「価格の重力」は供給の出方で決まります。本記事では、トークンエコノミクスの中核であるベスティング(権利確定)クリフ(最初の解除)エミッション(新規放出)を、個人投資家の実務に直結する形で解剖します。単語の意味だけでなく、どこを見れば売り圧・希薄化・需給の山谷を予測できるかを、数式と手順、そして実務的なチェックリストで提示します。

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1. 用語の正確な定義

ベスティング:チーム・投資家・アドバイザー等に配られた割当が時間経過や条件達成に応じて権利確定する仕組み。解除スケジュール=ベスティングスケジュール

クリフ:ベスティング開始から最初に解除されるまでの無解放期間。例:12か月クリフなら、12か月目に初回まとめて解除が起きる。

エミッション:新規発行または未流通割当の流通化を指す実効的放出。固定(フラット)・逓減(半減)・指数(成長/減衰)のいずれかの関数で定義されることが多い。

TGE:Token Generation Event。初期流通の起点。TGE時の初期流通比率(FDVに対する流通時価総額の比率)は初期ボラティリティを左右する。

2. 投資家の視点:見るべき5点

  1. 初期流通比率(Float Ratio):低すぎると値動きは軽く上振れしやすいが、解除期に急落しやすい。
  2. 解除カレンダー:クリフ直後・四半期末・年末に「重い日」が集中していないか。
  3. チーム/投資家配分のロック条件:二重ロック(時間+KPI)か、単純時間ロックか。
  4. マーケ予算・助成の原資:エアドロップや流動性インセンティブの持続率。一過性なら回収売りが早い。
  5. ブリッジ/クロスチェーン供給:wrapped供給が増え、オンチェーン合算で実質流通が膨らんでいないか。

3. 数式で捉える売り圧と希薄化

月次希薄化率を D_t、月初のFDVを FDV_{t-1}、当月の実効新規流通額(ドル換算)を E_t とすると、

D_t = E_t / FDV_{t-1}

経験則:新興銘柄では D_t が 3% を超える月が連続するとトレンドは鈍化しやすい。5%超なら需給主導の下押し圧力を疑う。

また、価格 P_t は需要 Q^d と供給 Q^s の関数だが、短期では 期待売り圧が先行して先回りの下落を誘発する。解除カレンダーの前後で出来高が先行増加するなら、事前ヘッジや縮小を検討する価値がある。

4. ベスティングモデルの類型と価格インパクト

4-1. クリフ+線形

代表例:TGE後12か月クリフ、以後24か月線形。
インパクト:クリフ月にギャップ的需給ショック。以後は一定の売り圧でトレンドの上値が重くなりやすい

4-2. フロントヘビー(初期解放厚め)

インパクト:初期のボラは高いが、後半は軽くなる。短期トレード向けのチャンスが生まれやすい一方、後半の需給改善に賭けたスイングも成立する。

4-3. バックヘビー(後半解放厚め)

インパクト:序盤は軽いが、後半に解除の崖。長期保有なら、崖の前にポジション調整を組み込む。

4-4. KPI連動ベスティング

オンチェーンKPI(TVL/アクティブアドレス)や収益KPI達成で解除。
インパクト:良いニュースと同時に売りが出る非直感的な値動きが起こりやすい。イベント前後の需給読みが重要。

5. ケーススタディ(数値例)

初期供給 10%(1億枚中1,000万枚)、TGE価格 1USD、FDV=1億USD。12か月クリフ後、月次2.5%(2,500,000枚)線形解除。市場価格は1.2USDで推移しているとする。

  • クリフ月の新規流通額 E_{12} = 2,500,000 × 1.2 = 3,000,000 USD
  • 直前月FDVを1.2億USDとすると D_{12} = 2.5%
  • 出来高/時価総額(Turnover)が低い場合、2.5%でも価格弾力性が低く下落しやすい。

対策:クリフ3か月前から週次で出来高・建玉・資金流入(CEX/DEXの流動性)を監視し、「E_t を市場が吸収できるか」を確認。板の薄さが続くなら、裁量で縮小・ヘッジ(先物ショート)・現物売り/現先スプレッドの検討。

6. 個人投資家の実務フロー

  1. 公式ドキュメントを確保:トークン配布表、ベスティング条項、解除カレンダー、財務/トレジャリーの使途。
  2. 解除カレンダーを作成:月次で E_t(枚数×直近価格)を算出。直近3か月と今後3か月の合計を比較。
  3. 流動性の吸収力:CEX板厚、DEX流動性(TVL/深さ)、マーケットメイカーのプレゼンス。
  4. 利回りの持続性:流動性マイニングやステーキングのAPRは、原資のエミッションが尽きれば低下する。APR→APY換算で誤認しない。
  5. 利害アラインメント:チーム/投資家が段階売却を公表しているか。二重ロックや透明性の高いトレジャリー運用はプラス。

7. ベスティング計算のミニ関数

線形モデルの累計解放枚数 V(t)(月数 t、総割当 M、クリフ C、総期間 T)

V(t) = 0                         (t < C)
V(t) = M × (t - C + 1) / (T - C + 1)   (C ≤ t ≤ T)
V(t) = M                         (t > T)

逓減(半減期 H)の例:E_t = E_0 × (1/2)^{⌊t/H⌋}、累計は等比数列で求める。現実は複合モデルが多いが、「クリフ直後」「四半期境目」「年末」が突出点になりやすい。

8. オンチェーン検証手順

  1. トークンコントラクトの ベスティング/トレジャリーアドレスを特定。
  2. イベントログ(Transfer)で解除日近辺の入出金をトレース。
  3. CEX入金タグ(既知のホットウォレット)への移動を検知したら短期の売り圧に警戒。
  4. ブリッジ先(wrapped)の供給増加も加味して実質流通を評価。

9. リスクと落とし穴

ホワイトリストやスナップショットが解除と同時期にあると、配布→売却の同時発生で滑落が拡大。
監査やマルチシグで安全でも、需給は容赦なく効く。リーガル/KYCが整っていても、解除は物理的な売り圧を生む点を忘れない。

10. 戦略テンプレ(売り圧イベント対応)

  • イベント前の縮小:クリフ月の前週終値で一部利確。
  • ヘッジ:先物ショートやペアトレード(強弱セクターのロング/ショート)。
  • 分割エントリー:解除通過後の需給改善を拾う。出来高・資金流入の回復を確認して段階的に戻す。
  • 流動性チェック:DEX深さ・CEX板厚が薄いなら、指値分割またはVWAP執行を意識。

11. チェックリスト(コピー可)

  • 初期流通比率(%):___
  • 総発行・FDV・循環供給:___
  • クリフ日:___/ 解除頻度:月次/四半期/その他
  • 今月・来月・再来月の E_t(ドル):___/___/___
  • 月次希薄化率 D_t:___%
  • マーケ/報酬の原資持続月数:___
  • 二重ロック/KPI連動の有無:___
  • ブリッジ供給の実質増加:___

12. まとめ

価格は期待で動き、供給で止まる。解除と放出が作る「供給の山」を数式とカレンダーで先読みできれば、無駄な逆風は減らせます。チャートの裏にあるベスティング設計を読み解き、需給に沿った建玉調整とヘッジで、勝率と損益分布を改善してください。