本記事では、流動性提供(LP)で受け取る手数料と、価格変動で生じるインパーマネントロス(IL)の力学を、数式・具体例・運用フローで徹底的に解説します。対象はAMM型DEX(例:Uniswap系)で、特にv3の集中流動性を前提にしたレンジ設計とヘッジ手法に踏み込みます。読了後、以下が自力で判断できるようになります。
- LPトークンの価値変動を、手数料収入・IL・価格ドリフト・インセンティブ・ヘッジコストに分解する
- 手数料期待値とボラティリティから、損益の事前見積もりを行う
- Uniswap v3で“勝てるレンジ”を設計し、デルタヘッジで価格方向のリスクを抑える
1. LPトークンの基本:何で価値が動くのか
AMM(x*y=k)型プールに資産A/資産Bを供給すると、あなたはプールの持分を表すLPトークンを受け取ります。LPトークンの時価は概ね次の分解で把握できます。
LP損益 ≒ 手数料収入 + インセンティブ − インパーマネントロス(IL) + 価格ドリフト寄与 − ヘッジ関連コスト
多くの初心者が混乱するのは、手数料が増えているのに資産評価額が伸びない(または減る)局面です。これは、価格変動に伴う再配分(A⇄Bの自動的な比率変化)で発生するILが、手数料増加を相殺しているケースがあるためです。
2. インパーマネントロス(IL)の数式と直感
等価額のA/Bをx*y=kで供給したとき、価格がr = P1 / P0倍に変化するときのILは、理論上次式で表せます(Uniswap v2想定)。
IL(r) = 2 * sqrt(r) / (1 + r) - 1
r=1.2(+20%)ならIL ≒ -0.414%、r=1.5(+50%)で約-2.02%、r=2.0(+100%)で約-5.72%です。下落側(r=0.8)でも約-0.62%と、上げ下げ対称に近い形で損失が発生します。直感的には、価格が動くほどプール内で安い方を売り、高い方を買う再配分が起き、HODLより不利になりやすい、ということです。
2.1 手数料でどれだけ相殺できるか
日次の手数料期待値は概ね fee_rate × (出来高 / TVL)
です。たとえばfee_rate=0.3%、出来高/TVL=0.5なら、日次0.15%(月間約4.5%)が期待できます。r=1.5でのIL(約-2.0%)を30日で打ち消すには、日次0.067%程度の手数料が必要で、これはfee_rate=0.3%の場合に出来高/TVL ≒ 0.22が目安です。
3. Uniswap v3:集中流動性と“レンジ設計”
v3では価格帯(レンジ)を指定して流動性を集中させられます。幅を狭くすれば資本効率が劇的に上がり、単位資本あたりの手数料は増えます。一方で、価格がレンジを外れると手数料が止まり、ポジションは片側資産に偏ります。従って重要なのは、
- 現在値のボラティリティ:狭すぎるとすぐ“枯れる”
- 出来高/TVL:狭いほど取り分は増えるが、滞在時間が短いと無意味
- 再投入・再調整の頻度:手数料の複利化とガス代のバランス
実務では「想定30日ボラティリティ」と「目標回転数(レンジ内に留まる期待日数)」から、±10〜25%程度のレンジを起点にテストし、離隔幅・再配置ルールを決めていきます。
4. デルタヘッジ:価格方向を切り離して“手数料を取りにいく”
価格方向のリスク(デルタ)を先物・パーペチュアルでオフセットすれば、手数料 − ヘッジコストの純粋勝負に寄せられます。基本アイデアは、LPの実効保有量に対して逆方向の建玉を積むことです。
4.1 v2等価比率の簡易ヘッジ
ETH/USDCプールに2万USDC相当を供給(ETH1万USDC+USDC1万)するケース。開始時点ではETHの実効保有はおよそ1万USDC相当なので、ETH先物を同額ショートします。これでネットのETHデルタは概ねゼロになり、残る損益は主に手数料とIL−ヘッジコストに収斂します。
4.2 v3レンジの動的ヘッジ
v3は価格移動とともにETH保有量が変動するため、ヘッジ比率は動的です。現実的な運用は、
- 初期デルタはオンチェーンのposition liquidityからおおよそ推定(ツールで自動化可)
- 価格がレンジ中央から±X%動いたら、先物枚数を再調整
- レンジ外に出たら、①レンジ再設定か②一旦クローズかを事前ルールで決めておく
