本稿は、リキッドステーキングトークン(LST:例 stETH, rETH, cbETH)の価格乖離(ディスカウント/プレミアム)と、ステーキング由来の利回り、さらに先物を用いたヘッジを組み合わせて「方向性リスクを極力抑えつつ、年率ベースの安定収益を狙う」手法を体系化します。単なる概念説明ではなく、実務で使える発注手順、損益計算、リスク要因、回転(ローテーション)戦略まで踏み込みます。
なぜLST裁定が機能するのか
LSTはイーサリアム等のPoSチェーンでステークされた原資産をトークン化したもので、保有者は基礎資産の増加(報酬再投資によるシェア増)により実質的な利回りを得ます。一方、CEX/DEX二次市場の需給や資金需要によって、LST価格は原資産(例:stETH対ETH)に対して短期的に乖離します。この「利回りは内包するが現物価格は時折ズレる」という構造が、裁定・回転の源泉です。
基本コンセプト:デルタを抑えた収益取得
狙いは二本柱です。(1)LSTが原資産に対してディスカウントで取引される局面を買い、将来の再ペグや縮小でキャピタルゲインを得る。(2)保有期間中はLSTのステーキング由来利回りを享受する。さらに価格方向のリスクを極力抑えたい場合、先物ショート(例:ETHパーペチュアル)でデルタをヘッジし、ベータに依存しない収益の平準化を狙います。
市場選定:どのLSTにフォーカスするか
代表的プロダクト
stETH(Lido)、rETH(Rocket Pool)、cbETH(Coinbase)、sfrxETH(Frax)などが主要です。流動性、発行体の分散性、リスク管理、過去の乖離プロファイル、入出庫コストを総合評価します。実務では「流動性の厚いLSTから順に監視→条件を満たせば参入」が現実的です。
乖離の測定
基準は「LST/ETHの相対価格(例:stETH価格 ÷ ETH価格)」です。1.000を基準に、0.995や0.990といったディスカウント水準、あるいは1.005等のプレミアム水準を閾値に設定します。加えて、入出庫・ブリッジ・清算コストを含めた「実効スプレッド」を管理します。
ポジション構築:3つの代表スキーム
スキームA:現物ロングのみ(シンプル)
stETHが0.992までディスカウントしたとします。現物でstETHを買い、ペグ回復(例:0.999)で利食い。保有中はステーキング利回りが積み上がります。ETH方向の変動を許容できる初心者向けの最初の一歩です。
スキームB:現物stETHロング+ETH先物ショート(デルタ抑制)
ETHの方向性を消したい場合、名目上のデルタを中立化します。数量は「stETH名目 × ベータ調整」。簡易には1:1でよいですが、厳密にはstETHのETH感応度(ベータ)が1から微妙にズレるため、過去相関から0.98〜1.02程度で微調整します。収益源泉は(i)乖離縮小、(ii)stETHの内在利回り、(iii)先物側の資金調達(ファンディング)差です。
スキームC:相対価値回転(LST間ローテーション)
複数のLSTを監視し、相対的に割安(ディスカウント拡大)な銘柄に乗り換え続ける戦略。スプレッド回帰の平均回帰性を仮定し、月次・週次でポートフォリオを再構成します。手数料・ブリッジ・税務を加味した「ネットの改善幅」を定量管理するのが肝です。
損益モデル:数式とサンプル
保有期間T(日)での総収益(年率換算)は概ね次式で近似できます。
総収益 ≒ 乖離縮小益 + LST利回り ± 先物ファンディング差 − 取引コスト − 滞留コスト
例:stETHが0.992→0.999に回帰(+0.7%)、保有30日、LST年率利回り4.0%→月間約0.33%、先物の純ファンディング差が+0.10%(30日)、往復コスト0.12%、その他0.05%と仮定すれば、月間の目安は約0.96%となります。年率換算すれば単利で約11.5%、複利でさらにわずかに上振れます。
実務フロー:チェックリスト
1. 監視
(a)LST/ETHの相対価格(閾値0.995/0.990など) (b)取引所・チェーン別の流動性 (c)入出庫&ブリッジ手数料 (d)先物ファンディングレート(8H/永続) (e)税務イベント(年跨ぎ、確定申告期)
2. 参入
板の厚みを確認し、スリッページが損益に与える影響を見積もります。ヘッジを入れる場合は成行で乖離が閉じる前にショートが成立するか、同時約定(OCO/IOC)で実行できるか確認します。
3. 維持・ロール
ファンディング差がプラスに転じているか、あるいはマイナスでも乖離縮小益が十分かを週次で点検。先物が四半期ならロールコストを含めた総収益を再評価します。乖離が意図に反して拡大する場合は許容幅(例:−0.5%)で一旦撤退し、再エントリーを待ちます。
リスク管理:具体的な落とし穴
スマートコントラクト/カストディリスク:LST発行プロトコルのバグ、オラクル障害、運営ガバナンスが価格に直結。保管先は分散し、コントラクト監査・過去インシデントを必ず確認。
流動性の枯渇:相場急変時にスプレッドが一時的に拡大。想定よりエグジットが高コスト化。板厚・AMM深度・CEX/DEX併用で緩和。
先物連動のズレ:ヘッジ比率の微妙なズレやベーシス変動が残差を生む。過去の相関をもとにベータ調整係数を定期更新。
税務・会計:回転頻度が高いと実現益の計上タイミングが増えます。会計処理方針と期末の未実現評価に注意。
回転(ローテーション)設計:再現性を高める
月初に「ディスカウント上位のLST」を抽出し、最低流動性条件(例:日次出来高X億円以上)を満たすものに限定。上位1〜2銘柄で等金額配分、週次に乖離縮小で利確・入替。過去12か月のバックテストでは、過度な銘柄集中を避けつつ回帰性を捉える設計がドローダウンを抑えました(仮想シミュレーション)。
実行例:ステップ・バイ・ステップ
(1)アラート設定:stETH/ETHが0.993以下で通知。(2)CEXと主要DEXの板を確認。(3)stETHを分割発注で取得。(4)同時にETHパーペチュアルを名目1:1でショート。(5)30日保有の間、ファンディング差と乖離の推移を記録。(6)0.999到達または30日経過時にクローズ。(7)ネット損益をシートで検証し、次回の閾値を最適化。
オペレーション最適化の細部
約定コストは収益の天敵です。手数料レベル別の「参入最低乖離幅」を事前に表で決めておき、条件に合わなければ見送る勇気を持つこと。チェーン手数料が安い時間帯にブリッジ・スワップを行うなど、微差の積み上げが年率で効いてきます。
監視ダッシュボード項目
・LST/ETH相対価格(リアルタイム) ・主要LSTごとの出来高・スリップ推定 ・先物資金調達(8H, 年率換算) ・ガス価格とブリッジ手数料 ・ポジション別の実効年率(ネット)
まとめ:小さく正しく積む
LST裁定は「大勝ちより取りこぼしを減らす」タイプの戦略です。過度なレバレッジに頼らず、乖離・利回り・コストの三点を定量管理して、小さな優位性を積み上げてください。勝率よりも「期待値の正」を粛々と追うのがコツです。
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