現物ETF×先物ETFの歪み裁定:実装ガイドとリスク管理

暗号資産

本稿では、暗号資産の現物ETFと先物ETFの価格乖離を狙う「歪み裁定(ミスプライシング・アービトラージ)」を、個人投資家でも再現できる水準まで噛み砕いて解説します。テーマは「シンプルな裁定の型を、具体的な数値と手順で実装する」です。複雑な専門用語は必要最小限に絞り、実際の執行・管理・出口まで一連の流れを提示します。

スポンサーリンク
【DMM FX】入金

前提と狙い:なぜ「現物ETF×先物ETF」で歪みが生まれるのか

同じビットコインの価格に連動する商品でも、現物ETFは保有資産(ビットコイン)に連動し、先物ETFは先物価格に連動します。先物価格は受渡月が存在し、コンタンゴ(先高)バックワーデーション(先安)といったカーブ形状、ロールのたびに発生するロールコストの影響を受けます。この構造差が、現物ETFとの間に恒常的または断続的な乖離を生みます。

さらに、ETFの創造・償還(フロー)、市場参加者の資金流入出、手数料、スプレッド、執行の質(スリッページ)などが重なると、短期〜中期で有意な価格差が残存します。狙いは、割高な側をショート、割安な側をロングにすることで、ビットコインの方向に依存しない収益(ベータ中立)を積み上げることです。

収益源の内訳

① 恒常的なトラッキング差

先物ETFは先物カーブに沿って連動するため、現物との差が慢性的に発生します。コンタンゴ局面では先物が割高に、バック局面では割安になりやすく、この偏りがロング・ショートで回収可能です。

② ロールコストの獲得

先物ETFは期近から期先へロールします。ロング先物はコンタンゴで不利(高いものを買い直す)、ショート先物は有利(高いものを売り直す)。先物ETFの構造上、ロールが恒常的コストになる場合があり、そこを逆側で取りに行く発想です。

③ 需給フローの歪み

現物ETFに資金が流入する局面では基準価額(NAV)と市場価格のギャップ、先物サイドでは限月乗り換え時の需給アンバランスが発生します。短期アノマリーを定量化し、Zスコア閾値などで実行します。

プロダクトの選定方針(銘柄は例示ベース)

本戦略では、現物連動ETF(ビットコインの保有を通じて連動)と、先物連動ETF(先物建玉により連動)のペアを構築します。上場市場、運用会社、先物の限月構成、経費率、出来高・板厚(流動性)、基準価額の開示頻度、プレミアム/ディスカウントの履歴を確認します。国内からの取引では、為替(USD/JPY)の影響と、円建て口座・ドル建て口座の使い分けも加味します。

なお、具体のティッカー列挙は運用環境・居住地の規制とブローカーの取扱範囲に依存します。実装前に、手数料・税制・取扱可否・証拠金要件をブローカーに確認してください。

基本ロジックと数式

ペア比率は、価格単位・為替・ボラティリティを揃えるため、ドル換算の想定元本で合わせるのが堅実です。基礎式の一例は次の通りです。

Signal = (Price_futuresETF - Price_spotETF * (1 + c)) / Price_spotETF

ここで c は理論的プレミアム(先物のキャリー:金利 − 便益)と先物ETFの経費・ロール期待値をまとめた補正係数です。Signal > +θ なら先物ETFショート × 現物ETFロング、Signal < −θ なら逆。θはバックテストで最適化しすぎないこと(過学習回避)。

数値例(円ベースのシンプルモデル)

たとえば、ある日の終値で次の観測が得られたとします(単純化)。

・現物ETF:1口 = 1,500円
・先物ETF:1口 = 1,545円(期近ロール中、想定キャリー+ロールコストの合算で+2.5%のプレミアムを仮定)

理論差 c = +0.8% と置くと、実測の乖離は 1,545 / 1,500 − 1 = +3.0%。超過分は 3.0% − 0.8% = 2.2% です。閾値 θ=1.0% を超えるため、先物ETFショート / 現物ETFロングを構築します。

想定元本100万円で始めるなら、先物ETFを約50万円分ショート、現物ETFを約50万円分ロング。指値で板の厚い価格帯にぶつけ、OCO注文(利確・損切り同時設定)を用意。裁定縮小で 2.2% → 0.5% まで詰まれば、おおよそ 1.7% の粗利が見込めます(売買コスト・税・スリッページ前)。

実運用フロー:口座から執行、解消まで

1) 準備

ブローカー開設(本人確認、入金)、銘柄の売買可否と空売り枠の確認、売買手数料・信託報酬・貸株料・配当相当の取り扱いを整理します。国内・海外取引所のどちらを使うかでガス代や送金の段取りが変わります。

2) シグナル計測

現物ETF価格、先物ETF価格、為替(USD/JPY)、先物期近−期先のスプレッド、出来高、板気配から、乖離率とZスコアを計算。発注直前の板情報で再計算し、スプレッド・スリッページをシビアに見積もります。

3) 同時執行

原則として同時または極小ラグでロング・ショートを建てます。TWAP/VWAP/POV等のアルゴを使う場合も、逆行時は成行で捕まえます。片張りリスク(レッグリスク)を最小化します。

