/日、手数料率0.05%、あなたのLPシェア=1%。
一日手数料 ≒ 0.0005 × 0.4 × 10,000,000 × 0.01 = 20 USD/日
年率(単利)≒ 20 × 365 /(あなたの元本)
元本が50,000 USDなら年率≒146%(理論)。実測はスリッページ・ガス・再構築頻度で低下します。それでも、±25%の価格移動で生じる理論IL(≒0.68%)は、数日の手数料で上回れる可能性があります。
さらに同名目の先物ショートでデルタを抑えれば、価格方向のブレは縮小します。
オプションで下方リスクを限定
パーペチュアルの代わりに、基軸資産の軽いOTMプットを購入する方法も有効。プレミアムはコストですが、急落時の片側偏り(片面化)とILの増幅を物理的にカットできます。レンジ外れが頻発する環境では、日数の長いプット+たまの利確が効きます。
実務オペレーション(チェックリスト)
- プール選定:出来高/TVLが安定的に高いこと。アービトラージが活発で価格整合性が高いこと。
- レンジ設計:初期は広め→実測で狭める。ボラが上がったら再拡大。
- ヘッジ頻度:閾値(例:±3〜5%)でリバランス。過剰トレードはガス負けの原因。
- ファンディング管理:先物の受け払いを日次で集計。受け取り超の場合は収益押し上げ、支払い超ならLP手数料で吸収できるか確認。
- リスク分散:複数プール・複数チェーン・複数DEXで分散。コントラクトの既知脆弱性と監査状況を点検。
- オラクル・ブリッジ依存:価格乖離やブリッジ停止がIL悪化を招く。依存度を把握。
- 撤退基準:出来高/TVLの崩れ、異常なガス高騰、MEV被弾増加、ヘッジコストの恒常超過でクローズ。
よくある失敗
- 手数料の過大推定:バックテストは週単位で。イベント日だけの高出来高を外れ値処理。
- ヘッジ過剰:過度にショートすると“逆IL”(手数料を超える上昇益の取り逃し)が発生。デルタは±0.2〜0.6のバンドで管理。
- レンジ外放置:片面化したまま放置は最悪。再構築ルールを自動化(Bot/スクリプト)。
- レバレッジの累積リスク:LP+先物で実効レバが上がる。清算距離を必ず可視化。
簡易シミュレーションのフレーム(Excel/CSV)
入力:初期価格P0、日次ボラσ、出来高/TVL、手数料率f、LPシェアs、ヘッジ比h、ガス/回
ステップ:
1) 価格パス生成(GBM等)→ r_t = P_t / P_0
2) IL_t = 2·√r_t/(1+r_t) − 1
3) Fee_t = f × (Vol/TVL) × s × TVL_t × Δt
4) Hedge P/L_t = −h × Δ価格感応度 × ΔP − Funding_t
5) 合計 = Σ(Fee_t + Hedge P/L_t) + 期末在庫価値差
結論
ILは“避けるもの”から“設計して収穫するもの”へ。
高回転プール×集中流動性×閾値リバランス×先物/オプションの軽ヘッジ、という組合せで、価格方向のブレを抑えつつ、手数料を安定的に積み上げる戦略は再現性があります。重要なのは、出来高/TVLのモニタリング、ヘッジ閾値、撤退ルールを数式で固定し、感情を排除することです。
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