アルトコインはボラティリティ(価格変動)が大きく、上昇局面では強烈なパフォーマンスを出す一方、下降局面でのドローダウンも極端になりがちです。個別銘柄の“当てモード”では勝率が安定せず、精神的な負荷も大きい。本稿では、ボラティリティ均等(リスクパリティ)とモメンタム・フィルター、そして定期リバランスを組み合わせ、攻めと守りを両立させる現実的な運用フレームを提示します。難解な理論は最小限に抑え、実務でそのまま使える形に落とし込みます。
狙い:ドローダウンを抑えつつ、上昇相場は取りに行く
狙いはシンプルです。①市場が弱いときは露出を自動的に薄くし、②強い銘柄がはっきりしているときは資金を寄せる。これをルールで機械的に行い、裁量のムラを排除します。コアの考え方は次の3点。
- ボラティリティ均等:値動きの荒い銘柄には小さく、落ち着いた銘柄には大きく配分することで、ポートフォリオ全体のリスク寄与を均す。
- モメンタム・フィルター:一定期間のトレンドが上向きの銘柄だけを採用し、下向きの銘柄は採用を見送る。
- 定期リバランス:ルールに沿って月次/隔週など決めた頻度で配分を更新。利確・損切り・入替えを機械化する。
ユニバース選定:まず“触って良い銘柄”を絞る
対象銘柄(ユニバース)を間違えると、どんな配分ルールも機能しません。最低限の基準例は以下。
- 出来高・板厚:主要取引所での平均出来高が十分(例:USDT建てで日次500万ドル以上)。
- 上場年数・イベント:過去1年以上の価格・出来高データがある。直近のハードフォークや大規模アンロックなどイベント確認。
- 上場取引所の信頼性:清算制度、API安定性、メンテ告知の透明性。
- ステーブル建ての流動性:USDT/USDC建てで滑らないこと。JPY直結の入出金が必要ならその経路も確認。
初心者は、BTC・ETHに加えて時価総額上位(例:SOL、BNB、XRP、ADA、DOGEなど)へと拡張するのが実務的です。マイクロキャップはユニバースから外し、「まず生き残る」ことを優先します。
リスクの計測:90日ボラ(標準偏差またはATR)
ボラティリティは過去データから見積もります。実装は次の2通りが扱いやすいです。
- 日次リターンの標準偏差:直近90日の対数リターンの標準偏差σ。年率化はおおよそ
σ年率 ≒ σ日次 × √365
。 - ATR(Average True Range):高値・安値・終値を用いたレンジ系の指標。終値で割って比率ATRとし、90日平均で平滑化。
どちらでも構いませんが、初心者は計算が簡単な「標準偏差」を推奨。データは日足終値で十分です。
配分ルール:1/σ 正規化(上限・下限つき)
コアとなる配分は“値動きが荒いほど小さく、落ち着いているほど大きく”を数式化したものです。銘柄 i のボラを σi とすると、未正規化ウェイトは w'_i = 1 / σ_i
。全銘柄で正規化し、合計が1になるようにします。
実務では以下のキャップ&フロアを併用します。
- 上限(例:20%):1銘柄に寄りすぎない。
- 下限(例:5%):小さすぎて意味のないポジションを作らない。
- キャッシュ・ステーブル枠(例:最大30%):採用銘柄が減る局面では自動的に待機資金へ。
モメンタム・フィルター:弱い銘柄をそもそも採用しない
ボラティリティ均等だけだと、下落トレンドの銘柄にも“機械的に”資金を配ってしまう恐れがあります。これを避けるために、次のいずれかを満たした銘柄だけを採用します。
- 過去90日リターン > 0%
- 終値が90日SMA(単純移動平均)より上
条件を満たさない銘柄のウェイトはゼロにし、残りの採用銘柄で1に正規化します。どちらの指標もシンプルで、過剰最適化のリスクを抑えられます。
リバランス頻度:月次 or 隔週
過度なリバランスはスリッページとコストを増やします。初心者は月次から開始し、相場のボラが明らかに高い局面のみ隔週に短縮する運用が扱いやすいです。定時刻(例:UTC 00:00)でロジック実行→発注、という定型化が理想です。
具体例:7銘柄ユニバースでの配分シミュレーション(数値は例示)
