本稿ではファンディングレート(資金調達率)を中心に、暗号資産パーペチュアル(無期限先物)から安定的な収益を引き出すためのデルタ中立キャリーと、実務での構築・運用・リスク管理までを具体的に解説します。相場観に賭けるのではなく、仕組みが生むキャッシュフローを積み上げる考え方です。
1. ファンディングレートとは何か
パーペチュアルは満期が無い代わりに、先物価格と現物指数(インデックス)を近づける仕組みとして、一定間隔(例:8時間ごとなど)でロング⇄ショート間の支払いが発生します。価格が指数より高ければロングがショートへ支払い(正のファンディング)、低ければショートがロングへ支払います(負のファンディング)。
支払額の概念式は次の通りです。
Funding Payment = Notional × Funding Rate × Interval Factor
例えば建玉名目10万USDT、資金調達率 +0.01%/回、8時間間隔なら、1回の支払いは10,0000 × 0.0001 = 10 USDTです。1日3回なら単純計算で1日30 USDT(手数料・スリッページ・金利は別途考慮)。
重要なのは、レートは変動し、上限・下限が設定される取引所もあること、またマーク価格と指数価格の差(プレミアム/ディスカウント)がレート形成に影響することです。
2. なぜ収益源になり得るのか
強い上昇トレンドでは買い需要が先物に集中しやすく、正のファンディングが継続しやすい傾向があります。逆に恐怖相場では先物売りが膨らみ、負のファンディングが出やすくなります。「現物側と先物側で反対ポジションを組み、価格変動リスク(デルタ)を相殺しつつ、資金調達の純受け取りを狙う」のがクラシックな手法です。
たとえば正のファンディングが見込まれるときは、現物ロング+先物ショート(USDT建てパーペチュアル)で受け取りを狙います。負のファンディングが見込まれるときは、現物ショート(または借株/借コイン)+先物ロングで受け取りを狙います。
3. 戦略の全体像(ワークフロー)
① 通貨ペア選定:BTC/USDT・ETH/USDTなど流動性の厚い銘柄が基本。板が薄いとヘッジ滑りがコストを侵食します。
② 口座と証拠金の設計:スポット口座とデリバティブ口座の資金配分、USDT建てかコイン建てか、または片側を他取引所に分散するかを決めます。
③ デルタ中立の作り方:名目(Notional)を合わせるのが原則。例:現物1 BTCに対し、先物ショートも名目1 BTC。USDT建とコイン建で価値単位が違う場合はUSDT換算で揃えます。
④ 約定とタイミング:資金調達時刻直前は滑りやスプレッド拡大が起きやすいので、余裕を持って建てる・小分けで建てる・VWAP的に分散するなどでコストを均すと安定します。
⑤ 運用とロール:レートは毎回変わるため、受け取りが薄い時期は建玉縮小、厚い時期は拡大などダイナミックに調整。イベント前は縮小してギャップリスクを抑制します。
⑥ クローズと精算:ヘッジを外す順序は原則「先にボラ側(先物)を落とし、後からスポットを落とす」。逆順でも良いですが、滑りと価格飛びを最小化するのが鍵です。
4. 具体例:名目10万USDTで運用する
前提:BTC/USDT、名目10万USDT、平均資金調達率 +0.01%/回、1日3回、取引・出金手数料合計で1日あたり名目の0.005%見込み、スポット調達コスト(借入金利)年率5%換算。
単純化した1日期待受け取りは 10万 × 0.0001 × 3 = 30 USDT。費用として、1日手数料コストは 10万 × 0.00005 = 5 USDT。借入金利は年5% ≒ 日率約0.0137%とすると 10万 × 0.000137 ≒ 13.7 USDT。粗利は 30 – 5 – 13.7 ≒ 11.3 USDT/日となります(価格変動ヘッジが完璧、スリッページ省略の仮定)。
実務では、更にスリッページ、資金調達の反転、約定遅延、資金拘束(証拠金)の機会費用を織り込みます。収益の安定性はコストの抑制とレートの選別に大きく依存します。
5. USDT建てとコイン建ての違い
USDT建て先物:損益も資金調達も基本USDTで確定しやすく、キャッシュフロー管理が楽です。コイン建て先物:資金調達や損益が原資産で計上されるため、価格上昇局面でショートの資金調達支払いが「原資産建て」で増えるなど、簿記が複雑になりやすい。安定収益狙いなら原則USDT建てが扱いやすいです。
6. リスク管理(落とし穴と対処)
① レート反転リスク:トレンドが反転すると、直前までの受け取りが一転して支払い側になることがあります。レートの平準化(過去一定期間の平均)やイベント前の縮小でバッファを作る。
② 借入金利の上昇:現物のショートに借入が必要な場合、金利上昇がネット利回りを圧迫します。「受け取りファンディング ≧ 借入金利+手数料+滑り」を常に計算して張り過ぎを避ける。
③ 清算・ADL:先物側に過度のレバレッジを掛けると、価格ショック時に清算・ADLに巻き込まれ得ます。原則レバレッジは低倍率(1〜3倍)で、証拠金余力を厚めに。
④ マーク価格と指数の仕様:一部取引所ではマーク価格が独自アルゴリズム。ヒゲでストップに掛かる例も。マークの計算式と保護バンドは必ず確認。
⑤ 取引所リスク:停止・出金遅延・ステーブルコインの一時的デペグなど、キャッシュフロー回収不能のシナリオは常に考える。取引所・通貨・チェーンの分散は有効。
⑥ 税務・会計:地域や商品の違いで取り扱いが異なります。損益の記録は取引毎に残し、後から集計できるように設計しておくとトラブルを回避しやすいです。