4) ポジション維持とロール対応

先物ETF側のロール日程・方式を把握し、ロール前後で乖離が拡大しやすい癖を利用します。過度な拡大は追加ショートで乗せ、縮小で利確。トレーリングストップを使い利確の取りこぼしを減らします。

5) 解消(利確・損切り)

乖離が目標レンジに収束したら同時に反対売買。逆指値注文で想定外の拡大に備え、最大ドローダウンの許容(例:元本の−2%)を厳守します。

リスク管理:何が壊れると損をするか

① 構造変化リスク

運用会社のロール方式変更、経費率改定、先物の限月構成変更で理論差 cがずれます。月次で仕様をレビューし、バックテストの仮定を更新します。

② 流動性・執行品質

出来高が薄い時間帯は板がスカスカで、スプレッド拡大+スリッページで利益が蒸発します。約定速度>理論美。ロンドン・NY時間帯の厚い板で執行するか、発注数量を小割りにします。

③ 先物イベント

先物のSQ・ロール集中日は一時的な価格飛びが起きやすく、片張りリスクが増大。カレンダーを前倒しで入力し、発注制限・スプレッド上限を設定します。

④ 為替リスク

ドル建てETFと円建てキャッシュの組み合わせでは、円高・円安で評価がぶれます。理想は為替ヘッジ(先物通貨や通貨ETF、為替予約等)。ヘッジコストとリターンのバランスを取ります。

⑤ 税・配当相当・貸株

ショート側の配当相当負担、貸株料、分配金再投資の扱いはリターンを大きく動かします。期中のキャッシュフローをリスト化し、税引後の実効利回りで評価します。

シグナルの作り方:Zスコアと閾値

乖離率の時系列からZスコアを算出し、|Z| > 1.5で建て、|Z| < 0.5で解消、のように単純化します。移動平均線出来高でフィルタし、トレンド変化点(MACDやRSIの極端値)では建玉サイズを抑えます。

イベント(CPI、FOMC)前後はボラティリティ急騰で一時的に乖離が拡大します。0DTEイベントプレイのように短期勝負をしない場合は、事前にポジション縮小で耐性を上げます。

バックテスト設計(初心者でも壊れない最低限)

データ

終値ベースのペア価格、為替、ロール日程を少なくとも1〜2年分。スプレッドと委託手数料は保守的に見積もります。

モデル

単純な平均回帰+Zスコアで十分です。過剰なパラメータは撤去し、最大DD・回転率・取引回数・1取引当たりの期待値に注目します。

リスク制約

ボラターゲティングでレバレッジを調整し、ケリー基準は半分以下で運用。最大DD −8%以内など上限を固定し、超えたらモデルを停止して検証に戻ります。

執行チートシート(最短で回す)

1) 東京時間は板が薄い場合があるため、ロンドン立ち上がり〜NY序盤を中心に執行。
2) 発注は同時、あるいはスマートルーティング対応のブローカーでスリッページを最小化。
3) 乖離縮小で段階利確、拡大時はあらかじめ設定した逆指値で損切り。
4) ロール前後は少量で試し玉、パターンが出たらサイズを増やす。
5) 取引履歴と損益計算を即時記録し、月次で税引後のリターンを算出。

よくある失敗と回避策

「乖離が詰まらないまま拡大した」

構造差の再点検。先物ETFのロール条件・費用が変わっていないか、現物ETFに例外的なフローが出ていないかを確認します。発注サイズの逓減時間分散で平均建値を改善します。

「配当相当や貸株料で利益が薄まった」

ショート側のコスト項目を一覧化して、事前にスプレッド要求水準を引き上げます。分配金イベント前に一時解消する判断も有効です。

「為替で逆風を受けた」

ポジションと反対向きに通貨エクスポージャーを建てるか、通貨先物/通貨ETFでヘッジします。円建て評価/ドル建て評価を日次で統一し、混在を避けます。

ミニ実装(擬似コード)

# spot: 現物ETF価格(終値)
# fut : 先物ETF価格(終値)
# fx  : USDJPY(終値)
# c   : 理論差(キャリー+ロール期待)
# z   : 乖離のZスコア

signal = (fut - spot*(1+c)) / spot
if z > 1.5 and signal > 0.01:
    # 先物ETFをショート、現物ETFをロング
    trade("short_futETF", size_half)
    trade("long_spotETF", size_half)
elif z < -1.5 and signal < -0.01:
    # 先物ETFをロング、現物ETFをショート
    trade("long_futETF", size_half)
    trade("short_spotETF", size_half)

# Exit
if abs(z) < 0.5:
    close_all()

初心者でもこのレベルの単純化で十分戦えます。まずは最小ロットで1〜2か月、手で運用し、問題がないことを確認してから自動化に進みます。

まとめ

現物ETFと先物ETFの歪みは、構造的に発生しやすい現象です。狙い所は「恒常的なトラッキング差」「ロールコスト」「需給イベント」。同時執行・サイズ管理・撤退基準を徹底すれば、ビットコインの上下に依存しない安定的なリターン源になり得ます。最初は小さく、記録と検証を積み重ねて、自分の口座・税制・ブローカーに最適化してください。

コメント

タイトルとURLをコピーしました