ユニバース:BTC, ETH, SOL, BNB, XRP, ADA, DOGE。直近90日の日次ボラ(年率換算)を仮に以下とします。
銘柄 | 年率ボラ(例) | 1/σ |
---|---|---|
BTC | 55% | 1.818 |
ETH | 70% | 1.429 |
SOL | 120% | 0.833 |
BNB | 65% | 1.538 |
XRP | 95% | 1.053 |
ADA | 110% | 0.909 |
DOGE | 140% | 0.714 |
合計(1/σの総和)= 8.294。正規化後のウェイト(上限20%、下限5%、モメンタム条件を満たしたと仮定):
- BTC 22% → 上限で20%
- BNB 19% → 19%
- ETH 17% → 17%
- XRP 13% → 13%
- ADA 11% → 11%
- SOL 10% → 10%
- DOGE 9% → 9%
上限で削れた分は、他の銘柄へ按分するか、ステーブル待機枠(例:USDT)に回します。たとえばBTC上限で2%削れたなら、待機枠に2%を置く設計でも構いません。
エントリーと手仕舞い:板とコストをナメない
指値中心で分割(例:4〜6本)し、約定ごとに平均建単価を更新。薄い時間帯(週末早朝など)は避け、主要取引所の流動性が厚い時間にまとめます。スプレッド&価格インパクトを想定し、理論配分より0.2〜0.5%程度のゆとりを持たせると実務が安定します。
リスク管理:必ず“下げ相場で軽くなる”仕掛けを入れる
- 日次損失リミット:ポート全体の時価が前日比▲x%を超えたら新規を停止、必要に応じて待機枠へ退避。
- DD(最大ドローダウン)警報:直近高値から▲y%でアラート。モメンタム基準の閾値を一段厳しくする(例:90日→60日へ短縮)。
- 相関サージ検知:全銘柄が同方向・同時に動き始めたら、配分よりも総露出を落とす判断が重要。
ありがちな罠と対策
- 過剰最適化:バックテストで期間やパラメータを弄りすぎると、将来通用しにくい。90日ボラ+90日モメンタム+月次の素朴な組み合わせで十分戦えます。
- イベントリスク無視:大規模アンロック、提訴、チェーン停止などはデータに反映されにくい。ニュース・開発ロードマップを最低限確認。
- 取引所集中:一つの取引所に資産・API・自動執行を集中させない。障害や上場廃止に備え冗長化。
実務フロー(テンプレ)
- 毎月末にデータ取得(終値・出来高)。
- 各銘柄の90日ボラを算出。
w'_i = 1/σ_i
でウェイトを計算。 - モメンタム条件(90日リターン > 0 または 終値 > 90日SMA)で採用・不採用を決定。
- 上限20%、下限5%、待機枠上限30%を反映して最終ウェイトを確定。
- 分割発注で建て、執行後に配分逸脱をチェック。翌営業日に微調整。
- ニュース・イベントをスクリーニングし、異常時は待機枠を拡大。
税務・通貨の留意(概要)
国・地域ごとに課税や損益通算の扱い、決済通貨(例:USDT/JPY)の換算タイミングが異なります。実務では、約定履歴・入出金履歴の保存と日次の評価額スナップショットを習慣化してください。為替ヘッジ(USD/JPY)を使う場合は、ヘッジコストが期待超過リターンを侵食しないかを点検します。
自動化の方向性
スプレッドシートで十分始められます。関数でボラ・モメンタムを計算し、重みを出力。次段でAPIまたは手動で発注。慣れてきたらRPAで“定刻にCSV書き出し→発注”まで自動化し、ヒューマンエラーを減らします。
まとめ:シンプルにやる勇気
アルトコイン運用で重要なのは、生き残るための下振れ制御と、走っている銘柄に寄せるという二点です。リスクパリティ×モメンタム・フィルターは、派手さはありませんが、初心者でも再現しやすい強い土台になります。まずは“月次・7銘柄・90日”の素朴な組み合わせで良いので、ルールを守り抜くことから始めましょう。
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