1. なぜ今もエアドロは機能するのか
プロジェクトにとって、ユーザー獲得コスト(CAC)とトークノミクス設計は死活問題です。初期ユーザーにトークンを配布することは、広告よりも合理的な場合が多く、利用実績に応じた配布は自然な選別装置になります。したがって「使ってくれた人へ報いる」設計は今後も続きます。ここに、投機ではない作業としてのリターンが生まれます。
2. 投機ではなくEV思考——数式と意思決定
各案件の意思決定は次式で行います。
EV = Σ_i [ P_i × A_i × S_i ] − (G + T + O)
P_i: 配布対象に選ばれる確率、A_i: 個人の配布係数(取引量・滞在日数等の加点)、S_i: 想定トークン価格または流動化価値、G: ガス・ブリッジ等の手数料総額、T: 作業時間×あなたの時給、O: 機会コスト(他戦略との比較)
重要なのは、事前にEVがプラスかを判定し、同一工数でEVが高い案件から優先することです。数字が出ない案件は、参加動機が「みんなやっている」だけになりがちで、期待値が毀損します。
例:3案件の比較(概算)
案件 | P_i | A_i(相対) | S_i(円) | G(円) | T(円) | 想定EV(円) |
---|---|---|---|---|---|---|
案件X(L2) | 0.35 | 1.2 | 80,000 | 2,000 | 3,000 | 0.35×1.2×80,000−5,000=28,000 |
案件Y(DEX) | 0.25 | 1.5 | 120,000 | 4,000 | 4,000 | 0.25×1.5×120,000−8,000=37,000 |
案件Z(ブリッジ) | 0.15 | 1.1 | 150,000 | 3,000 | 2,000 | 0.15×1.1×150,000−5,000=19,750 |
この例ではYが最優先。時間当たりのEV(EV/工数)でも順位を確認し、バックログを常にEV順に並べ替えます。
3. シビル対策を前提としたウォレット設計
複数アカウントの乱用(シビル)は多くの配布ポリシーで明確に排除対象です。「1人1口」の原則に沿うことを前提に、人間らしい一貫した活動履歴を積み上げます。
設計の要点
- メインウォレット…1つに集約。ネイティブ資産、ENS/NFT等の“生活感”を持たせ、長期稼働。
- ネットワーク分散…主要L2やアプリチェーンで「定期的に」「金額を変えて」行動。曜日・時間帯も散らす。
- 資金フローの自然さ…入出金やブリッジの経路を毎回変え、同額・同時刻・同ルートを避ける。
- 識別子の整合…メール、SNS、KYC済み取引所など合法的な識別情報を一貫運用。
NGは、大量の新規作成→同額ブリッジ→機械的タスク→同時停止、のテンプレ行動です。“人間の生活リズム”をデータに落とし込みます。
4. タスク設計:配布ロジックに効く行動を選ぶ
配布設計は多様ですが、概ね「早期参加・継続利用・多様性・ガバナンス関与」の加点が一般的です。よって以下のような行動を週次メニューに落とします。
代表的タスクと狙い
- ブリッジ:異なるルート・金額・時間帯で繰り返し、チェーン横断の活動を示す。
- スワップ:小口で回数を重ねる。価格影響を避け、時刻をずらす。
- LP提供:短期でも構わないが、一度入れてすぐ抜くは避ける。滞在日数が効く場合がある。
- ステーキング/ロック:プロトコルへのコミットメントを示しやすい。
- ガバ投票/フォーラム投稿:オンチェーン外の貢献も加点対象になりやすい。
- NFTミント/クエスト:履歴の多様性を演出。無料や少額を活用。
「短期に大金を動かす」よりも、「少額を長期で積む」方が、データ上は自然です。
5. ガス最適化:費用は“確実なマイナス”
EVの分母を削る最も簡単な手段は、ガスとブリッジ費用の最適化です。
- L2優先:メインは安価なL2で行動。必要時のみL1。
- 送金のバッチ化:同日タスクをまとめて送る。反対に、配布ロジック上の分散が必要なときは敢えて別日。
- 混雑回避:UTC/週末・深夜帯など手数料ボトムを把握。
- Paymaster/ガス代トークン:対応アプリで活用し、ネイティブ残高の枯渇を防ぐ。
6. マルチチェーン戦略とブリッジリスク
