本稿では、無期限先物(パーペチュアル、以下「パーペ」)の資金調達率(Funding Rate、以下「ファンディング」)を安定的な収益源として活用する市場中立(マーケットニュートラル)戦略を、ゼロから実装できる水準まで体系的に解説します。裁定利回りに近い性質を持ちますが、完璧な無リスクではありません。価格変動のリスクを可能な限り打ち消しながら、ファンディングとベーシス(先物-現物の価格差)を収益化する設計・執行・運用の実務論に踏み込みます。
結論と全体像
パーペのファンディングは、先物価格が現物価格より高い(コンタンゴ)ときにロングがショートへ支払い、逆に安い(バックワーデーション)ときにショートがロングへ支払います。したがって、コンタンゴ局面では「現物(または期限先物)ロング+パーペショート」で、理論的には価格変動を中立化しつつファンディングを受け取れます。逆にバックワーデーションではポジションを反転させるか、見送ります。鍵は「ヘッジ比率=デルタ中立」「資本効率」「ファンディング反転時の退出規律」です。
ファンディングの仕組みと年率換算
多くの取引所ではファンディングは一定間隔(例:8時間ごとや1時間ごと)で清算されます。1区間のレートを f
とし、1日に m
回支払いがある場合、単純年率はおおむね APR ≈ f × m × 365
で近似できます。コンパウンド(複利)を厳密に取るなら APY ≈ (1 + f)^ (m × 365) - 1
ですが、f
が小さい通常域では近似で十分です。
例:8時間ごと(1日3回)に f = 0.01%
(=0.0001)が継続するなら、APR ≈ 0.0001 × 3 × 365 = 約10.95%
です。実務では変動するため、直近30~90日の平均・分位点(p25/p50/p75)を使って期待値とボラを見積もります。
戦略A:現物ロング+パーペショート(現物ヘッジ型)
目的:価格デルタを中立化しつつ、コンタンゴ期の正のファンディングを受領する。
構成:現物 +1
、パーペ -1
(同ノーション)を基本。
PnL分解:価格変動部分は概ね相殺。残差は(受取)ファンディング − 売買手数料 − 資金コスト(現物調達コスト等)。
ヘッジ比率:理論上は名目1:1ですが、取引所のマーク価格・インデックス構成差、スリッページ、現物/先物のティックサイズ差を考慮し、0.98~1.02
の範囲で微調整する運用も有効です。ボラティリティが急騰する時間帯(ファンディング直前、CPI発表、週末薄商い)では、ヘッジ差が想定損失に直結するため、許容ヘッジ誤差(bps)をルール化します。
キャッシュ管理:現物購入に資本を使うため、証拠金の過剰積み上げを避け、強制ロスカット・ADL(自動デレバレッジ)に耐える証拠金余力を確保しつつ余剰は別口で低リスク運用(例:短期米ドルMMF等)に回す設計が一般的です。
戦略B:期限先物ロング+パーペショート(ベーシス中立型)
現物の保管・送金が煩雑な場合、期先先物(例:四半期先)ロング+パーペショートで同様のデルタ中立を実現できます。この場合の収益源は主に2つです。(1)パーペからのファンディング受領、(2)期先先物のベーシス収縮(満期に現物へ収斂)です。
注意:パーペと期先のインデックスや約定ルール差による「微小な残差デルタ」が生じやすく、イベント時に拡大します。ベーシスが急拡大(コンタンゴ拡大)すると未実現損益が膨らみ、証拠金圧迫→強制クローズの危険があるため、証拠金設計を保守的に。
戦略C:取引所間裁定(クロスエクスチェンジ)
取引所Aでファンディングが高く、取引所Bで低い(あるいは負)場合、Aでパーペショート、Bでパーペロングを組んで「ネット受取」を狙う手法です。
前提:資金の多拠点配分、送金遅延リスク、出金制限、資金調達料(借入金利)を織り込みます。
実務Tips:(i)板の厚さ×成行滑りの合成コストを常時計算、(ii)約定後にヘッジ側の約定が遅れた「レッグ残り」を想定して最大乖離を定義、(iii)ファンディング反転の事前確率(OI, スワッププレミアム、先物期近/期先スプレッド)から期待値を更新します。
ファンディング反転とポジション制御
ファンディングは需給で容易に反転します。反転検知の基本指標は(1)パーペ価格とインデックスの乖離、(2)建玉(OI)増減、(3)短期の清算データ(大量清算の後は偏り解消)、(4)期先スプレッドの縮小/拡大、(5)ニュースイベントです。
ルール例:「直近8回平均が+0.004%未満、かつOI減少が連続3本で反転警戒。2回連続マイナスで全面リセット」など、数量化された退出規律を事前に決めておきます。
手数料・資金コスト・隠れコストの総点検
収益の源泉が数十bps~数百bps/年の世界では、コスト管理がすべてです。チェック項目は以下です。
- 取引手数料(テイカー/メイカー)と約定比率。メイカー比率を高めるために指値運用の自動化を行う。
- 資金調達料(USD/USDT/USDC借入)。取引所内のローン、外部レンディング、証拠金通貨の選択。
- 出金手数料・送金遅延・メンテ時間。資金回転速度に影響。
- ベーシス変動による含み損拡大と証拠金維持率の低下。