7. 実装の作法(執行・サイズ・資金繰り)
執行:板の厚い時間帯に分割、成行/指値を使い分け、ヘッジのズレをミニマムに。ファンディング直前の薄い板は避けます。
サイズ:一回で満額にせず、レートの厚みとボラに応じて段階的に増減。イベント日は縮小かノーポジ。
資金繰り:USDT/現物/証拠金の三層を可視化して、(受け取り−支払い)が常に正になるようキャッシュの滞留を抑えます。
8. データに基づく絞り込み
次のようなシンプルなフィルタから始めると実装が容易です。
・直近N日平均の資金調達率が一定閾値を超える銘柄のみ採用。
       ・調達率のボラティリティが大きい銘柄はサイズを抑制。
       ・出来高と建玉(OI)が十分な銘柄を優先。
最初は1〜2銘柄の小規模で始め、ログを取り、勝てるパターンにのみ資源を集中させます。
9. Pine Script(視覚化サンプル)
TradingViewで資金調達のタイミングを可視化する簡易例です。実際のレートは各取引所のデータを用意してください。
//@version=5
indicator("Funding Windows", overlay=true)
fundingHours = input.string("0,8,16", "Funding Hours (UTC comma-separated)")
hours = str.split(fundingHours, ",")
isFunding = false
for i = 0 to array.size(hours)-1
    isFunding := isFunding or (hour(time("UTC")) == str.tonumber(array.get(hours, i)) and minute == 0)
plotshape(isFunding, style=shape.triangleup, size=size.tiny, title="Funding", text="F", location=location.belowbar)
10. MQL4(アラート用の最小骨子)
MT4上で資金調達時刻の手前にアラートを鳴らすだけの最小EA例(売買は実装しません)。時刻はUTCベースで定義し、通知や外部連携(Webhook等)は自身の環境に合わせて拡張してください。
#property strict
input string FundingHoursUTC = "0,8,16"; // カンマ区切り
datetime lastAlert = 0;
int OnInit() { return(INIT_SUCCEEDED); }
void OnTick() {
   datetime nowUTC = TimeCurrent() - (int)TimeLocal() + (int)TimeGMT();
   int h = TimeHour(nowUTC), m = TimeMinute(nowUTC);
   string hours[]; int cnt = StringSplit(FundingHoursUTC, ',', hours);
   bool isFunding = false;
   for(int i=0;i<cnt;i++) if(StrToInteger(hours[i])==h && m==0) isFunding = true;
   if(isFunding && nowUTC != lastAlert) {
      Alert("Funding window: ", TimeToString(nowUTC, TIME_DATE|TIME_MINUTES));
      lastAlert = nowUTC;
   }
}
11. 取引所間の差(推奨チェック項目)
・資金調達の計算式(上限下限、プレミアム指数の取り方)
       ・清算/ADLロジック(ポジション保護バンド)
       ・指数構成銘柄とバックアップルール(データ欠損時の扱い)
       ・USDT建て/コイン建ての提供有無、証拠金資産の種類
       ・手数料テーブル、VIP階層、メイカー/テイカー差
12. 運用のチェックリスト
① ポジション名目とデルタの整合を毎回ログ化。
       ② 受け取り見込み −(借入金利+手数料+滑り)> 0 を確認。
       ③ イベントカレンダー(経済指標・大型上場・ハードフォーク等)前はサイズを落とす。
       ④ 週次で成績レビュー。勝てるパターンに集中し、負けるパターンは停止。
       ⑤ 出金テストを定期的に実施し、口座集中リスクを抑える。
13. よくある質問
Q. 完全にノーリスクか?
A. いいえ。価格ギャップ、借入金利の変動、板薄、清算・ADL、取引所停止、ステーブルデペグ等のリスクがあります。サイズ管理と分散で生存確率を高めます。
Q. どの銘柄が良い?
A. 流動性の厚いBTC/ETHが無難です。アルトはレートが魅力でもリスクが跳ねやすいのでサイズを抑えます。
Q. 何時間前に建てると良い?
A. 明確な正解はありませんが、直前は荒れやすいので分割エントリーで平均化するのが定石です。
14. まとめ
ファンディングレートは相場観不要でキャッシュフローを積み上げる手段になり得ます。ただし、コスト管理・サイズ管理・分散・仕様理解が生命線です。まずは小さく、ログを取り、勝ち筋のみを拡張してください。
  
  
  
  

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