ブリッジには大別して「メッセージ型(公式)」と「流動性型(サードパーティ)」があります。前者は到着まで時間がかかるがプロトコル整合性が高く、後者は速いが追加の信頼仮定が必要です。大金は公式ルート、小口は流動性ルートなど、用途で使い分けます。障害時のリカバリ手順(ステータス確認、再送、サポート連絡)も、事前に手元メモへ。
7. セキュリティと権限管理
権限(token allowance)は必ず定期棚卸し。不要な承認を取り消し、フィッシングやドレイナーの侵入面を塞ぎます。署名内容(permit等)を読み、空欄フィールドがないかチェック。ブラウザ拡張は最小限にし、ウォレットはハードウェア前提、シードは金属等の耐久媒体で保管します。
8. 証跡づくり:人間らしさをデータにする
“やったフリ”はデータに残りません。継続性・多様性・自然な金額の3点を意識し、ウォレットの“生活感”を可視化します。例えば、月に数回のスワップ、時折のNFTミント、週1の少額ブリッジ、四半期1回のガバ投票。金額は毎回変え、時刻もずらす。単純な規則性をなくします。
9. 配布ロジックごとの最適化
- ボリューム加点型:スワップやLPの累積額が効く。小口高回転で積む。
- 滞在日数型:LP/ステークの日数が効く。一旦入れて数週間放置が有効。
- 早期参加型:新規機能の即時利用。通知設定で遅れを防ぐ。
- ガバ貢献型:投票・提案・フォーラム投稿。質の高い一回は量より強い。
- 紹介(K係数)型:正規の紹介制度のみ活用。不正な多重紹介は逆効果。
10. ケーススタディ(仮想)
ケースA:L2X
配布は「早期参加×滞在日数」。初期に少額ブリッジ→週次でスワップ3回→月1回NFTミント→LPを14日滞在。見込みP=0.4、A=1.3、S=7万円、G+T=5千円なら、EV=0.4×1.3×70,000−5,000=30,400円。
ケースB:DEXY
配布は「ボリューム×多様性」。5通貨ペアで小口スワップを週2、LPは片面1週間、ガバ投票1回。P=0.3、A=1.6、S=10万円、コスト1万円→EV=0.3×1.6×100,000−10,000=38,000円。
ケースC:BridgeZ
配布は「チェーン横断×継続」。月4回、異なるルートで小額ブリッジ。P=0.2、A=1.2、S=12万円、コスト7千円→EV=0.2×1.2×120,000−7,000=22,?000円(概算)。
11. 予算管理とROIトラッキング
エアドロは“ガス代という確定損”を積む行為です。月間予算(例:3万円)と最大ドローダウン(例:−2万円)を先に決めてから始めます。スプレッドシートは次の列を用意。
- 案件名/開始日/タスク一覧(チェックボックス)
- ガス実績/ブリッジ費用/作業時間
- P, A, Sの想定と証拠(根拠リンク・メモ)
- EV、EV/工数、累計EV、月次EV
配布後は「想定と結果の乖離」をレビューし、次月の重み付けを更新。学習ループを作って精度を高めます。
12. よくある失敗と回避策
- 情報の追いかけ過ぎ:SNSで新情報を追うだけで作業が進まない。週次ルーチンを先に回す。
- 金額を盛りすぎ:ボリューム加点を狙って過大投資→ボラで損。小口高回転で。
- 単一ルート依存:毎回同じブリッジ・同時刻。機械的パターンは減点・リスク増。
- 権限放置:allowance放置で資産漏れ。月次で一括取り消しをルール化。
- 不正行為:多重アカウント等は配布剥奪・アカウント停止のリスク。正攻法に徹する。
13. 週次運用フロー(テンプレ)
- スクリーニング(30分):候補案件のP/A/Sを更新、EV順に並べ替え。
- 実行(60分):上位2〜3案件で、スワップ/LP/ブリッジ/投票を小口で。
- 記録(15分):コスト・作業時間・トランザクションIDを記帳。
- 棚卸し(15分):不要allowanceの取消、残高とガス補充。
これを3ヶ月続けるだけで、ウォレットは“自然な生活履歴”を帯び、配布ロジックの多くに適合します。
14. まとめ
エアドロは運ではなく、EVにもとづく作業です。EVを可視化し、シビル対策に沿った自然な履歴を積み、ガスとリスクを管理して、週次のルーチンで回す。これが“億ドロ”を正攻法で狙うもっとも現実的な道筋です。
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