本稿では、オンチェーン分析を用いた暗号資産の短期〜スイングトレード手法を、実務レベルで再現できる形に落とし込みます。扱うのは「資金の流れ」と「保有者の含み益・含み損」に焦点を当てたミニマム構成です。具体的には、ウォレットフロー(大口の動き)、取引所入出金(CEX/DEXフロー)、MVRV、ガス価格、新規アドレス数、資金調達率(Funding Rate)を主要入力とし、相場レジーム判定→トリガー→エントリー→手仕舞いまでを一貫させます。
前提と到達点
目的は「感情に依存せず、データ駆動で利幅を繰り返し獲りにいく」ことです。裁量裁断は最小化し、明文化したルールに従います。最初に全体像を示します。
- レジーム判定:MVRVと新規アドレスの動向で強弱をざっくり判定します。
- 資金流入トリガー:取引所入金急増(売り圧)/出金急増(買い圧)や、スマートマネーの移動を検知します。
- エントリー:フローの「変化率」と価格の「反応遅延」を利用し、押し目/戻りを狙います。
- 手仕舞い:反対方向のフロー急変、MVRVの閾値、ガス急騰、資金調達率の過熱でクローズします。
- 管理:固定損切り幅(ATR基準)とサイズ管理(最大口数)を徹底します。
主要指標の概要
取引所入出金(Exchange Netflow)
チェーン上で取引所ラベルのアドレスに入る数量(入金)と出る数量(出金)の差分です。入金超過は売り圧の前兆、出金超過は現物保有志向の強まりと解釈します。
ウォレットフロー(スマートマネー)
運用規模の大きいアドレス、開発者・財団関連アドレス、マーケットメイカーと推定されるクラスターの資金移動です。直近の大口出庫→CEX入金は短期の下押し、逆にCEXからの出庫は需給の引き締まりを示唆します。
MVRV(Market Value to Realized Value)
時価総額と実現時価総額の比率です。一般に高過ぎると利食い圧、低過ぎると割安圏と解釈します。極端値を避けるレジームフィルターとして活用します。
ガス価格(ETH)
ネットワーク混雑の即時的な代理変数です。NFTミントやMEVイベントで高騰すると、短期の現物買いが細りやすく、反落のトリガーになり得ます。
新規アドレス/アクティブアドレス
ユーザー獲得と利用度のモメンタムです。トレンド局面では価格に先行しやすいことがあります。
資金調達率(Funding Rate)
パーペチュアル先物のロング/ショートの偏りを示す手数料です。過熱の目安に使い、極端な正値が続くと天井圏での反落リスクを警戒します。
戦略A:CEXネットフロー反転スイング
狙い:取引所入出金の急変が価格に遅れて反映される性質を利用します。入金急増(売り圧)→短期の下押し→一巡後の反発、出金急増(買い圧)→押し目買い、をパターン化します。
- 指標作成:日次ネットフローの7日移動平均(MA7)と21日移動平均(MA21)を計算します。変化率Δ=(当日−7日前)/7日平均。
- トリガー:Δが過去180日の+1.5σを上回る入金スパイク発生→翌営業日の戻り売りを準備。逆に−1.5σを下回る出金スパイク→押し目買い準備。
- エントリー:当日の高値/安値に対する38.2〜61.8%リトレースで逆張り指値を分割設置。
- 手仕舞い:価格がエントリーから+1.2〜1.8ATR(14)進行で分割利確。反対方向のスパイク検知、またはΔがゼロライン回帰で全利確。
- 損切り:初期ストップは1.0ATR、BE引き上げは+0.8ATR到達で。
例:BTCで出金スパイク(−1.8σ)発生、翌日序盤の押しで分割買い。+1.5ATR到達で70%利確、残りはゼロライン回帰で手仕舞いとします。
戦略B:ウォレットクラスター追跡(スマートマネーの波に乗る)
狙い:開発者財団・MM・クジラのCEX方向の出庫/入庫とDEXでのスワップを監視し、流動性の薄いアルトでのモメンタムを捕捉します。
- 監視リスト:対象チェーンの既知ラベルと、自作のクラスター(頻繁に一緒に動くアドレス群)を定義します。
- シグナル:①CEX入金が直近30日最大値、②同トークンのDEX買いトランザクション増、③ガス小康(平常〜やや低下)。この三点合致を短期ショートの初動、逆パターンをロング初動とみなします。
- 執行:CEX建玉はスリッページと手数料を考慮し、板厚を見て複数指値。DEXは最大許容価格影響を2%以内に制限します。
- 終了条件:大口アドレスの反対方向移動、または出来高の空洞化を検知した時点で即時クローズします。
戦略C:MVRVレジーム×Funding過熱フィルター
狙い:順張りも逆張りも、極端なレジームは避ける方がリスク対リターンが良くなりやすいです。MVRVと資金調達率で「やらない日」を増やすフィルターを置きます。
- トレード許可条件:MVRVが過去2年中央値±0.8σのレンジ内、かつFundingが過去30日中央値±1.0σ内。
- 過熱回避:MVRVが+1.5σ超またはFundingが+2σ超では新規ロング禁止、−側過熱では新規ショート禁止。
このフィルターでドローダウンの重石を外し、A・Bのシグナルの質を底上げします。
