本稿では、お削り(マイクロアービトラージ)という超ミクロな価格差・手数料優位を積み上げて利ざやを獲得する戦略を、株・FX・暗号資産取引所(CEX/DEX)に一般化して解説します。価格急騰を当てにしないためボラティリティ耐性が高く、ドローダウンを抑えながら日次で収益を積み上げやすいのが特長です。小口でも再現できる一方で、約定管理やルール精度が甘いと逆に“削られる”側に回るため、定量化とオペレーションの徹底が肝になります。
- 1. お削りとは何か:収益ドライバーの分解
- 2. 口座と手数料テーブルの最適化
- 3. スプレッドと板厚の定量評価:最小ロットの選定
- 4. 期待値の式:1トレードのEVを見える化
- 5. 約定アルゴの基本設計(擬似コード付き)
- 6. 具体例:BTC-PERPの最小スプレッド刈り取り
- 7. リスク管理:テイカー化・逆行・在庫偏り
- 8. 資金効率:回転率×約定効率×EVの三掛け算
- 9. 監視ダッシュボード:最低限の可視化KPI
- 10. DEXに拡張する:ガス・MEV・価格オラクル
- 11. ミスを高確率で防ぐ運用ルール
- 12. 収益の現実値:どのくらい“削れる”のか
- 13. よくある失敗とチェックリスト
- 14. スタート手順:今日からの30日プラン
- 15. まとめ
1. お削りとは何か:収益ドライバーの分解
お削りの源泉は大きく三つに分解できます。(1)メイカー手数料リベート、(2)最小スプレッドの刈り取り、(3)価格帯ごとの板厚差による優位です。メイカー手数料がマイナス(リベート)であれば、理論上はブレークイーブンの価格差でも収益化が可能です。さらにスプレッドが最小化する瞬間に最内気配へ指値を置くことで、約定のたびに小さな期待値を積み上げます。板厚が偏る局面では、同じ最内でも不利側の厚みが薄い価格帯を避けるなど、“どのティックに置くか”で優位が変わります。
2. 口座と手数料テーブルの最適化
初期の勝率は口座設計で7割決まります。現物・先物・パーペチュアルの別、メイカー/テイカーの料率、VIP階層条件(30日出来高/残高/保有トークン等)、リベート有無、ポイント還元(例:支払い通貨指定での割引)を表にし、“メイカーの実効コストが最も低い口座組み合わせ”から運用を開始します。国内ブローカーでも、手数料無料の代わりにスプレッドが厚いケースがあるため、手数料+スプレッド=総取引コストで評価します。
3. スプレッドと板厚の定量評価:最小ロットの選定
ティックデータ(BestBid/BestAsk、数量、更新時刻)を1秒足〜100ms足に集計し、以下の3系列を作ります。(A)スプレッド(Ask−Bid)、(B)最内の板厚(BidSize/AskSize)、(C)更新頻度(QuoteUpdate/s)。この3つの同時分布から、“スプレッドが○ティック、板厚が△ロット以上、更新が高速/低速”の条件別に約定期待値を算出します。最小ロットは、自分の発注が板厚の5%以内に収まる水準から始め、約定効率とスリッページを見ながら微調整します。
4. 期待値の式:1トレードのEVを見える化
単発トレードの期待値(EV)は次式で近似できます。
EV ≒ メイカーリベート − テイカー化の確率×テイカーコスト + 取得スプレッド×約定確率 − スリッページ期待値 − ファンディング/金利コスト
重要なのは、“テイカー化の確率をいかに抑えるか”です。相場が速いと指値が置き去りになり、逆行でテイカー食いされる確率が上がります。更新頻度が急上昇したら直ちに指値を撤収する(Quote Surge Cancel)等、守りのアルゴが期待値を底上げします。
5. 約定アルゴの基本設計(擬似コード付き)
お削りは損小利小の世界です。“置く・どく・寄せる”の三動作を機械的に回すだけで成績が激変します。以下は擬似コードの一例です。
if spread <= min_spread and best_bid_size >= size_th and best_ask_size >= size_th:
place_limit(order_side=maker_side, price=best_price, size=lot)
if quote_update_per_sec >= burst_th or abs(midprice_change) >= speed_th:
cancel_all() # Quote Surge Cancel
if position_exposure >= exposure_max or pnl_drawdown >= dd_stop:
flatten_all() # リスク集中の回避
重要なのはキャンセルの機敏さとエクスポージャの抑制です。勝ちパターンは“薄利多数・損失極小”。負けパターンは“テイカー化の連鎖でコストが跳ねる”です。
6. 具体例:BTC-PERPの最小スプレッド刈り取り
