
本稿では、流動性マイニング(Liquidity Mining)を“収益とリスクの三要素”で数式化し、個人投資家でも再現できる実務フレームワークに落とし込みます。対象はAMM型DEX(例:Uniswap系)を想定し、集中流動性の考え方にも触れます。結論を先に述べると、流動性マイニングの勝ち筋は「①手数料APRの源泉を出来高で読み解く、②報酬APRの希薄化・売り圧を割引く、③インパーマネントロス(IL)をボラティリティと価格帯で管理する」の3点です。
1. 収益ドライバーの分解:Fee APR と Reward APR
プールの総収益は、大きく「取引手数料(Fee)」と「プロトコルや運営が付与する報酬トークン(Reward)」の二本立てです。観察すべきは“APRの源泉”です。出来高が継続する限り手数料APRは比較的安定しますが、報酬APRは配布設計と価格に強く依存し、期中で急変しがちです。
1-1. Fee APR(概算式)
FeeAPR ≒ (直近n日の出来高合計 × 手数料率 × LP取り分) ÷ プールTVL × 年換算係数。ここでLP取り分は、スワップ手数料からプロトコル取り分を差し引いた残り。年換算係数は観測期間を365日に伸長します。重要なのは“出来高/TVL”の比率で、TVLが増えると一見安全でもAPRは希薄化します。
1-2. Reward APR(概算式)
RewardAPR ≒ (1日に配布される報酬トークン数量 × トークン価格) ÷ プールTVL × 365。注意点は、報酬トークンの売り圧(LPの利確)とベスティング/ロック条件。配布速度が高い時期ほどAPRは見かけ上大きくても、価格下落で実効APRが縮むリスクがあります。
2. リスクの中心:インパーマネントロス(IL)を“事前に値付けする”
ILは価格がプール内の相対比から乖離するほど拡大します。単純化した常備型x*y=kのAMMで、ペア(A,B)の価格がt0→t1でr倍動いた時のILは、IL(r) = 2√r / (1 + r) − 1。例えば価格が2倍(r=2)なら約−5.72%、半分(r=0.5)なら約−5.72%の不利になります。集中流動性(v3系)では設定帯域外になると実質片張り化するため、ILは“帯域外のデルタ化リスク”として扱います。
2-1. ILに対する許容上限の決め方
ボラティリティσと想定期間Tで価格帯をVaR的に推定し、帯域幅を決定します。簡易には“過去30日の高安±ασ”で帯域を引き、・帯域内推移確率×Fee収益 - 帯域外確率×デルタ化損 を最大化する帯域を試算します。過度に狭い帯域は回転率が上がってFeeは増える一方、帯域外に出て無収益化しやすい。逆に広すぎると常時インパクトは小さいがAPRが薄まります。
3. 実務フレームワーク:デプロイ前チェックリスト(抜粋)
① プール選定:出来高/TVLが高い、取引時間帯の集中がある、MEVやサンドイッチの影響が相対的に小さいペアを優先。② 手数料ティア:100bps/30bps/5bps等。原資産のボラ・アービトラージ頻度に適したティアを選ぶ。③ 報酬設計:配布残期間、減衰カーブ、ベスティング、エミッション比率。希薄化と価格弾力性を評価。④ スマコン/運営:監査状況、実運用期間、過去インシデント、権限移譲(Timelock/Multisig)。⑤ ネットワークコスト:ガス代とリバランス頻度の釣り合い。ポジション調整の損益分岐点を事前算出。
4. 具体例:ETH/USDC(30bps)での試算(仮想データ)
前提:過去7日の出来高=1,200M、プールTVL=600M、LP取り分=100%、手数料率=0.30%。FeeAPR_7d ≒ (1,200M × 0.003 × 1.0) ÷ 600M × (365/7) ≒ 0.006 × 52.14 ≒ 31.3%。これに報酬APR(仮に8%)を加算し、総合39.3%。ただしILを年率に直すと、例えば“±25%の価格帯に70%の確率で収まる”と仮定し、帯域内のFee期待値と帯域外デルタ化損の重み付けで実効APRを再評価します。