先物プレミアムや資金調達率(ファンディング)もコストです。手数料期待 −(金利・ファンディング)がプラスであることを常時モニタします。
5. 具体的な損益分解の例
前提:ETH/USDC、初期価格P0=3,000、資本2万USDC、fee=0.3%、出来高/TVL=0.5(=日次0.15%)。レンジは±15%。30日保有。
- 手数料期待:0.15% × 30日 = 約4.5%
- 価格上昇20%:r=1.2 → IL ≒ -0.414%
- 価格上昇50%:r=1.5 → IL ≒ -2.02%
- ヘッジなしの概算:+4.5% − IL(状況に応じ)
- ヘッジあり:+4.5% − IL(狭レンジはIL増えやすい) − 先物の資金調達負担
ボラが高く出来高が十分なら、ヘッジで価格ドリフトを殺して手数料を純粋に積む戦略が機能しやすくなります。逆に静かな相場や出来高が細る時間帯は、ヘッジコスト負けに注意が必要です。
6. “勝てるレンジ”を設計する手順
- ペア選定:出来高/TVLが十分(目安0.2以上)、MEVが比較的穏当、ガスが安いチェーンを優先
- 初期レンジ:±10〜25%から開始。ボラが高いときは広めに設定
- 再配置ルール:中央から±X%でリバランス/外れたら即レンジ更新など、条件を先に固定
- デルタ管理:先物・パーペチュアルでヘッジ。ファンディングが有利(受け取り)なら敢えてヘッジ厚めも可
- 複利化:受け取った手数料は週次で再投入。ただしガスコストと手数料比を常に比較
- ストップ:出来高/TVLが0.1を下回る、又は連日レンジ外滞在率が高まる等で一時撤収
7. 代表的アプローチの比較
7.1 フィー・ハーベスト(手数料収穫)型
広めのレンジで滞在時間を確保しつつ、出来高の大きいメジャーペアで手数料をコツコツ積みます。価格方向は軽くヘッジ。安定性重視の運用です。
7.2 レンジトレード(グリッド発想)型
狭いレンジを段階的に配置し、価格が通過するたびに手数料を回収。再配置の手間とガスを許容できるなら高い資本効率が見込めます。
7.3 インセンティブ・ローテーション型
短期的に報酬の厚いプールへ資本を移し替えます。報酬トークンの売り圧・付与終了の時期・TVLの急増による希薄化に注意します。
8. リスク管理と実務の勘所
- スマートコントラクトリスク:監査実績と運用規模、Bug bountyの有無を確認
- MEV/サンドイッチ:追加・引き上げ時は保護RPCや低スリッページで
- レンジ外滞在:“稼げない時間”を短くする工夫(価格追従の自動化)
- ヘッジコスト:資金調達率の急変・先物ベーシスの拡大縮小
- 税務:手数料・インセンティブ・ヘッジ損益の認識タイミングを記録・区分
9. ミニ計算機:必要出来高の目安
30日で許容するILをL%、手数料率をf、必要な日次出来高/TVLをqとします。打ち消し条件は f × q × 30 ≧ L
なので、
q ≧ L / (30 × f)
例)L=2%、f=0.3% → q ≧ 0.02 / (30×0.003) ≒ 0.222
このしきい値を日々の実績qと比較すれば、レンジ更新や撤退の判断がシンプルになります。
10. 実装フロー(チェックリスト)
- 対象ペアの出来高/TVL、ヒストリカルボラ、インセンティブ有無を記録
- 初期レンジと再配置ルール、ヘッジ閾値をドキュメント化
- ポジション作成:供給→ヘッジ→検証(デルタほぼゼロ)
- 日次:q、手数料実績、レンジ内滞在率、ファンディングの差し引きをロギング
- 週次:手数料再投入、ガス対効果チェック、ルール微調整
- 月次:PnL分解(手数料、IL、ドリフト、インセン、ヘッジ)と再現性の評価
11. まとめ
LPトークンは“放置で稼げる”仕組みではありません。出来高/TVL・レンジ滞在・デルタ管理という3点セットを数値で回すことで、ILを制御しながら手数料を取り切る運用に近づけます。まずは小規模で検証し、しきい値と手順を固めてから資本を段階的に積み上げていきましょう。
付録:よく使う指標
- 出来高/TVL(q):手数料期待の核。0.2以上が一つの目安
- 滞在率:レンジ内にいた時間の割合。低下はリバランスの合図
- Fee/IL比:30日手数料累計 ÷ 30日IL。1を下回る期間が続けば撤退検討
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