上場直後のトークンは、価格が「需要」だけでなく「供給スケジュール」に強く支配されます。特に、ベスティング(権利確定)、クリフ(一定期間の一括解除)、エミッション(線形放出)の設計差は、短期〜中期のトレンドとボラティリティに直結します。本稿では、情報の取り方から、具体的な建玉設計、ヘッジ、そして手仕舞い基準までを実務寄りにまとめます。
なぜアンロックは価格を動かすのか
上場時の時価総額はしばしばFDV(Fully Diluted Valuation)で語られますが、実際の売買を決めるのは当面市場で流通するフロート(流通枚数)です。アンロックはフロートを段階的に押し上げ、需給ギャップを縮小させます。重要なのは、「誰のアンロックか」と「売りに変換される導線があるか」です。
- チーム/アドバイザー:マーケタイミング次第で売却圧になりやすいが、ロック延長/再ロックの可能性も。
- 投資家(シード/プライベート):買値が極端に低いため、原価割れリスクが低い=利食い出やすい。
- エコシステム/トレジャリー:即売り圧ではなく、報酬配布→CEX入金の導線があるかを確認。
フロート調整時価総額(FAM)というレンズ
名目FDVの罠を避けるために、実務ではFAM(Float-Adjusted Marketcap)で比較します。
FAM = 現在価格 × 近似フロート(直近3か月の累計アンロック後の想定流通量)
さらに、増分フロートの年率換算で希薄化圧を評価します。
年率希薄化率 ≒ (次の365日で解禁予定の枚数) ÷ (現在の流通枚数)
この値が高く、かつ需要起点(TVL増、手数料成長、製品進捗)が乏しい銘柄は、中期のリターンが劣後しやすいです。
シナリオ別:戦略テンプレート
① クリフ型(一括解禁)
特徴:特定日付に大口がまとめて解禁。前後でボラティリティが急増します。
- T-7〜T-3(事前):出来高/資金調達市場の地合いを確認。先物・パーペチュアルのベーシスがプラス過熱なら、ショート+現物ヘッジ(ベーシストレード)の余地。
- T-1〜T(当日):CEX入金のオンチェーン反応(大口のエクスチェンジ入金Tx)を監視。実売りが弱ければ「イベント通過の買い戻し」を短期で。
- T+1〜(後日):売り切り感が出れば、出来高減少と供給鈍化でリバ取り。
② 線形エミッション型(毎月/毎週)
特徴:常時じわじわ希薄化。トレンドは鈍いが、流動性が薄い板ではスリッページを伴う下落が断続的に出ます。
- 指値の分割実行:オーダーブックの厚み(Level2)を見て、TWAPやVWAPで執行。
- 建玉の「希薄化カバー」:月間希薄化率 ≧ 建玉の期待月次リターンのときは保有を最小化し、高ボラ日(CPI, FOMC, 主要アップグレード)だけイベント・ドリブンで取る。
③ ハイブリッド型(小クリフ+線形)
イベント前後で未約定の売り圧が板に残りやすく、リバは往復取りしやすいです。「初動で半分」「戻りで残り」の利確ルールを用意します。
実例シミュレーション(仮想銘柄:XYZ)
前提:上場3か月目。価格2.0ドル。直近フロートは1億枚。FDVは50億ドル(総供給25億枚)。
- 次の90日での解禁:チーム1,000万枚(T+7にクリフ)、投資家1,500万枚(月次線形)、エコシステム500万枚(報酬)。
- FAM:2.0 ×(1億+3,000万)= 2.6億ドル。
- 年率希薄化率(近似):(1.2億/年)÷(1億)= 120%。
戦略:
- T-5〜T-1:先物の資金調達率が+0.03%/8hで過熱。先物ショート+現物ロングでベーシスを取りつつ、T日終値でショート25%増し。
- T(解禁日):CEXへの大口入金が観測され、板が薄い。瞬間の成り売りで2.0→1.82ドルへ。T+1引けで買い戻し半分。残りはT+3までの戻りで決済。
- T+7:投資家の線形解禁が継続。戻り売りとTWAP買い戻しをセットで回し、平均コストを最適化。
この一連で、イベント当日のベーシス+下落波の順張り→戻りの逆張りまでを一気通貫で取りにいきます。
情報ソースの当て方と検証
- ホワイトペーパー/トークノミクスPDF:ベスティング表、クリフ長、ロック延長条項。
- 財務/トレジャリーのガバナンス提案:再ロック、買戻し、手数料還元など需給に影響する投票。
- オンチェーン観測:大口ウォレットの資金移動→CEX入金→売却の導線。報酬配布の契約アドレス。
- 取引所の上場/解禁カレンダー:週次で前倒し・延期がないかをクロスチェック。
建玉設計の技術
1) サイズと価格帯
直近30日の板厚(10万〜50万ドルの消化深度)と、平均スプレッドから、1回あたりの最大執行量を逆算します。例えば板深度20万ドル、望ましいスリッページ0.4%なら、1注文は8,000ドル程度に分解します。
2) 執行アルゴ
- TWAP:高ボラ時の目立たない執行。
- 氷山+隠し板:CEXで板読みを回避。
- DEX:MEV/サンドイッチ対策にprivate tx/MEV保護RPCを活用。
3) ヘッジ
- 現先/パーペチュアル:ベーシスがプラスの時はショート・キャリーが効く。マイナスなら現物ショート優先。
- 相関ヘッジ:対象に先物がない場合、β×BTC/ETHのショートで代替。ただしイベント固有の残差リスクは残る。
ルール化(Excel/コードに落とす)
入力:次の90/180/365日の解禁枚数、現在の流通枚数、価格、出来高、資金調達率
算出:FAM、年率希薄化率、日次期待売圧(=日次解禁枚数×価格)
意思決定:
if 年率希薄化率 > 60% and 資金調達率 > 0:
ベーシストレードを優先し、解禁前後でショート寄り
if クリフ当日で出来高>3σ and リバウンド発生:
半分をイベント当日で利確、残りは戻りで分割決済
失敗パターンとガードレール
- 延期/再ロック:イベントが消滅して踏み上げ。事前ショートのサイズ上限を決める。
- OTC売却:オンチェーンに出ず、徐々に流出。板の厚みと出来高のトレンドで検出。
- 強気のプロダクト発表:需給悪化をファンダで相殺。ニュース検知と損切り幅(例2.5〜4.0%)を固定。
- ショート禁止/借り手数料高騰:代替として相関ショートやプット買いを使用。
チェックリスト(保存用)
- 直近90/180/365日の解禁スケジュールと金額換算。
- 誰のアンロックか(売りに変換されやすい順にランク)。
- FAMと年率希薄化率のレンジ。
- 先物ベーシスと資金調達率の偏り。
- 板厚と想定スリッページ、1回あたりの最大執行量。
- ヘッジ導線(同銘柄/相関)と代替策。
- イベント当日の利確・損切り・分割ルール。
まとめ
アンロックはカレンダーで「見える」需給イベントです。FAM/希薄化率/誰の解禁かの3点を核に、先物ベーシス×執行設計×ヘッジを組み合わせれば、裁量とシステムの間にある再現性の高いストラテジーに落とし込めます。短期のイベント取りだけでなく、中期の保有判断にも有効です。
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