なぜ『曲面』を見るのか
暗号資産の資金調達率(Funding Rate)は、一般的に『特定銘柄・特定取引所・特定の今』として一枚絵で眺められがちです。しかし現実の裁定余地は、時間軸(直近/次回/翌日)、銘柄軸(BTC・ETH・主要アルト)、場所軸(CEX間、同CEXの複数契約、DEXパーペチュアルなど)に広がる立体的な『曲面』として現れます。本稿は、この曲面から一過性の凸部(高APRポケット)を素早く束ね、デルタニュートラルで取りにいくための設計図を提示します。
前提:資金調達率の超要約
- パーペチュアル先物の建玉バランスを取るための調整金。買い優勢ならロング→ショートへ支払い(正のFR)、売り優勢なら逆(負のFR)。
- APR換算は「FR × 決済頻度 × 365」。例:0.01%/8h → 0.0001×3×365 ≒ 10.95%/年。
- 理論上は『現物ロング+パーペチュアルショート』で正のFRを受け取る、市場中立のキャリーが基本線。
重要なのは、FRが常に一定ではない点です。イベント(CPIやFOMC)前後、週末、特定アルトのテーマ浮上、取引所別の流動性事情などで『どの銘柄が、どの時間帯に、どの板で、どれだけ支払われ/受け取れるか』が違ってきます。
『曲面(Surface)』の設計思想
ここで言う曲面とは、横軸に銘柄、縦軸に時間(次回決済T+1/T+2/…または1h/4h/1d集計)、深さ方向に取引所(CEX/DEX)をとった三次元マップです。各格子点に『推定FR(期中推定も可)』を配置し、手数料・乖離・スリッページ・借入コスト・ヘッジコストを差し引いた純APRを評価します。
評価式(シンプル形)
純APR ≒ {受取FRAPR} − {借入/資金コスト} − {手数料/スリッページ} − {ベーシス補正}
− {資金繰り/証拠金コスト} − {為替ヘッジコスト(必要なら)}
『格子点』ごとに純APRが出たら、相関の低い格子点を複数束ねてポートフォリオ化するのがコアです。同時に、急変時の相関収束(全部のFRが一斉に沈む)にも備え、サイズはボラターゲティングと最大ドローダウン制約で抑えます。
データ:どこまで無料で、どこから有料か
- 無料API:多くの取引所がFR履歴・次回決済見込み値を提供。精度・レイテンシはバラツキあり。
- マーケットデータ業者:統合APIで複数取引所を横断。低レイテンシや欠損補完、ステータス監視が強み。
- 補助指標:出来高、OI、資金調達率の分位(過去○日対比)、イベントカレンダー、板の厚みやスプレッドも同時取得。
まずは無料APIで『ざっくり面』を作り、粗く最適化 → 一部の要所のみ有料に置換して精度を上げる段階移行が現実的です。可用性/停止リスク(メンテ・規制・国別制限)も前提条件に入れておきます。
ポートフォリオ化:相関分散とサイズ設計
1) 同銘柄・異取引所
BTCやETHでも取引所ごとにFRがズレます。理由は板構造・参加者属性・資金需給。同銘柄でのCEX間裁定はヘッジが容易で、手数料と資金繰りの圧縮が効けば最初の一歩として優秀です。
2) 異銘柄・同取引所
BTCとETHのFRはイベントで挙動がズレる局面があります。個別テーマのアルト(L2、RWA、AI銘柄など)が立つと、一時的に高FRポケットが生まれます。ここに小口で分散エントリーし、相関が崩れるタイミングに利回りを束ねます。
3) 期限横断(パーペチュアル×期先)
資金調達『率』はペルプ特有ですが、先物のベーシス(コンタンゴ/バック)も利回り源。『現物×パーペチュアル×先物』の三角形でデルタをゼロに近づけつつ、FRとベーシスの両方から微益を拾う設計は、安定化に寄与します。
執行:スリッページ最小化が全てを決める
- 分割執行:TWAP/VWAP/POVで板厚に合わせる。イベント前後は板が薄くなるため特に分割比率を上げる。
- スマートルーティング:複数CEX/DEXのルートを同時探索し、スプレッド+フィー込みの実効価格で比較。
