本稿では、暗号資産のパーペチュアル先物(無期限先物)に特有のファンディングレートを活用し、価格方向性(デルタ)を極力ゼロに近づけたマーケットニュートラル運用で、比較的安定したリターンを狙う手法を解説します。対象読者は、暗号資産の取引経験が浅い個人投資家を想定し、実務の流れ・計算式・手数料やリスク・運用チェックリストまで網羅します。
戦略の骨子
戦略はシンプルです。現物を買って同額のパーペチュアル先物をショートします(いわゆるキャッシュ&キャリーの無期限版)。価格変動の影響は理論上相殺され、残る損益ドライバーは主にファンディングレートの受け払いと、手数料・スプレッド・資金調達コストです。正のファンディング(ロングがショートに支払う)が続く市場では、ショート側が受け取り主体となり、時間の経過が収益に変わります。
前提知識:ファンディングの仕組み
多くの取引所では、8時間ごと等の間隔でファンディング清算が行われます。清算時点の建玉名目額に、直近のファンディングレートを乗じて支払・受取が確定します。代表式:
Funding P&L = Notional (USD) × Funding Rate (期間レート)
年率換算の目安は、期間年換算係数
を掛けます。例えば8時間ごとの場合は1日3回×365日で係数 ≈ 1095
、1時間ごとなら係数 ≈ 24×365 = 8760
です。平均期間レートr̄
からの年率目安はAPY ≈ r̄ × 係数
となります。
具体例:1万USDT規模の構築
想定銘柄をBTC、取引所はCEX(例:取引手数料片側0.05%)とします。
- スポット口座で10,000 USDT分のBTCを成行ではなく指値で約定(スリッページ抑制)。
- 同名目のBTCパーペチュアルをショート。証拠金はUSDTもしくはコイン建て。初期レバレッジは2〜3倍以内に抑え、清算価格に十分な距離を確保。
- ファンディング発生時刻前後の未決済建玉を維持。正のファンディングが継続する限り、ショート側に受取が発生。
仮に8時間ごとの平均ファンディングが+0.010%
(=0.0001)だとすると、1回当たりの受取期待は10,000 × 0.0001 = 1 USDT
、1日3回で約3 USDT/日
、年率目安は0.0001 × 1095 ≈ 10.95%
です。実際には手数料・資金調達・価格乖離によるロスがあるため、ネットで年率5〜9%に収れんするケースが多いです(市場次第)。
コストと摩擦の内訳
取引手数料とスプレッド
スポット買い・先物売りの両側に手数料が発生。メーカー手数料(指値)の優遇を活用。タイトな板(オーダーブック)を選ぶことでスリッページを最小化。
資金調達コスト
USDTや円からの資金調達(クレジット、借入、他ポジション解消)に金利があれば、年率換算でネット利回りから控除。
価格乖離とリバランス
現物と先物のベーシス(乖離)は常に変動します。価格が大きく動く局面ではデルタがわずかに残り、PnLが発生。定期的な名目の再調整(例:週1回または乖離±2%到達時)をルール化。
実装手順(チェックリスト)
- 対象取引所のファンディング履歴と上限・下限を確認。
- 手数料テーブル(スポット/先物、テイカー・メーカー)を精査。VIP階層で低減可能か。
- 証拠金通貨・レバレッジ・清算価格の距離を計算。強制ロスカット閾値に余裕。
- 指値優先、板厚い時間帯(アジア夕〜NY時間帯など)で構築。
- リバランス閾値(名目乖離%、デルタUSD)を事前定義。
- 資金効率を高める場合は、スポット借入+先物ショートのキャリー形で現金拘束を軽減。
- 税務・会計の記録保持(約定履歴、手数料、ファンディング受払、スナップショット)。
年率見積りの実務式
期間t(時間、または8時間)ごとの実績ファンディングをf_t
、合計N
回として、単利近似の年率(APY近似)は:
APY_est ≈ (Σ f_t / N) × N_year
ここでN_year
は年あたりの清算回数(例:8時間ごとなら1095)。より精緻には複利換算:
APY_comp ≈ (Π (1 + f_t))^{N_year/N_obs} - 1
収益性のボトルネックは、APY_net = APY_funding - (取引手数料年率換算 + 借入金利 + 調整損失)
で把握します。
エッジ源泉:なぜ正のファンディングが続くのか
強気相場ではロング需要が先物側に偏りやすく、先物価格が現物に対してプレミアムで推移します。これを是正するメカニズムとしてロング→ショートへのファンディング支払が発生。相場心理やレバレッジ需要が継続する限り、ショート受け取りの機会が生まれます。
実運用のリスク管理
急変動・ギャップ
急落で先物ショートの含み益が出ても、現物側の評価損で合算は概ね相殺。ただし証拠金通貨が現物と異なる場合、両口座のマージン不足が同時多発しうるため、追証リスクに注意。
ファンディング反転
市場センチメントが冷えると、ファンディングが中立〜マイナスに転じ、ショートが支払い側に。移動平均や上限下限で撤退ルールを用意。
手数料改定・上限変更
取引所の手数料やファンディング上限は変更される場合があるため、定期点検をルーチン化。
ベーシス拡大によるデルタ残存
急騰局面で先物プレミアムが膨らむと、名目のズレが拡大。再調整ルール(例:名目差±2%超で建玉調整)を自動化するのが望ましい。
運用オペレーション
誤発注、API設定ミス、資産の送付先誤り(ブリッジ・ネットワーク選択ミス)などのヒューマンエラーを想定し、少額から始めて標準手順書(SOP)を整備。
DEXでの応用(AMM×パーペチュアル)
オンチェーンのパーペチュアル(例:AMM型やvAMM)とCEXスポットの組み合わせも可能です。ただしガス代、価格オラクル更新間隔、MEV(サンドイッチ)起因のスリッページを考慮。トランザクションは混雑時間を避け、ガス上限・価格保護を設定。
モニタリングと自動化
- 指標ダッシュボード:資産残高、未実現PnL、デルタ、証拠金比率。
- アラート:清算価格距離、資金調達率の急変、手数料テーブル変更速報。
- 定期レポート:日次で
Funding受取合計
、週次でAPY_net推移
。
ケーススタディ:3つの相場局面
強気トレンド
先物プレミアム拡大で正のファンディングが持続。ネット年率10%前後の好条件もあり得るが、ベーシス拡大でリバランス頻度が上がる。
ボックス相場
ファンディングは小幅。ネット年率は5%前後に低下。手数料の影響が相対的に大きくなるため、メーカー比率と板選定が鍵。
弱気トレンド
マイナスファンディングで逆ザヤ。ショート支払いが続く場合はポジション縮小や一時撤退。
実務テンプレ(最小構成)
1) 名目設定:現物=先物名目、レバレッジ=2.0x上限 2) 取引ルール:メーカー比率80%以上・成行禁止 3) リバランス:デルタ±1% or 名目差±2%で実行 4) 退出基準:7日移動平均ファンディングが0%未満で2日継続 5) ログ:約定/手数料/資金調達受払を日次でCSV出力
まとめ
ファンディングレート裁定は、方向性リスクを抑えながら時間の経過を収益源に変える実務的な手法です。鍵は、コスト最小化・ルール化された再調整・アラート運用・撤退基準の4点。小規模から始め、標準化と自動化でブレを減らすことで、相場状況に応じた安定運用が期待できます。
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