戦略の骨子:三つの利鞘を一本化
対象はUSDT、USDC、FDUSD、TUSDなどのUSDペッグ型。以下の三つの利鞘を同時に取りに行きます。
- スポット間スプレッド:取引所AのUSDT/JPYと取引所BのUSDT/JPY、あるいはUSDT/USDCの価格差。
- デリバティブ金利:先物ベーシス(年率化)またはパーペチュアルのファンディングレート。
- レンディング利回り:余剰コインのCeFi/DeFi貸出金利(年率)。
これらを同時に成立させる資金配分と約定順序を設計するのがキモです。単発の裁定よりも回転率×日次確度で勝ちに行きます。
資金フロー図と建玉の整合
基本形は「スポット現物ロング+デリバティブショート+別口でのレンディング」。例としてUSDTを買って保有し、同名目のUSDT建てBTC-PERPをショート(またはUSD建てBTC先物)することで価格方向性を中立化しつつ、ファンディング支払い/受取りをネットでプラスに傾けます。ステーブルコイン間の移送(搬送)でスプレッドの厚い場所へ資金を回します。
建玉名目を揃えるルール:デルタ=0、通貨=一致、満期=整合。BTC先物でヘッジする場合、名目(BTC数量×価格)をUSDT保有評価額に合わせ、先物の満期差(カーブ)によるロールコストも見ます。
損益ドライバーの式
日次期待収益(概算)は、
日次P&L ≈ スポットスプレッド利益 + ファンディング/ベーシス収益 + レンディング利息 − 手数料 − スリッページ − ブリッジ費用 − 為替コスト − 想定損失(デペグ/遅延リスク×確率)
年率化は日次合計×365でラフに。回転率(資金移動の頻度)を上げるほど合計が伸びますが、遅延リスクと手数料が逓増する点に注意。
具体シナリオ:USDT⇄USDCスプレッド+PERP金利+貸出
仮例:取引所AでUSDTが1.0002、取引所BでUSDCが0.9996(いずれもUSDパリティ想定)。USDC→USDTに搬送すると0.06%の利鞘。これに、BTC-PERPでショートを組み、ネットで+0.01%/日程度のファンディングを受け取り、余剰USDTは年率3%で貸出。合算で日次0.06%+0.01%+0.008%(=3%/365)≒0.078%の毛利。ここから往復手数料、出金手数料、ブリッジ費、為替(JPY⇄USD)スプレッドを引いた残りが実質です。
厚みがある時間帯は、ロールオーバー前後、米株オープン、日本時間午前のアジアフロー。約定は「ヘッジ先→現物→搬送」の順が基本。先にデリバを立ててデルタリスクを抑え、次に現物で合わせ、最後に搬送で利鞘を回収します。
板と流動性の見方:実務チェックリスト
- 最良気配の厚み(Top of Book)と10bps/25bps深さの出来高見込み。
- 出金最小額・手数料・推定着金時間(チェーン別)。
- ブリッジの経路(L2→L1、CeFi→CeFi、CeFi→DeFi)と失敗時の代替ルート。
- 先物の建玉上限・証拠金モード(クロス/分離)と清算価格マージン。
- レンディングのロック期間・金利変動頻度・ペナルティ。
板の厚い場所で「薄く速く」回すのが原則。1回で頑張らず、同一日内に複数トライで平均化します。
コスト最小化の実務
手数料はメイカー優先、VIPティアの引き上げ、現物はリベート適用通貨を選択。ブリッジは安いチェーン(例:TRX系、L2)で搬送後、必要ならオンチェーンでスワップ。為替は約定前後の片道分を統計管理し、当日内のネットエクスポージャを極小化します。
デペグと遅延:最悪シナリオの想定損失
想定損失は、確率×影響額で管理。デペグ時は「売りが先、買い戻しは後」。遅延時はヘッジ側の建玉を厚めに、証拠金は十分に。複数チェーンの出金停止に備え、常時代替ルート(別取引所、別チェーン、OTC)を準備。
運用テンプレ:最小ロットからの手順
- 対象ペア選定(USDT/USDC、USDT/FDUSDなど)。直近7日でスプレッドの平均と標準偏差をメモ。
- 先物・PERPの金利を確認(四半期先物の年率、PERPの予想ファンディング)。
- 搬送ルートの出金/入金手数料、最小額、着金時間を表にする。
- ロット計算:スプレッド×ロット − 総手数料がプラスで、清算余裕が十分になる最小ロットを採用。
- 約定順序:ヘッジ先→現物→搬送。完了後にレンディングへ回す。
- 日次で実績記録(毛利、コスト、純益、回転数)。週次でルール更新。
数値例:日次でいくら積み上がるか
例)元本200万円相当、回転は1日2回、平均スプレッド0.05%、PERPネット受取0.01%/日、貸出3%年率、総コスト(手数料・搬送・為替)0.03%/回。
1回あたりの期待:0.05% − 0.03% = 0.02%。2回で0.04%。これにPERP 0.01%と貸出0.008%を加え、日次約0.058%。月20営業日なら単利で約1.16%。複利・回転率増でさらに上振れ余地。
よくある失敗と対策
- 遅延で利鞘が消える:事前に平均着金時間を測定し、スプレッド閾値を遅延分だけ上げる。
- ヘッジ過少:建玉名目のズレは即修正。オーバーヘッジ気味に始め、微調整でセンターに戻す。
- 手数料見落とし:出金無料枠、VIPティア、手数料還元通貨の併用。表を毎週更新。
- デペグ捕まえ:複数シグナル(出来高急増、板消失、ニュース)を監視し、撤退ルールを先に。
運用オペレーション(チェックボックス)
実行前に次の項目をオンにします。
- ヘッジ注文の準備(数量、価格、清算余裕)。
- 搬送チェーンと代替ルートの確認。
- 当日手数料レートとVIPティアの確認。
- 為替エクスポージャの計測と同日内解消計画。
- 記録テンプレート(P&L、回転数、ラグ、失敗要因)。
簡易テンプレ(メモ用スニペット)
閾値:スプレッド ≥ 0.06% or PERPネット ≥ 0.01%/日 ロット:証拠金余裕率 200% 以上 順序:デリバ → 現物 → 搬送 → 貸出 撤退:デペグ兆候/遅延2倍/板消失 記録:毛利/コスト/純益/回転/失敗要因
まとめと拡張
ステーブルコインはボラが低い分、金利・スプレッド・回転で勝負します。単発の「抜き」より、日次で積み上げる設計に寄せること。規模を上げると遅延と手数料の壁が来るので、経路最適化とヘッジ厳格化で勝率を底上げしましょう。将来的には、クロスエクスチェンジの自動化、最適搬送ルートのスコアリング、ベーシス曲線の観測による先物ロール戦略の併用が拡張路線です。
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