4-1. 帯域設計とリバランス
集中流動性では“帯域内時間×出来高”が核心です。ボラ拡大局面では帯域を広げ、ボラ縮小局面では狭める。定期リバランスより“イベント駆動(急伸・急落で帯域外化→戻り確認後に再展開)”の方がガス効率が良い場合も多い。
5. 報酬トークンの価値調整:実効APRを割引く
単純合算APRは過大評価になりがちです。推奨は“報酬APR×(1 − 予想売り圧率)×(1 − ドロップ率)”。売り圧率は配布直後の出来高やCEX上場状況で仮定、ドロップ率はトークン価格の下落期待(イベント、解禁スケジュール)を確率×下落幅で見積もります。
6. 収益カーブの可視化:ブレークイーブンの式
総収益(年率) ≒ FeeAPR + AdjRewardAPR − IL年率 − ガスコスト年率。ブレークイーブン条件はこれが0以上。ガスは“(1ポジ調整あたりのGas費×月間回数×12) ÷ 元本”で年率化。手数料ティアを上げるとFeeは上がるがアービトラージの最適化余地も増え、出来高の弾力性が変わる点に注意。
7. 戦略テンプレート(再現性のある型)
7-1. ボラ拡大型:広帯域×低頻度リバランス
想定:イベント前後で方向は読みにくいが回転は出る。広めの帯域で“帯域外無収益”を避けつつ、出来高にレバレッジ。欠点はAPRの希薄化。
7-2. レンジ相場型:狭帯域×高回転
想定:テクニカルにレンジが明瞭。狭帯域でFeeを積み、帯域外化したら素早く撤退/再展開。ガスコストと滑り対策が鍵。
7-3. 片面バイアス型:方向性ヘッジ併用
想定:中期的にETH上昇を見込む等。LPで片面に寄りやすい時は、先物/パーペチュアルでデルタを部分的にヘッジ。Feeを取りながら方向リスクを抑制。
8. 実務KPI:やめ時のサイン
① 出来高/TVLの悪化(競合プール出現)② 報酬エミッションの急減(告知・スナップショット)③ ネットワーク混雑でガス>Fee④ 基礎ペアの相関崩壊(ステーブル外れやペッグ不安)⑤ 運営のガバナンス変更や権限集中化の兆候
9. リスク管理メモ(実務上の落とし穴)
・フロントラン/サンドイッチ:MEVの多いチェーンではスワップの効率が下がりLPの実収益に波及。・オラクル依存:一部設計で不正価格に引っ張られる事例。・報酬ハーベスト忘れ:権利確定後の請求期限・ベスティングに注意。・ブリッジリスク:他チェーンへの移動時にスマコン/流動性リスクが加わる。・ラグ/権限問題:所有者権限、緊急停止、ミント上限等の設定を事前確認。
10. ミニケーススタディ:USDC/USDT ステーブル同士
ステーブル同士は方向ILが小さい一方、Feeティアが低い(5bps等)ため出来高/TVLの高さが生命線。ボラが小さいので狭帯域での回転×低ガスが理想。報酬トークンがつく場合は“価格下押し時の割引”を特に強めにかけて実効APRを評価します。
まとめ:勝ち筋は“出来高/TVL×帯域設計×報酬割引”の三点張り
流動性マイニングの本質は、市場構造(出来高とMEV環境)と、スマートに設計された帯域・リバランスルールの掛け算です。最後にもう一度:1) 出来高/TVLを定点観測してFeeAPRの源泉を見極める。2) 報酬APRは希薄化と売り圧を割引いて“実効APR”を使う。3) ILは帯域外デルタ化も含めて“価格帯×ボラ”で事前に値付けする。これらを毎週のKPIに落とし込み、総合APRがマイナス領域に入る前に撤退判断を徹底することが、長期的な生存戦略になります。
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