本稿では、暗号資産の先物カーブ(複数限月の価格配列)を軸に、カレンダースプレッドで収益を狙う具体的手順を示します。方向性(ビットコインやイーサリアムの上げ下げ)に賭けず、期先と期近の価格差に焦点を当てるため、相場が荒れてもデルタ影響を抑えやすいのが特長です。
1. 先物カーブの基礎:コンタンゴとバックワーデーション
複数の限月(例:当月、翌月、四半期、半年)に対する先物価格を並べるとカーブが描けます。コンタンゴは期先が期近より高い状態、バックワーデーションは期先が期近より安い状態です。カーブ形状は主に金利・保管/借入コスト、需給(ヘッジャーと投機家のバランス)、建玉・資金調達(ファンディング)条件で決まります。
2. ベーシスの定義と年率換算
同一限月の先物価格 F
と現物価格 S
の差をベーシスと呼びます。日数 t
(年=365)で年率化する簡便式は次の通りです。
年率ベーシス(単利) ≒ (F - S) / S × (365 / t)
年率ベーシス(複利) ≒ ((F / S) ** (365 / t) - 1)
例:BTC 現物 10,000、2か月先物 10,140、残存60日なら、単利年率は (10,140-10,000)/10,000 × 365/60 ≒ 8.76%
です。コンタンゴなら期先売り・期近買いでこの差の収斂(ロールイールド)を狙えます。
3. カレンダースプレッドの構造
3-1. 基本形
期先ショート/期近ロング(コンタンゴ捕捉)または期先ロング/期近ショート(バック捕捉)を同時に組みます。銘柄は同一(BTC/BTC、ETH/ETH)で、建玉数量は名目を合わせ、デルタをほぼ相殺します。
3-2. どちらを選ぶか
- コンタンゴが厚い:期先ショート+期近ロング(ロールダウンで儲ける)
- バックが強い:期先ロング+期近ショート(期先の割安修正を狙う)
4. 取引所仕様の違いと銘柄選定
USDT建て先物(USDT-M)、コイン建て先物(COIN-M)、デリバティブ先物(配当/決済付)で証拠金・清算・手数料が異なります。同一マージン体系内で組むと担保効率が上がり、強制ロスカットの連鎖を避けやすくなります。板厚・出来高・建玉が十分な限月のペアを選び、限月間の資金調達/手数料差も必ず確認します。
5. 実務フロー(毎日10分)
- データ収集:現物価格 S、対象限月の先物価格 F1(期近)、F2(期先)、残存日数 t1, t2 を取得。
- 年率化:各限月の年率ベーシスを算出(上式)。
- スプレッド判定:年率差 Δr = r2 – r1 が自ルールの閾値(例:±4~6%)を超えたらエントリー検討。
- 数量設計:名目一致(例:BTC 0.5 枚を期近ロング、期先ショート)。クロス手数料と必要証拠金を同時に試算。
- 執行:板厚のある価格帯に指値分割。スリッページ回避のため片側約定時はもう片側を迅速に成行・IOCで合わせる。
- モニタリング:マーク価格・清算価格の乖離、建玉比率、手数料/資金調達の累積、スプレッドの標準偏差を追跡。
- 手仕舞い:Δr が目標に達した、またはリスク閾値を超えたら同時クローズ。期近の最終取引日前は強制決済回避のため前倒しでロール。
6. PnL分解:何で儲かり、何で減るか
総合PnL ≒ スプレッド収益(F2-F1の収斂)
± 資金調達・金利・借入コスト差
− 取引手数料・スリッページ
− マージン金利/機会費用
± ベーシス変動による評価損益
重要なのは方向性PnLが最小化される一方、スプレッド変動のリスクは残る点です。イベント(上場ETFフロー、半減期、ハードフォーク、期末リバランス)でスプレッドが一時的に拡大することがあります。
7. 具体例:BTC 2M-6M コンタンゴ捕捉
仮定:現物 S=10,000。2か月先 F1=10,100(t1=60日)、6か月先 F2=10,400(t2=180日)。
