三角アービトラージ完全ガイド:現物×為替×手数料を制す実装フローと落とし穴

アービトラージ

三角アービトラージ(Triangular Arbitrage)は、取引所内の複数通貨ペア、または異なる市場の価格関係のゆがみを利用して、通貨A→通貨B→通貨C→通貨Aと循環させて増加分を狙う戦略です。株やFXの裁定と同根ですが、暗号資産市場はペア数が多く、板厚や手数料体系の差から短時間でゆがみが生じやすいという特徴があります。本稿では、現物ペア中心に、為替(JPY・USD・USDT)やCEX/DEXを跨ぐケースまで含めて、初心者でも再現可能な手順・数量計算・実装の流れ・落とし穴を徹底的に整理します。

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1. 戦略の骨子:三角パスの設計思想

三角アービトラージの基本は、基軸通貨(例:USDT)を起点に、価格表記の基準が異なる2つ以上のペアを経由して同じ基軸に戻すことです。狙うのは「掛け合わせのずれ」。具体的には、USDT→BTC→ETH→USDTのようなパスを考え、USDT/BTC × BTC/ETH × ETH/USDTの連鎖価格が1を超える(または下回る)瞬間を捉えます。

重要なのは、理論値(無裁定条件)実行コスト(手数料・スリッページ・資金拘束・引当残高制約)を同じ土俵に載せて比較すること。理論値で+0.20%あっても、往復手数料合計が0.24%なら実質マイナスです。従って、「理論価値 − 総コスト − 予備スプレッド」が正のときのみ実行し、さらに最小利益閾値を設けて過剰トレードを抑えます。

2. 準備:口座・通貨・手数料の前提を整える

  1. 手数料水準の確定:取引所ごとにMaker/Takerが異なります。三角は基本的に「同時成行」か「半自動成行」になりやすく、Taker比率が上がりがち。VIPランクや手数料トークン割引を前提に実質コストを固定化してください。
  2. 板厚・最小数量:三角は3本の約定が必要。どれか1本でも薄いと滑って利益が消えます。対象ペアの最小発注数量、価格刻み、Lot制限を事前に確認。
  3. 資金配分:基軸通貨(例:USDT)を複数ペアで同時に使える残高として待機させます。証拠金(先物)や別通貨に偏らせると機会損失が発生。
  4. API接続:価格取得はWebSocket、発注はREST(またはFIX相当)で十分。最初はダッシュボード手動→半自動→完全自動の順に段階化。

3. 三角パス発見の基本式

三角パスは、以下のように表現すると判定が明確になります。

利得率 R = (USDT/BTC) × (BTC/ETH) × (ETH/USDT) − 1
判定基準: R − (手数料合計) − (安全マージン) > 0

ここで、各ペアの板で実際にぶつける数量に対する加重平均約定価格(VWAP)で計算するのが重要です。最良気配だけ見ると、実際には滑ってマイナスになります。安全マージンは通常0.05%〜0.15%程度から開始し、環境に応じて動的に調整します。

4. 数量計算:基軸からの連鎖で矛盾を起こさない

起点通貨をUSDT、最初の取引がUSDT→BTCとします。このとき、USDT額をQ0、約定価格をP1、手数料率をf1とすると、受け取りBTCは概ねQ1 = (Q0 / P1) × (1 − f1)。続くBTC→ETHQ2 = (Q1 × P2) × (1 − f2)(価格表記がETH/BTCBTC/ETHかで掛け算/割り算が反転するので注意)。最後にETH→USDTQ3 = (Q2 × P3) × (1 − f3)Q3 − Q0 > 0かつ閾値超で実行確定です。

初心者が躓くのは、価格表記方向の取り違え数量の丸め規則(最小Tick/Step)。API仕様にあわせて、数量は常に取引所の規則で丸めたうえで理論計算に差し戻してください。

5. 実行順序:同時 or 連鎖、どちらを選ぶか

理想は同時約定(Atomic)ですが、一般的なCEXでは完全同時は困難です。現実的には、第一脚の流動性が最厚で逆行しづらいペアから入るのがセオリー。例:USDT/BTCが厚くETH/USDTが厚いなら、「USDT→BTC→ETH→USDT」。逆行リスクを抑えるため、2脚目・3脚目は成行、1脚目のみ指値(ただし取り逃しに注意)などの妥協も有効です。

DEXを絡める場合は、ルータ(例:複数AMMの最良ルート探索)を用いて実質同時に近づけますが、ガスコスト・MEVリスクが上がる点に注意。小額から始め、想定ガス×安全マージンを必ずコストに織り込んでください。

6. 実用的な「勝ちやすい」パターン

  1. 基軸通貨のボラが急拡大:BTC主導で急騰・急落時、アルト連動が遅れると価格の掛け合わせが歪みやすい。
  2. 上場直後のアルト:板整備が不十分で、USDT建て・BTC建て・ETH建ての相対関係にズレが出る。
  3. 取引所間の手数料体系差:同じパスでも実質コストが違うため、ある取引所だけ有利になる。「VIP達成+手数料トークン割引」環境は強い。
  4. 資金通貨の乖離:USDT/USDC/FDUSDなどの微小乖離、JPY・USDの為替レート変動が混ざると、CEX内三角+為替で四角化して優位が出やすい。

7. 具体例(数値シミュレーション)

