本稿では、AMM(Automated Market Maker)における流動性提供(LP)を「集中型流動性(Uniswap v3)」と「先物・パーペチュアルによるデルタヘッジ」を組み合わせ、相場中立で手数料収益を狙う実務手順を解説します。単なる定義説明にとどめず、価格帯の設計・具体的なヘッジ比率・再均衡ルール・評価KPI・数値例まで落とし込みます。読了後には、損益構造と主要リスクを定量的に捉え、自分の資本・ボラティリティ環境に合わせた運用設計ができるようになります。
LPの損益ドライバー:手数料・価格変動・再均衡コスト
AMMのLP損益は概ね次の足し引きで表せます。
- 手数料収益:プールで成立したスワップの出来高に比例して、LPシェアに応じた手数料が配分されます。
- 価格変動による在庫変化:価格が動くと、保有資産比率が動的に変化します。結果として、HODLに対する相対損益(インパーマネントロス)が発生します。
- 再均衡コスト:狭い価格帯を維持するには、帯域外に出た時の調整(入れ直し)やガス代が必要になります。
要は、「手数料」という時間プレミアムを取りに行く一方で、価格の曲がり(ガンマ)に短くなる構造だと理解すると直感的です。帯域を狭くするほど手数料は増えやすい反面、価格逸脱時の在庫偏りや再投入コストが増えます。
集中型流動性(Uniswap v3)の要点
- 価格帯を指定して流動性を提供でき、指定帯域でのみスワップに参加します。
- 帯域を狭めるほど、同額資本でもオーダーブックの厚みを局所的に増やせるため、単位資本当たりの手数料取得期待値が上がります。
- JIT(Just-In-Time)流動性やアービトラージが存在し、約定の瞬間を狙う競合もいます。帯域設計と再均衡ルールの精度が問われます。
インパーマネントロス(IL)の直感と近似式
価格比 r = P_{new} / P_{old}
に対し、50/50フルレンジLPの相対損益(HODL比)は概ね次式で近似できます。
IL(r) ≈ 2 * sqrt(r) / (1 + r) - 1 (HODL比・負の値が損)
価格変化 r | IL(概算) | 解釈 |
---|---|---|
0.90 | 約 -0.53% | 10%下落でHODLより僅かに劣後 |
1.00 | 0.00% | 価格不変なら差は理論上ゼロ |
1.10 | 約 -0.48% | 10%上昇でもHODL比はわずかにマイナス |
狭帯域ではその区間内で在庫はほぼ50/50に近い動きをし、帯域外に出ると片側在庫に偏ります。価格が一方向に走る局面では、ILが積み上がる一方、帯域内での滞留時間が長いと手数料が蓄積しやすくなります。
戦略設計の骨子:狭帯域LP × デルタヘッジ
価格帯LPは、区間内で実効デルタが正味プラスになりやすく、価格上昇時に在庫が減ってUSDCが増える一方、下落時にETH在庫が増えます。パーペチュアルのショート(あるいは先物の売り)を重ねることで、デルタ中立(相場中立)に寄せ、手数料 − ヘッジコストの純額を狙う設計が可能です。
実務では次のフローで設計します。
- ペア選定:出来高/TVL(回転率)、手数料率(例:0.05%、0.3%、1%)、ガス代水準、チェーン特性を確認します。
- 帯域設計:想定ボラティリティ(ATRやヒストリカル)に対し、±1〜2日分の価格変動を目安にレンジを決めます。
- ヘッジ導入:LPで保有想定のETH相当分を、USD建てパーペチュアルでショートします(クロス担保/分離担保の選択、清算閾値を厳格設定)。
- 再均衡ルール:帯域離脱時の撤退・再投入、ヘッジ残高の再調整、許容ガス代の上限、撤退条件(例:想定年率がX%を下回る)を事前に定義します。
- KPI管理:手数料/TVL、出来高/TVL、帯域滞留時間、ヘッジコスト(資金調達率)、実効APRを継続モニタリングします。
具体例:ETH/USDC、狭帯域±2%+先物ショート
前提を次のように置きます(数値は学習用の仮定例です)。
- 資本:10,000 USDC
- 中心価格:3,000 USDC/ETH、帯域:2,920〜3,080(±2%)
- 初期在庫イメージ:ほぼ50/50 ⇒ ETH 約1.6667、USDC 約5,000
- ヘッジ:USD建てパーペチュアルでETHを1.6667枚ショート(デルタ中立目安)
- 想定出来高と手数料率からの期待手数料APR:年率20%(日次約0.055%)
- 資金調達率(ファンディング):年率 -8%(ショート側が支払い)
このとき、理論的なネット年率は 20% − 8% = 12% 程度が目安になります。実務では、出来高の変動・帯域外滞在・再投入回数・ガス代・滑り・JIT流動性の影響で上下します。重要なのは、「帯域滞留時間×出来高」を稼ぎ、ヘッジコストを抑え、再均衡コストが食い潰さないよう設計することです。