戦略D:ガス価格ショックの逆張り
狙い:ETHのガス急騰は短期のリスクリバーサルを生みます。ガスGMA(ガス移動平均)の3倍超が2時間以上継続→現物の買い需要が一時的に萎む→直後のリバウンドを狙う手法です。
- 計算:ガスの5分足からGMA(60)を算出。
- トリガー:ガスがGMAの3倍超の状態が連続24本(=2時間)→監視銘柄の短期押し目待ち。
- エントリー:直近高値からの50%押しで分割買い、ストップは直近安値の2〜3ティック下。
- 手仕舞い:ガスがGMAに回帰、もしくは+1.2ATRで利確。
戦略E:新規アドレス・アクティブ数のモメンタムでアルト季節性を捉える
狙い:「人が増えると価格が付いてくる」現象を素直に利用します。新規アドレスEMA(7)がEMA(30)を上抜け、かつ出来高も同様に上抜く組合せを季節性シグナルとします。
- 対象トークンで日次の新規アドレス数と出来高を取得し、EMA(7)とEMA(30)を計算します。
- 両方でゴールデンクロスが出た翌営業日に、前日高値のブレイクで逆指値買い。
- エントリー後、出来高EMA(7)がEMA(30)を再び下抜けたら手仕舞い。
売買ルールの定量化と簡易実装
スプレッドシートで十分に実装可能です。以下は例です。
【ネットフローの変化率】 Δ_t = (Netflow_t - SMA7(Netflow)_t) / (SMA7(Netflow)_t + 1e-6) 【標準化(Zスコア)】 Z_t = (Δ_t - SMA180(Δ)_t) / (STD180(Δ)_t + 1e-6) 【ATR(14)】 TR_t = max(High_t - Low_t, abs(High_t - Close_{t-1}), abs(Low_t - Close_{t-1})) ATR_t = SMA14(TR_t) 【ポジションサイズ】 Size = min( MaxRiskJPY / (ATR_t * PointValue), MaxContracts )
「MaxRiskJPY」は1トレードで許容する最大損失額です。現物・先物・パーペチュアルのいずれでも同様の枠組みで制御します。
検証プロセス(手早いバックテスト)
- 期間選定:最低でも強気・弱気・レンジの3フェーズを含む2年以上。
- データ整備:価格OHLCV、ネットフロー、Funding、新規アドレス、ガス等を日次に整列。
- ルール適用:上記シグナルで機械的にエントリー/イグジットを再現。
- 評価:勝率、期待値、最大DD、Calmar比、平均保有日数を算出。
- 頑健性:閾値(±0.2σ刻み)を数パターン振り、指標を一つ落としても崩れないかを確認します。
実務上の落とし穴
- ラベル誤認:アドレスラベルは誤りが残ることがあります。単一ソース依存は避け、複数の兆候で裏取りします。
- 転送遅延:チェーンの最終確定とCEX反映にはタイムラグがあります。短期では致命傷になり得ます。
- 手数料・スリッページ:特にDEXは価格影響が効きます。最大影響率を事前に固定し、超えたら執行しません。
- Fundingコスト:過熱地帯での逆張りは日次のFunding流出入で損益が大きく変わります。
- イベント:ハードフォーク、ロック解除、財団売却などの供給イベントはフロー系指標より優先して考慮します。
ポジション管理の標準値
項目 | 推奨レンジ | 備考 |
---|---|---|
1トレード許容損失 | 資産の0.3〜0.8% | 口座ボラに応じて調整 |
同時保有銘柄 | 2〜4 | 相関の高い銘柄は合算 |
レバレッジ | 現物〜最大3倍 | Fundingとスリッページ次第 |
利確分割 | 2〜3回 | +1.2ATR/+1.8ATR/+2.5ATR |
損切り | 初期1.0ATR | +0.8ATR到達で建値へ |
チェックリスト(エントリー前)
- MVRVとFundingが許容レンジ内か。
- ネットフロースパイクの方向と価格反応が整合しているか。
- ウォレットクラスターの動きがCEX/DEXフローで裏付けられているか。
- ガスは平常〜やや低下か(ETH系)。
- 出来高と新規アドレスが同方向にモメンタムを示しているか。
- 手数料・滑りを織り込んだサイズか。
運用手順のテンプレート
1) 毎朝、前日終値ベースで指標更新 → 2) レジーム判定(MVRV・Funding) → 3) フロースパイク検知 → 4) 条件一致で逆指値と指値を板に置く → 5) 約定後はATRで管理 → 6) フロー反転 or フィルター逸脱で手仕舞い、の順で回します。
まとめ
オンチェーン分析の肝は「資金がどこから来て、どこへ向かうか」を数字で捉えることです。MVRVで無理な局面を避け、フローの変化率でトリガーを取り、ガス・Fundingで玉の重さを測る。これを日々の定型業務に落として反復すれば、裁量のブレが減り、再現性のあるトレードに近づきます。最小構成から始め、指標を一つずつ増やしていきます。
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