仮に、取引所Xで以下のVWAPが出ているとします(全て手数料込みでTaker 0.06%ずつを想定)。

1) USDT→BTC: 1 BTC = 60,000 USDT で 10,000 USDTぶつける → 受取 0.16655 BTC
2) BTC→ETH: 1 BTC = 14 ETH で 0.16655 BTC → 受取 2.326 ETH
3) ETH→USDT: 1 ETH = 4,150 USDT で 2.326 ETH → 受取 9,662 USDT
純利益: 9,662 − 10,000 = −338 USDT (コスト負け)

この例はマイナス。では、ETH→USDTが4,210まで上がる瞬間に約定できた場合:

3) ETH→USDT: 1 ETH = 4,210 USDT → 受取 9,789 USDT
純利益: −211 USDT (まだ負け)

さらに、BTC→ETHでルータが14.2 ETHを提示、ETH→USDTが4,230に改善できた場合:

2) BTC→ETH: 0.16655 × 14.2 = 2.366 ETH
3) 2.366 × 4,230 = 10,008 USDT
純利益: +8 USDT (わずかに勝ち)

ポイントは、三脚すべての実効価格を微修正するだけで収支が激変すること。だからこそ、板の深さ・瞬間流動性・実効手数料の管理が最重要です。

8. リスク管理:ここを外すと即赤字

  1. 手数料の過小評価:三脚合算で0.18%〜0.30%程度は珍しくない。最小利益閾値を0.35%などに設定して無駄打ちを防止。
  2. スリッページ:成行連鎖は滑ります。最小サイズから始め、板厚が倍増する時間帯を狙う運用が無難。
  3. 約定失敗・片張り:2脚目・3脚目が約定しないと含み損ポジションが残る。リカバリールール(ヘッジや巻き戻し)を事前に決める。
  4. ガス・MEV(DEX):オンチェーンは競争が激しく、サンドイッチ等で不利約定になりやすい。最大許容ガスと最小利益閾値を動的制御。
  5. 資金拘束:KYCや出金制限、証拠金拘束で回転率が落ちる。回転率=年間利益なので、拘束の少ない口座・通貨に寄せる。

9. 手動→半自動→自動の移行ロードマップ

Phase 1(手動):専用シートで三角パスの価格関係を更新し、R値が閾値超のときだけ最小数量でテスト。
Phase 2(半自動):WebSocketで板を常時購読、VWAPをリアルタイム算出。アラートで人間がトリガー。
Phase 3(自動):発注キューを組み、「第一脚→第二脚→第三脚」のリトライ・キャンセル・ヘッジを自動化。異常時は即時停止。

実運用では、勝てる時間帯・通貨ペアの組み合わせに偏りがあります。ログから「どの時間・どのボラ環境でR>閾値が長く持続するか」を抽出し、スケジュール運用に落とし込むと安定します。

10. 収益設計:期待値の作り方

期待値は単発の勝率よりも、1日のチャンス回数 × 1回当たりの期待収益 × 資金回転率で決まります。具体的には、

日次期待収益 ≈ N(有効シグナル数) × E(平均純益) × k(回転率)

Nを増やすために対象ペアを闇雲に増やすと、薄い板に当たって滑ります。まずは板が厚く手数料の安い取引所で、3〜5通貨ペアの厳選パスに絞り、Eを磨くことが先決。安定してから拡張しましょう。

11. 最初の一歩:小額で実地演習

  1. 取引所を1つ選び、USDT・BTC・ETHの3通貨でパス候補を2つだけ決める。
  2. 板データから各脚のVWAPを計算する簡易スプレッドシートを作り、R値と閾値判定をリアルタイム更新。
  3. 最小数量で10回テスト。10回とも「想定と実績の差分(滑り・手数料誤差)」をログ化。
  4. 差分が小さくコントロールできれば、ロットを1.2倍ずつ段階的に増やす。

このプロセスを踏むだけで、「感覚に頼る裁定」→「再現性のある裁定」へ進化できます。

12. 失敗例と回避策

失敗例A:「最良気配だけで判定 → 実行すると滑って赤字」。
回避:必ず板の深さでVWAPを使う。サイズを分割し、約定ごとに再判定する。

失敗例B:「手数料トークンを切らして実効コスト上昇 → 儲けが蒸発」。
回避:残高モニタリングを自動化し、閾値を割ったらトレード停止。

失敗例C:「2脚目で板が消える → 片張りで損」。
回避:ヘッジ先(先物ショート/ロング)を即時に当てられるよう、証拠金口座と基軸残高を常備。

13. 拡張:CEX×DEX×為替の四角裁定

慣れてくると、CEXの三角にDEX(AMM)と法定通貨の為替を絡め、四角形の裁定が可能になります。例:CEXのUSDT/ETHとDEXのETH/USDC、外部為替のUSDC/JPY。勝てるときは大きく勝てますが、ガス・MEV・ブリッジ時間で逆行しやすいため、最初は観測と記録に徹して勝ちやすい時間帯を特定してください。

14. まとめ:三脚の品質がすべて

三角アービトラージは「理論は単純、実務は職人芸」。しかし、理論値の算出を正しく、実行コストを厳密に管理すれば、初心者でも小額から再現可能です。勝ちやすい時間・ペアに集中し、サイズは段階的に。ログにすべての判断根拠を残すことで、再現性ある裁定運用へと育っていきます。

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