想定:メイカー手数料 −0.01%、テイカー 0.05%、ティックサイズ 0.5、最小スプレッド 0.5。最内で抜けると、スプレッド0.5の片側約定でおよそ“スプレッド×0.5ロット”の粗利です。両面(同時にBid/Askを置く)でヒットしてフラット化できれば、メイカーリベート×2 + スプレッド収益が乗ります。相場が走って一方だけ約定したら、即時で反対側をテイカー成行で閉じるのではなく、微小逆指値+時間制限で待機し、“戻りでメイカー決済”のオプションを残すとEVが改善します。
7. リスク管理:テイカー化・逆行・在庫偏り
お削りの損失要因は、(a)テイカー化、(b)逆行での在庫偏り、(c)板の見掛け倒し(キャンセル連打)です。対策は次の通りです。
- テイカー化:更新頻度バースト時の全キャンセル、置きっぱなし時間の上限(ミリ秒単位)、約定通知遅延の監視。
- 逆行:価格速度のしきい値で置く側を限定、在庫が溜まったら微利でも即フラット。
- 見掛け倒し板:同一価格のキャンセル/再提示の回数をカウントし、スプーフィーな価格帯を回避。
8. 資金効率:回転率×約定効率×EVの三掛け算
日次の期待収益は、回転率(1日のトレード回数)× 約定効率(ヒット率)× 1トレードEVの積です。資金を寝かせないために、余力は常に“未約定の同時提示数×ロット×価格”に収まるよう管理します。レバレッジ口座を使う場合でも、過度な倍率は不要です。むしろ約定速度に資金管理を合わせることで、ムダな証拠金拘束を避け、ROIを高めます。
9. 監視ダッシュボード:最低限の可視化KPI
実装初期は、(1)スプレッド分布ヒストグラム、(2)最内板厚の時系列、(3)メイカー/テイカー比率、(4)平均保持時間、(5)キャンセル/提示比、(6)EVのロール集計を可視化します。“テイカー比が20%を超えたら停止”など簡潔なルールに落とし、モニタ担当の負荷を下げます。
10. DEXに拡張する:ガス・MEV・価格オラクル
AMM型DEXでのお削りは、ガス費とMEVリスクがテイカー化以上のボトルネックになります。対策は、(a)ガス安時間帯のバッチ運用、(b)MEV保護RPCの利用、(c)“範囲型流動性(例:集中流動性AMM)への薄く広い供給”でLP手数料をメイカー相当のリベートとして取り込む設計です。なお、オラクル乖離時の裁定はスピード勝負となるため、本稿の“低ボラ積み上げ”とは分けて考えます。
11. ミスを高確率で防ぐ運用ルール
- 一度に触るパラメータは1つだけ。効果検証できない複合変更はしない。
- ログは約定/キャンセル/撤収/速度/板厚を統一フォーマットで。毎日同じ指標をレビュー。
- 新規市場を触るときはロット1/5・時間1/3から開始。3日連続で正のEVを確認後に増額。
- 異常系(急変動・板蒸発・API遅延)は共通の非常停止フラグで全戦略停止。
12. 収益の現実値:どのくらい“削れる”のか
相場にもよりますが、メイカーリベートが0.01%前後、最小スプレッドが1ティック、約定効率が1〜3%でも、回転率が高い市場であれば日次で数十bpの累積は十分に現実的です。月次では手数料体系の見直し(VIP階層アップ、取引通貨変更)や、時間帯シフト(流動性の谷を狙う/避ける)で、さらにEVが改善します。逆に、“テイカー比の上昇”は一気に期待値をマイナスへ引き下げるため、ここだけは妥協しないでください。
13. よくある失敗とチェックリスト
- メイカー優遇のはずが、約定遅延でテイカー化→実効コストが逆転。
- 板厚の薄い片側に突っ込んで在庫偏り→戻りが来ず損切り連発。
- キャンセルのしきい値が緩く、置きっぱなしで踏まれる。
- モニタ不足で、市場構造(スプレッド分布)が日中に変わってもアルゴが追従しない。
次の3点を毎日確認します。(1)テイカー比≦20%、(2)置きっぱなし時間P95≦500ms、(3)EVが直近5営業日で連続正。
14. スタート手順:今日からの30日プラン
- 口座の手数料テーブルとVIP条件を棚卸しし、最有利の組み合わせを選定。
- 監視用にスプレッド/板厚/更新頻度の3系列を収集し、日次で分布を可視化。
- ミニロット(板厚の5%以内)で、最小スプレッドのみをターゲットに指値練習。
- テイカー化バースト検知と全キャンセルの自動化。
- 日次レビューでEVが正の時間帯を抽出し、稼働時間を集中。
15. まとめ
お削りは“努力がそのまま勝率に反映される”地味な戦略です。派手な値幅は取れませんが、手数料・スプレッド・板厚という市場の基本構造に根ざすため、環境変化にも強いのが強みです。正しい口座設計と、機械的な撤収ルール、そして日々の計測改善を積み上げれば、低ボラで安定したキャッシュフローを作ることができます。
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