価格に一番効くのは「需給」です。ガバナンス・トークンの需給は、DAOトレジャリーの出入りと意思決定(ガバナンス提案→投票→執行)で大きく動きます。本稿は、オンチェーンの実データからトレジャリー・フローを読み、イベント前後で素早く意思決定するための実務ガイドです。具体的な監視ポイント、売買のシナリオ、サイズ決定ロジック、落とし穴までを一気通貫で示します。
DAOトレジャリーとは何か:価格感応経路
DAOトレジャリーはプロトコルの資産保管庫です。一般にマルチシグ(例:Gnosis Safe)で管理され、トークン(自社・他社)、ステーブルコイン、LPトークン、LST/LRTなどが含まれます。価格への主な伝播経路は次の通りです。
- 現物売却・OTC売却:循環供給の増加→売り圧。
- 買戻し・バーン・供給抑制:循環供給の減少→買い圧。
- LP増減:プール深度の変化→スリッページとボラティリティが変動。
- 助成金・報酬の放出:トークンの受給先拡散→短期的な売却圧が増えることがある。
- ヘッジ行動:先物・パーペチュアルでの売りヘッジ→ベーシスやファンディングに影響。
オンチェーンで追うべき5つのシグナル
1) マルチシグ(Safe)からの大口出金
取得方法:トレジャリー既知アドレス→転送先→タグ(取引所デポジット/ブリッジ)を突合。
トレード指針:直近7日平均出来高(ADV)の15–30%に相当するトークンがCEX/ブリッジへ移動したら、短期の売り圧シナリオを想定。出来高の薄い時間帯の高値掴みを避ける。
注意点:実験的トランザクションや内部口座間移動の誤判定に注意。複数ソースでラベル検証。
2) ベスティング/クリフ/エミッションの変更
取得方法:トークン・ベスティングコントラクト(stream/unlock)のスケジュールと、提案での変更差分を確認。
トレード指針:「循環供給対ADV」が急拡大するタイミング(例:月間解禁が時価総額の1–3%超)では、反発局面でのポジション軽量化やヘッジを検討。
注意点:チーム/投資家が売らない選択をするケースもある。実行Txまで待つ手も有効。
3) LPミント/バーン(流動性深度の再配置)
取得方法:主要AMMのLPミント/バーン/範囲注文(集中流動性)を監視。
トレード指針:LPバーンで深度が薄くなると、同サイズの成行でのスリッページが増大し、トレンド追随のブレイクが起きやすい。ニュースと重なる局面は順張り優位。
注意点:LP再配置で一時的に深度が薄く見えるだけのケースがある。
4) トレジャリーのヘッジ/スワップ
取得方法:トレジャリーがステーブル化(自社→USDC等)や先物売りヘッジを開始・拡大した痕跡を追う。
トレード指針:継続的なステーブル化は中期の下押し要因。ベーシスの拡大/縮小と併せてポジション調整。
注意点:OTCディールはオンチェーンで見えにくい。CEX残高推定やブリッジ残高推定で補完。
5) ガバナンス提案→投票→実行のイベント連鎖
取得方法:提案テキストの「資金用途」「金額」「タイムライン」を抽出し、投票の賛否比とコア貢献者の動向を追う。
トレード指針:資金流出提案が可決→実行Tx→CEX入金が見えたらショート優位。逆に買戻し/バーン可決は押し目買い優位。
注意点:オラクル/ブリッジ障害で実行が遅れることがある。前のめりのポジションはサイズ抑制。
シグナルから建玉サイズを決める:ADV基準の簡易式
イベント起点の「概算インパクト」は、Impact ≈ k × (売却予定額 ÷ ADV)
と置けます。kは市場状況に依存し、概ね 0.5–1.5で変動。
例:ADV = $5M、売却予定 = $1.5M、k=1 のとき Impact≈0.3(=30%の方向性インパクトの潜在)。
実務ではこの数値を上限に、半分以下のリスク量で開始し、実行Tx確認で追加します。
ケーススタディ:トレジャリーのCEX入金 → 板厚とベーシスの連動
想定条件:
- 循環供給 1,000万枚、トレジャリー保有 500万枚。
- 直近ADV は 800,000枚($換算で $6M)。
- マルチシグからCEX入金 200,000枚が確認。
解釈:
- 入金はADVの25%。当日〜数日の売り圧が統計的に優勢。
- 先物のベーシス/ファンディングがマイナス方向へ振れやすい(ショート需要増)。
- LP深度が薄いDEXではヒゲが出やすいので、指値の分割と撤退価格の明確化が有効。
実行:
- ニュースが無風なら、入金確認 → ショートを1/2サイズで開始、売り板厚の変化と成行の通りを観察。
- 現物ロングのヘッジ目的なら、同数のパーペチュアル売りでデルタ中立を維持。
- 板が吸収され、先物買い戻しが入る兆候(ベーシス縮小反転)が出たら利益確定。
イベント別プレイブック
A. 買戻し/バーン提案の可決
執行Tx確認まで待ち、初動の成行に追随。出来高膨張とともに高値掴みのリスクが増すため、半日〜数日のスイングで分割利確。
B. 助成プログラム拡大(エミッション増)
循環供給/ADVの悪化が見える局面ではラリーの戻り売り。エミッション配布先の売却パターン(たとえば毎週のstream)をカレンダー化。
C. LPバーンで流動性が薄化
薄い板を突くブレイクは順張り優位。ただしリバーサルも速い。ストップはヒゲ幅の1.2–1.5倍に設定。
D. トレジャリーのステーブル化
USDC等へのスワップ継続で下押し圧力。ファンディングがマイナスに張り付くなら、一部現物ロングをヘッジ。
監視セットアップ(無料中心・簡易)
- 既知トレジャリー/マルチシグのウォッチリスト作成(通知ON)。
- ブリッジ・CEXデポジットのタグ/パターンをメモ化。
- ベスティング/クリフの月間カレンダーを自作(解禁量・%・想定売圧)。
- AMMのLPミント/バーンをイベントログで監視。
- ガバナンス提案のRSS/通知。賛否比・大口投票者の動向を即時に確認。
リスク管理と“やってはいけないこと”
- アドレス誤認:ミスラベルで逆ポジションにならないよう、2系統以上で検証。
- 先走り:提案は否決・延期がある。実行Tx確認までサイズ抑制。
- レバレッジ過多:ボラ急拡大時の清算リスク。最大損失を資金の1–2%以内に。
- オラクル/ブリッジ障害:価格乖離や約定遅延に注意。成行依存を避け、指値分割。
- マーケット・インパクト無視:自分の板タッチで価格が動くサイズはNG。
簡易チェックリスト
- (1)トレジャリー出金/入金の検出→タグ確認。
- (2)ADV比のサイズ算出→閾値15–30%で警戒。
- (3)LP深度の変化→スリッページ試算。
- (4)ガバナンス提案の進捗→可決/実行Txの有無。
- (5)建玉サイズ=想定Impactの1/2以下→追加は事実確認後。
- (6)撤退価格と時間を先に決めておく。
用語メモ
ADV:過去一定期間(例:7日)の平均出来高。
クリフ:一定期間ロック後に一括解禁される時点。
エミッション:継続的な新規トークン発行/配布。
マルチシグ:複数署名が必要なウォレット。実行Txで初めて資金が動く。
まとめ
トレジャリー・フローは、そのまま需給に直結します。ポイントは「提案の文字」ではなく「実行Txという事実」。ADV比でインパクトを定量化し、サイズは控えめに、確認で積み増し。これを習慣化すれば、ニュースより一歩早いイベントドリブン取引が可能です。
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