- インデックス構成差によるマーク価格のズレ(清算リスク)。
- 保険基金・ADLの設計差。極端な相場でのショート側リスクを把握。
数値例:1 BTCノーションの単純モデル
前提:BTC=50,000、名目1 BTC、パーペのファンディングが継続して +0.01%
/8h、手数料は往復0.02%、資金調達料は年2%。
- 初期構築:現物 +1 BTC(50,000)、パーペ -1 BTC。ノットのスプレッドコスト・手数料合計を
約0.05%
と仮定(=25)。 - ファンディング受領:1日当たり
0.01% × 3 = 0.03%
× 50,000 = 15。年換算でおよそ15 × 365 ≈ 5,475
。 - 資金コスト:現金50,000の機会コスト(年2%)=1,000。ネットの粗利期待は
5,475 - 1,000 - 初期コスト25 ≈ 4,450
。
注意:実際にはファンディングは変動し、時にマイナスへ反転します。過去分布(平均・標準偏差・下位分位)でストレスを入れ、例えば「p25の連続30日」で年間期待がプラスを保てるサイズに抑えるといった設計が重要です。
イベント耐性の設計(清算とADLを避ける)
急変時はパーペ価格がインデックスから乖離し、ヘッジが壊れやすい局面です。具体的には、(i)証拠金通貨と損益通貨が一致しているか、(ii)クロスマージンで片側の含み損を他資産で吸収できるか、(iii)清算価格の距離(%)が一定以上か、を数字で管理します。
実務ルール例:「清算価格は現値から常に-15%以上離す」「イベント日(FOMC、CPI、雇用統計)はレバ1倍以下」「週末・祝日前は残高×1.5倍の証拠金をキープ」。
監視ダッシュボード:見るべきKPI
- ファンディング:最新、1日平均、7日平均、30日平均、分位点、反転シグナル。
- OI(建玉):日足・4Hの増減。急増は片方向ポジ偏り、反転の種。
- ベーシス:パーペ−現物、期先−現物。乖離の絶対値と変化率。
- 流動性:トップオブブックの厚み、スリッページ曲線(1~100bps)。
- 清算フロー:直近の大量清算。保険基金残高の推移。
- 相関:主要アルトの資金の流れ。BTC/ETHの期先スプレッド。
システム化のヒント(数式・擬似コード)
年率換算(近似):APR = funding_rate_per_interval × intervals_per_day × 365
ヘッジ枚数:hedge_qty = spot_notional / perp_mark_price
期待値(簡易):E = funding_apr - borrow_rate - fee_rate - slippage_cost
// 擬似コード
if (rolling_avg_funding > threshold && liquidity_ok && margin_buffer_ok) {
open spot_long(size);
open perp_short(size);
while (position_open) {
adjust_hedge_if_drift();
if (funding_flip_detected || drawdown > limit || event_risk) { close_all(); }
}
}
よくある失敗と対策
- ヘッジずれ放置:1~2%の価格変動でデルタが残ると、日当たりのファンディングを一瞬で吹き飛ばします。自動再ヘッジの閾値をbpsで定義。
- 資金の片寄り:取引所間裁定で片側の証拠金が尽き、反対側が余る問題。定期的なバランス移動手順を自動化。
- 反転損切りの遅れ:明確なルール(連続2回マイナスでクローズ等)と、成行コストを加味した実効的な撤退基準を。
- 出金不能リスク:経営・規制・技術の要因で引き出せない事態。資金分散、保険基金の健全性チェック、セルフカストディの徹底。
アルトコインでの応用と注意
アルトはファンディングの変動幅が大きく、見かけの年率は高く出がちです。一方で流動性が薄く、清算やADLの連鎖が起きやすい点に注意。ノーションを小さく、イベント前に縮小、メイカー主体で参加するのが基本です。
実装手順チェックリスト
- 口座準備:KYC、二段階認証、API鍵を分権管理。
- 約定設計:メイカー優先、スリッページ上限をbpsで固定。
- 証拠金設計:清算価格の距離目標、イベント時の追加証拠金ルール。
- サイズ管理:1回の新規は総資産のX%、分割エントリー。
- 退出規律:ファンディング反転・出来高枯渇・OI急減のいずれかで縮小/撤退。
- ログと検証:日次でファンディング受領額、手数料、ベーシスP&Lを記録し、月次レビュー。
まとめ
パーペのファンディングは、適切なヘッジと厳密なコスト管理、反転時の機敏な撤退を前提に、安定的な収益源となりえます。重要なのは、「常に中立・常に低コスト・常に退出基準」の三点です。本稿の設計図とチェックリストを土台に、小さなノーションからテストを重ね、分散・自動化・標準化を進めてください。
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