ヘッジ比率の考え方(簡易)
帯域中央では在庫が概ね50/50で、価格が上がるとETH在庫が減り、下がると増えます。よって中央起点では、LP時価総額の約半分をETH現物相当とみなし、その分を先物ショートすると、一次近似でデルタが中立に近づきます。帯域幅が狭いほど、この近似は中央近傍で有効です。帯域を外れたらショート枚数の見直しが必要です。
帯域設計の実務ルール
- ボラに比例:想定日中ボラ(ATR等)の1〜2倍を基準帯域に。イベント前後は広げます。
- 再投入閾値:価格が帯域外に出て±0.5〜1.0%超で撤退→新中心で再設定。
- ガス代上限:1回当たりのガス代が想定手数料のX%を超えるなら再投入を見送ります。
- 出来高/TVLの下限:回転率が低下したら帯域を広げる、あるいは撤退を検討します。
損益シナリオのイメージ(簡易)
1日の価格変化 | 帯域内滞在時間 | 想定手数料(日次) | ヘッジコスト(日次) | 概算純益 |
---|---|---|---|---|
±1%以内 | 80% | +0.044% | -0.022% | +0.022% |
+3%片方向 | 30% | +0.017% | -0.022% | -0.005% |
レンジ相場(往復) | 90% | +0.050% | -0.022% | +0.028% |
狭帯域はレンジ相場に強く、トレンド一方向に弱い傾向が明確です。トレンド入りを検出したら、帯域を広げる/撤退する、あるいはヘッジを厚くしてデルタを抑える等の対処が有効です。
JIT流動性・MEVとどう付き合うか
- 約定直前だけ入ってくる流動性(JIT)に手数料を奪われることがあります。最狭帯域かつ短時間の使い捨ては競合の土俵になりやすいです。
- 帯域をやや広げ、滞留時間を重視することで、スナイプ行動の影響を相対的に薄める選択肢があります。
- 価格飛び・サンドイッチ等の悪質MEVを避けるため、再投入トランザクションのタイミングや最大許容スリッページを保守的に設定します。
リスク管理チェックリスト
- 価格リスク:帯域外で在庫が片寄り、ILが拡大。撤退ルールの自動化が有効です。
- ヘッジリスク:資金調達率の急変・清算リスク。分離担保・余裕証拠金・複数所の分散を徹底します。
- コントラクト/ブリッジ:スマートコントラクトやブリッジ関連の不具合に注意。チェーン分散・資産分散で被害限定。
- 流動性低下:出来高/TVL低下で手数料期待が下がる。KPIで早期検出し撤退判断。
- オペレーション:ガス代・再投入頻度・人的ミス。作業手順を標準化しログ管理します。
日次オペレーションの型
- 前日KPIの確認(手数料/TVL、出来高/TVL、資金調達率、帯域滞留時間)。
- 今日の帯域幅を決定(想定ボラに比例)。必要なら前場は広め、イベント通過後に狭める。
- 現状価格に合わせてLPを再投入。ショート枚数をLP在庫見合いに更新。
- ガス代が高いときは調整を遅らせる。コストが期待手数料を上回る運用は避けます。
- 閾値を超えたら撤退・待機も選択肢。無理に帯域内に居続けないことが、長期の健全性に直結します。
発展:ステーブルコイン・プールと相場中立の考え方
USDC/USDTなどのステーブル同士のプールは理論上価格変動が小さく、ILが極小になりやすい一方、手数料率や出来高が低下しがちです。為替的なデペッグリスクに注意しつつ、ガス代・出来高・回転率を満たせるときは、低リスクでの手数料収益源になりえます。片側ボラの高いプールより、コストに対する収益の安定度が高い局面があります。
まとめ:手数料という「時間プレミアム」を取りにいく
狭帯域LPは、ショートガンマ・ロングシータのビジネスです。ボラが落ち着き、出来高が維持されるレンジ環境では、帯域滞留×出来高が利きます。先物ショートと組み合わせてデルタを抑え、手数料 − ヘッジ − 再均衡コストの純額がプラスで回る体制を作りましょう。ポイントは以下の3つです。
- 帯域は「想定ボラ×日数」で設計し、イベント前後で可変にする。
- LP在庫見合いで先物ショートを入れ、帯域外ではヘッジ枚数も含めて速やかに再評価。
- KPI(手数料/TVL、出来高/TVL、滞留時間、資金調達率、ガス代)で運用継続の可否を機械的に判断する。
この型を守る限り、相場の方向性予測に依存せず、市場中立での収益獲得を狙える設計になります。実弾投入は小規模から開始し、自分のオペレーション能力とボラ環境に合わせて段階的にサイズを上げていきましょう。
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