CEXの板とDEXのプールを跨ぐクロスドメインVWAP裁定——小資金でも戦えるマイクロ戦術

トレード手法

「板が薄いCEXで買い→DEXのプールで売り」あるいはその逆。言葉で言うほど簡単ではありません。手数料、ガス、ブリッジ遅延、MEV、価格オラクルのラグ、そして人間の操作遅延が、紙上の裁定をすべて溶かします。本稿では、CEXのオーダーブックDEXのAMMプールを跨いで“実際に回る”裁定を、クロスドメインVWAP(加重平均約定価格)という視点で組み立てます。個人の小~中資金でも再現できる手順と、失敗しないための管理指標を徹底的に具体化します。

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なぜ「VWAP視点」が必須なのか

見かけの最良気配(ベストビッド/アスク)やDEXのプール価格だけで比較すると、約定の厚み価格影響(price impact)を無視しがちです。実際に成り行きで叩けば、CEX側では板の複数レベルに跨って平均約定単価が悪化し、DEX側では曲線(x·y=kや多資産曲線)に沿って価格が滑ります。従って、機会判定は「最良気配 vs プール価格」ではなく、両市場で想定サイズを約定させた場合のVWAP同士の比較が本筋です。

基本式と判定ロジック

あるペア(例:USDT/ETH)において、ロング→ショートの往復を想定します。サイズQに対して、

CEXVWAP_buy(Q):CEX板の上からQを食った平均買い単価(手数料込み)
DEXVWAP_sell(Q):DEXでQを売却時の受取単価(スワップ手数料・価格影響込み)

スプレッド余剰:Edge = DEXVWAP_sell(Q) − CEXVWAP_buy(Q) − (Gas + 出金/入金手数料 + ブリッジ費用)

Edge > 安全マージン(後述) で初めて実行対象とします。逆方向(CEXで売り→DEXで買い)の場合は同様に入れ替えます。

安全マージンの設計:ガスとMEVをどう織り込むか

ガスは単なる固定費ではありません。混雑時のリスクプレミアムを上乗せし、Base Gas ×3σを想定コストとする保守設計が有効です。さらに、ブロックに含まれるまでの時間不確実性により価格が微妙に動くので、ブロックタイム×平均ボラ(1ブロックのATR)を「値動きコスト」としてマージンに加算します。MEVサンドイッチが多発するチェーンでは、Private TX(RPC)MEV保護ルートの利用を前提にし、それでもなお0.5〜1.0%程度のバッファを残してから実行します。

システム構成(ノーコードでも可)

データ取得

CEX:板(深さN=50~100)、手数料ティア、出金手数料、入金反映時間。
DEX:プールのリザーブ、手数料率、ルーター経路(例:USDT→WETH→ETHなど)と価格影響、期待実行価格(クォート)。

計算

サイズQを1~nのマイクロバッチ(q1, q2, …)に分割し、それぞれについて両市場VWAPエッジを計算。累積エッジが最大となる分割点で止めるのがコツです。

実行

CEX側はIOC(即時約定 or Cancel)の指値で板を複数レベル跨いで取りに行き、DEX側はスリッページ許容(例:0.2~0.5%)を狭めて実行。激戦時は先に利益側をロック(たとえばCEXでヘッジ先のショートを先に約定させる)し、片側が未約定でもカバー戦略を持つ(後述)。

通貨・チェーン選びの原則

初心者ほどボラ過大 × ガス高チェーン × 流動性薄を好みがちですが、裁定では逆です。ボラ適度 × ガス低 × 流動性厚を優先します。例えば、ETHメインネットの高負荷時よりも、安定したL2や取引量の多いCEX/DEXペアでの小回転が結果的に収益率/時間の最適化につながります。

Qの決め方:マイクロバッチの実務

サイズQは「片側の悪化でエッジが消えない」最大値です。ヒューリスティックには、“最良10レベルの板厚の合計 × 0.3”“プールリザーブの0.1%”の小さい方を上限に出発し、バッチ間に100〜300msのクールダウンを入れて反応を観察。約定状況に応じて次のバッチサイズを自動調整することで、追い風だけを吸い上げ、向かい風では即撤退します。

カバー戦略:片側だけ約定した場合

典型的な事故は、CEXで買えたがDEXで売れない(または逆)。このときは同方向のヘッジ先を予め用意しておきます。例:ETH現物で片側だけ買い残ったら、同数量のパーペチュアルをショートしてデルタをニュートラル化。数分~数十分の間にDEX側の実行条件が戻ればクローズし、戻らなければ手数料最小の出口で畳む。損切り上限(例:想定利益の50%)を金額で決め、感情を排除します。

手数料・コストのフルスタック見積り

見逃されやすいのが資金移動コストです。出金手数料入金反映遅延ブリッジ費用に加え、CEXメーカー/テイカー料DEXスワップ料価格影響ガスMEV保護の追加コストをすべて円換算で積み上げ、1回転あたりの損益分岐%を事前に算出。損益分岐 + 安全マージンを超えた機会だけを対象にします。

監視指標:シンプルだが効くKPI

Edge実現率:実行時点の推定エッジに対し、約定後の実現エッジがどれだけ残ったか(目標80%以上)。
失効率:シグナルから実行に至らず失効した割合(高すぎるとシグナル品質問題)。
偏差:推定DEX価格と実約定の偏差の移動平均(ルーターやMEV影響の把握)。
1回転あたりの平均純益回転数/時:裁定は薄利多売の世界。両者の積で時給を最大化。

想定外への備え:チェックリスト

ルーター変更:DEXアグリゲータはルートが変わる。毎回クォートを固定化せず、最新の見積もりに従う。
承認(Approve)忘れ:初回のトークン承認でガスが嵩む。事前に小額で済ませる。
RPC障害/ノード切替:フェイルオーバー先を複数用意。
資金フラグ:CEX入出金のメンテやKYC段階の制限を事前確認。
価格乖離の恒常化:恒常的な割安/割高は、実は片側の信用/カストディ/カントリーリスクを反映していることが多い。過度なサイズを避ける。

ミニケース:USDT/ETH 1,000ドル相当での回し方

1) CEX板の上10レベル合計で1,000ドルが0.08%の悪化、テイカー料0.06%とする。
2) DEXクォートは同サイズ売却で受取単価が+0.28%、スワップ料0.05%、推定価格影響0.12%。
3) ガス見積り0.0009 ETH、MEV保護ルート追加0.0002 ETH、円換算合計で0.11%。
4) 推定エッジ= +0.28 − (0.08+0.06) − (0.05+0.12) − 0.11 = -0.14% → 見送り。
5) しかしサイズを500ドル×2バッチに分割すると、板悪化と価格影響が半減し、推定エッジが+0.12%に浮上。安全マージン0.10%を超えるなら実行。

運用ルール:赤字の源泉を断つ

バッチ分割の固定化は禁止。市場状態で可変。
安全マージンはチェーン混雑度に応じて可変(例:通常0.10%、高混雑時0.30%)。
最大同時ポジション数を決め、カバー不能な在庫を作らない。
ログ徹底:推定値・実績値・差分理由を残し、翌日の閾値を自動調整。

結語:薄利“だからこそ”プロセスがすべて

裁定の利益は設計の粗オペレーションの遅延で簡単に蒸発します。クロスドメインVWAPという地味なレンズで、サイズ・順序・保険(カバー)の3点を最適化すれば、小資金でも実装難易度に対して割の良い戦術になります。まずは極小サイズで、Edge実現率80%を安定させるところから始めてください。

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