- OCO+逆指値:想定外のFR反転や瞬間的な乖離拡大に備える保険。
バックテストで魅力的に見えたスキームがライブで崩れる典型は『執行損』です。見かけのFRより“実効収益=約定価格−費用−ヘッジ誤差”で管理し、サンプルを重ねて“取れるときだけ取る”へ切り替えます。
リスク管理:ここだけは絶対に外さない
- 逆資金調達の長期化:正FRのつもりが反転して支払い側に回るリスク。閾値で機械的に縮小。
- ヘッジ崩れ:現物・先物・ペルプの数量ずれや板薄での約定遅延。サイズ管理と保険オプションの活用。
- 資金繰り:複数取引所・複数通貨を跨ぐと担保・為替ヘッジコストが肥大。証拠金最適化を使う。
“やらない自由”も戦略です。曲面がフラットで取れない週はオフにする、あるいはサイズを1/3に落とす。ボラターゲティング(例:日次目標σベース)と最大DD制約(例:-5%)を同時に守るだけで、口座寿命は大きく延びます。
期待APRの計算法:ミニマム実務式
FR_raw = 資金調達率(直近の推定値)
freq = 1日の決済回数(例:3回)
fee = 片道/往復の手数料+借入コスト(年率換算)
slip = スリッページ想定(年率換算相当で控除)
basis = 先物ベーシスの補正(捕捉する/避けるにより±)
期待APR ≒ FR_raw * freq * 365 − fee − slip ± basis
ケース:ETHが高FR、BTCは平坦
ETHだけテーマ化してFRが上がる局面では、ETHのデルタニュートラルを基軸に小さくBTCの逆相関バスケットを添えます。イベント通過でFRが沈む前に、分割で解消。利回りソースの偏りを避けるのが肝です。
実装:スプレッドシート+簡易スクリプトで最初の面を作る
# 疑似コード(概念)。実際のAPI名・レスポンスは取引所仕様に合わせて調整。
symbols = ['BTCUSDT','ETHUSDT','SOLUSDT','XRPUSDT']
venues = ['ex1','ex2','ex3']
for v in venues:
for s in symbols:
fr = get_funding_rate_estimate(v, s) # 次回見込み
fee = get_fee(v, s)
slip = estimate_slippage(v, s, size)
basis = get_term_basis(v, s)
apr = fr * freq * 365 - fee - slip + basis
surface[v][s] = apr
pick = select_top_k_low_corr(surface, k=5) # 低相関の上位APR
sizes = risk_parity_with_dd_cap(pick, max_dd=0.05)
execute_TWAP_PO(amend_with_oco_stops(sizes))
モニタリング:何を見て、いつ切るか
- FR分位(過去90日対比):上位10%に入ったら候補、中央値割れで縮小。
- 出来高/OIの変化:『FRだけ高いが板が薄い』は危険信号。
- カレンダー:CPI/FOMC/主要上場・ロック解除・半減期などの前後で一旦軽くする。
よくある失敗と回避策
- 見かけAPRに飛びつく:実効価格で必ず再評価。サイズは徐々に。
- 単一銘柄偏重:相関ショックで一発退場。低相関バスケット化が標準。
- 撤退の遅れ:ルール化した逆指値・OCO・時間切り退場で“迷い”を排除。
まとめ
資金調達率は点ではなく面として管理するだけで、取りこぼしが減り、変動にも耐えやすくなります。はじめは同銘柄・異取引所の小口から。データ・執行・リスクの三点を回し、少しずつ『曲面』の解像度を上げていきましょう。


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