本稿では、ステーブル間金利スプレッド裁定(CeFi/DeFi 横断)を、初学者でも実装できるレベルまで分解します。中核は「同一ドル価値の資産に対する借入・貸出・ステーキング等の金利差」を同時に取りにいく市場中立型の戦略です。方向性リスク(価格変動)を極小化しつつ、安定したキャリーを狙います。
戦略の骨子
取引所やレンディング市場ごとに、USDT/USDC/DAI などのステーブルに対する 借入 APR と 貸出 APR が常時ばらつきます。これを利用し、低金利で借りて高金利で運用する同額ヘッジでスプレッド(ネット利回り)を確定させます。典型パターンは次の通りです。
- 市場A(例:CEX マージン)で USDT を年率 3% で借入。
- 市場B(例:DeFi レンディング/ステーキング)で USDT を年率 7% で運用。
- 差分 4% が グロス利回り。手数料・ブリッジ費用・無リスクヘッジ費用を控除した値が ネット(実効)利回り。
前提知識と用語
- APR/APY:APR は単利、APY は複利。複利再投資が可能かで実効が変わる。
- ステーブルの信用差:USDT/USDC/DAI などは発行体・担保方式・償還メカニズムが異なるため、金利に信用プレミアムが乗る。
- 流動性要因:TVL、利用率(utilization)、金利カーブ(利用率に連動)で金利が変動。
- ブリッジ/チェーン手数料:ETH/L2/Solana 等で大きく異なる。往復コストは必ず利回りから控除。
収益モデル(簡易式)
ネット利回り ≒ 運用APY − 借入APR −(ブリッジ費+ガス費+スワップ費)/元本 − ステーブル信用スプレッドのヘッジ費
実務では 資金回転日数 を考慮した日割り換算、複利再投資有無、報酬トークンの価格変動ヘッジ(即時スワップ)まで踏み込みます。
実装フロー(ハンズオン)
1. マーケットスキャン
以下を 1 つのシートで管理します(1 時間毎更新が理想)。
- 借入面:CEX マージン/パーペチュアルの資金調達費、CeFi レンディングの借入 APR。
- 運用面:DeFi レンディング(Aave/Compound 等)、LST/LRT のステーキング APR、安定報酬の LP(ステーブルスワップ等)。
- 付随費用:ブリッジ費、ネットワーク手数料、スワップ・価格インパクト、撤退費用。
2. 銘柄・チェーン選定
基準は 実効利回り > 3%(日次で維持)、TVL>100M、監査済/実績 の 3 点。チェーンはガスの安い L2 や Solana が有利。
3. 建付け(同額ヘッジ)
- 市場Aで USDC を 100,000 相当借入(借入APR 2.5% と仮定)。
- 市場Bで同額 USDC をレンディング(供給APY 6.0%)。報酬トークンは即時 USDC にスワップ。
- 差分 3.5% がグロス。往復コスト(0.2%)を控除しネット 3.3% に。
リスク管理(チェックリスト)
- スマートコントラクト/カストディ:監査・バグバウンティ・マルチシグ運用の有無を確認。資産は 2~3 か所に分散。
- ステーブル・デペグ:USDT/USDC/DAI の価格乖離時の損失を避けるため、同一銘柄で借入と運用を合わせるか、デペグ保険/ヘッジを用意。
- 清算リスク:レンディングで借入側の LTV を低め(例:最大許容の 50–60%)に。ボラ急騰イベント前は一時縮小。
- 利回り変動:利用率スパイクで APR が急変。自動リバランス(償還先の切替)を前提に設計。
- ブリッジ停止/チェーン障害:代替ルート(中央集権型ブリッジ、他L2、CEX入出金)を事前確保。
執行最適化(スリッページと費用の最小化)
- スマートルーティング:DEX アグリゲータで最良ルートを取得。大口は TWAP で分割執行。
- ガス最適化:手数料が低い時間帯(チェーン毎に異なる)にまとめて実行。
- ブリッジ費の回収期間:初回セットアップ費を 回収できる最小保有日数(break-even days)を計算し、未達なら見送り。
サイズ設計(ボラターゲティング × ケリー基準)
本戦略は方向性リスクが小さいため、ポートフォリオの「低相関キャリー枠」として配置します。月間最大ドローダウン(DD)を 1–2% に制約し、想定ショック(デペグ/清算/一時停止)を織り込んだ リスク予算内でサイズ決定。追加投入はネット利回りがリスクフリー(例:T-Bill)より十分高いときのみ。
ケーススタディ(具体数値)
前提:元本 100,000、借入APR 2.8%、運用APY 7.2%、往復費用 0.25%、保有 60 日。
グロス = 7.2% − 2.8% = 4.4%
ネット(60日) ≒ 4.4% × 60/365 − 0.25% = 0.475% − 0.25% = 0.225%
実額 ≒ 100,000 × 0.225% = 225
初期費用回収に 60 日必要な条件。90 日保有なら実額は約 363 に増加。
運用オペレーション(テンプレ)
- 毎朝:借入APR/運用APY/利用率/TVL を記録。閾値逸脱で自動アラート。
- 毎週:プラットフォームの監査・事故情報を確認。必要なら即時縮小。
- イベント(CPI/FOMC 等)前:一時解消または LTV の追加安全マージン。
- 撤退手順:報酬即スワップ→運用解消→借入返済→ブリッジ→残高精算。
税務・会計の観点
報酬トークン受領時点での時価評価、貸借料の費用計上、スワップ差損益の処理、期末評価などの管理が必要です。日次仕訳テンプレ(受領・スワップ・手数料)を用意し、損益通算の観点で年末に最適化します。
よくある失敗と対策
- 報酬トークンを現物で抱えて価格下落:即時スワップ原則を徹底。
- 借入側と運用側の銘柄不一致:同一ステーブルで合わせてデペグリスクを抑制。
- 小口でガス負け:最低ロット(例:往復費を 7–10 日で回収できる額)を設定。
- 単一チェーン集中:複数チェーンと CEX 入出金のバックアップルートを確保。
実行チェックリスト(保存版)
- 〔利回り〕 運用APY − 借入APR − 全費用 > 0、閾値は 3% 年率以上。
- 〔安全性〕 監査、バグバウンティ、TVL>100M、オンチェーン事故履歴なし。
- 〔執行〕 スリッページ<0.05%、TWAP/ルーティング最適化、費用見積り保存。
- 〔ヘッジ〕 銘柄一致、イベント前縮小、清算閾値に余裕(LTV 50–60%)。
- 〔会計〕 日次記帳、報酬即スワップ、年末の損益通算計画。
まとめ
ステーブル間金利スプレッド裁定は、方向性リスクを抑えつつポートフォリオの安定キャリー源となり得ます。鍵は「実効利回りの保守的評価」「分散とバックアップ」「自動化されたモニタリング」。小さく始め、プロセスを標準化して規模拡大に備えましょう。


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