年率 r1 ≒ (10,100/10,000)^(365/60)-1 ≒ 6.2%、r2 ≒ (10,400/10,000)^(365/180)-1 ≒ 8.0%。
Δr = 1.8% と小さいなら見送り。別日、F2 が 10,520 に上昇して r2 ≒ 10.3%、Δr ≒ 4.1% となれば、期先ショート/期近ロングでエントリー。目標は Δr が 2% へ収斂する局面。1BTC 名目なら理論的収益は概ね (r2-r1の縮小分)×残存の加重期間
に比例します。
8. 数量と証拠金の設計
等名目で組むのが基本です。
必要証拠金(概算):MMR ×(|期近名目| + |期先名目|)
(MMR=維持証拠金率)。クロスマージン口座では担保の共用により必要額が減る場合があります。清算価格までの距離が十分か、流動性ショック時のスプレッド拡大を想定して余裕資金を確保します。
9. エントリー/イグジットの定量ルール
- エントリー:
|Δr| > 4%
(バックが強い/コンタンゴが厚い) - 部分利確:
|Δr| < 2.5%
- 全利確・撤退:
|Δr| < 1.5%
または、スプレッドの20日標準偏差が閾値超過 - 強制撤退:清算価格乖離が急拡大、建玉比率が規程上限に接近、イベントリスク(上場/廃止/指数リバランス)が近い
10. 手数料・資金調達の実務
限月先物は通常ファンディングがなく、ペアの双方でポジティブキャリーを得るのは難しい一方、取引手数料の最小化がリターンを押し上げます。メーカー手数料の優遇、VIP階層、リベート、手数料トークン割引を活用します。コイン建て vs USDT建ての金利・借入コスト差も点検してください。
11. リスク管理チェックリスト
- 流動性:板の厚み、出来高、建玉。不測のスプレッド拡大に耐える数量か。
- 清算連鎖:自動デレバ(ADL)の発動条件と影響。
- 先物仕様:最終決済の方式(現金/現物)、取引停止ルール、ヘアカット。
- 相関崩壊:BTCイベントでETHやアルトのカーブが逆行する場合。
- 担保通貨リスク:ステーブルコインのステーブル性、担保割引率。
- 手数料・税務:実現・未実現の区分、損益通算、手数料控除の扱い。
12. よくある失敗と対処
(1)片側だけ約定:IOC/一括取消で速やかに揃える。(2)イベント直撃:経済指標・ETF受給・ハードフォーク時はポジションサイズ縮小。(3)ロール忘れ:最終取引日1週間前に自動リマインド。(4)建玉制限超過:限月ごとの上限を常に照合。
13. スプレッド監視の簡易スプレッドシート
S = 現物価格
F1,F2 = 期近/期先先物価格
t1,t2 = 残存日数
r1 = (F1/S)^(365/t1)-1
r2 = (F2/S)^(365/t2)-1
Δr = r2 - r1
Entry = IF(ABS(Δr)>=0.04, "Go", "Wait")
TP = IF(ABS(Δr)<=0.025, "Partial", "")
Exit = IF(ABS(Δr)<=0.015, "Close", "")
Size = MIN(可用担保×レバ/必要証拠金, 建玉上限)
14. 拡張:ETH/アルトでの応用
ETH はステーキング需給の影響で分布が左右されやすく、バックが出やすい局面があります。アルトは板が薄くスプレッドのボラが大きいため、サイズは小さく、決済ルールを厳格に適用します。
15. まとめ
先物カーブの形状は、方向性とは別の独立した収益源になります。数量設計・手数料最適化・イベント回避を徹底すれば、相場環境に依らず一貫した手法としてポートフォリオに組み込めます。まずは小ロットで、スプレッドの振る舞いに慣れるところから始めてください。
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