以下では、Duration・DV01といった感応度の基礎から、CTD(Cheapest to Deliver)/コンバージョン・ファクター、ベーシス、カーブ戦略、ロール、インボイススプレッドまでを体系的に解説し、最後に実装手順・チェックリストを提示します。数式は最小限に抑えつつ、数値例を厚めに載せ、再現性を重視します。
1. なぜ今「金利先物」か
株式・不動産・債券・暗号資産など多様なアセットを組み合わせる個人投資家でも、金利の方向性を無視することはできません。政策金利や長期金利の変化は、割引率・資本コスト・賃料/配当成長期待に直結し、バリュエーションを大きく揺らすからです。金利先物は、現物債券を大量に売り買いせずとも、金利感応度だけを比較的ピュアに取り出してヘッジ/エクスポージャー調整できる点が実務的に優れています。
また、先物は証拠金取引のため、必要資金が小さいのに対して、ポートフォリオ全体のDV01(1bp=0.01%の金利変化当たりの価格変動額)を素早く中和できます。これは、含み益を守る、防御的な使い方にも、テーマ性のある債券ビューで攻めるにも有効です。
2. DurationとDV01の最短理解
Durationは金利に対する価格感応度、DV01は「金利が1bp動くと何円(何ドル)価格が動くか」を示す金額尺度です。一般に、Modified Duration(修正デュレーション)を用いると、価格変化率 ≈ - ModifiedDuration × 金利変化幅
で近似できます。
DV01は、DV01 ≈ 時価評価額 × ModifiedDuration × 0.0001
で近似されます。例えば、債券や債券ETFの評価額が1,000万円、修正デュレーション6.0なら、DV01 ≈ 1,000万円 × 6.0 × 0.0001 = 6,000円/bp
です。つまり金利が+10bp(0.10%)動けば、約6万円動く計算です。
3. 先物のDV01とヘッジ比率
金利先物1枚あたりのDV01は、ブローカーが公表していることが多く、CTDのDV01とコンバージョン・ファクター(CF)から求められます。概念的には、DV01_futures ≈ DV01_CTD / CF
と捉えられます(実務ではデリバリー・オプションの影響、銘柄入替等に注意)。
ヘッジ比率は、必要枚数 ≈ DV01_ポートフォリオ / DV01_先物1枚
が基本。例えば先の例でポートフォリオDV01=6,000円/bp、先物1枚のDV01が62,000円/bpなら、6,000 / 62,000 ≈ 0.097
で、約0.1枚(=10枚で1口に該当するミニ等の派生や、ETF/金利スワップで微調整)を売ると、おおむねDV01が中和されます。
DV01は線形近似であるため、大きな金利変動時や凸性(Convexity)が効く領域ではズレます。実務では、DV01を定期的に再計算し、ヘッジ枚数をリバランスします。
4. 具体例①:REIT/高配当株 × 金利上昇リスクの防御
ケース:国内高配当株とREITで2,000万円保有。配当/分配金は魅力だが、金利上昇はバリュエーションの圧力になる可能性がある。ポートの金利感応度(擬似的なDV01)を簡易推定すると、約12,000円/bp(各アセットの歴史的ベータや利回り回帰から推定)だったとする。
対応:長期ゾーンのJGB先物を売りで当てる。先物1枚のDV01が62,000円/bpなら、12,000 / 62,000 ≈ 0.19枚
。ミニサイズ/マイクロサイズ、あるいは金利スワップ等の併用で過不足を最小化する。結果、金利+20bp上昇時の時価下押し分を、先物側の利益で相殺できる可能性が高い。
副次効果:全下落を消せるわけではない。REIT固有の空室率や賃料、株式固有のEPS成長など、金利以外の要因はオープンのまま。だが、最大ヘッドウィンドになり得る金利方向だけはコントロールできる。
5. 具体例②:債券ETF × 下方耐性を厚くする
ケース:国内債券ETFを1,500万円。修正デュレーション7.0、よってDV01 ≈ 1,500万円 × 7.0 × 0.0001 = 10,500円/bp
。金利+50bpなら理論上約52.5万円の評価押し。
対応:先物1枚DV01=62,000円/bpとすれば、10,500/62,000 ≈ 0.17枚
を売りでヘッジ。ETF自体の分配金や、金利低下局面ではヘッジが足を引っ張る可能性もあるため、ビューによってヘッジ比率を可変にする(例:50%ヘッジ、75%ヘッジ、100%ヘッジ)。
6. CTDとコンバージョン・ファクターの直感
金利先物は理論上、複数の国債のいずれかで受渡可能です。受渡側は、最もコストが安い債券(CTD)で納入する誘因があります。そのため、先物価格はCTDの動き+受渡オプションの影響を受けます。CFは、利率・償還までの期間が異なる各債券を、先物の標準券面に整えるための係数です。実務では、ブローカー/取引所が公表するCTD候補、CF、理論ベーシスを利用し、DV01_先物を認識してヘッジ比率を決めます。
7. ベーシス、ロール、インボイススプレッド
ベーシスは「現物(CTD換算)と先物の価格差」。理論上は、キャリー(クーポン−ファイナンスコスト)が反映されます。限月が近づくと、先物は受渡価格に収斂していくため、時間経過に伴うベーシス変化が発生します。
ロールは、限月乗り換えのこと。カレンダー間のベーシス差(期近↔期先)を活用する取引もあります。インボイススプレッドは、現物債券と先物の同時売買による裁定。担保・清算、コスト、執行品質の差で収益性が左右されます。
8. イールドカーブ戦略(スティープナー/フラットナー)
5年・10年・20年・30年の先物/スワップを組み合わせて、カーブの形状そのものに賭けることができます。例えば、スティープナーは短期を売り/長期を買い(またはその逆)、フラットナーは長短の逆を取ります。ここでも鍵はDV01を揃えることです。DV01_短期側 × 枚数_短期 ≈ DV01_長期側 × 枚数_長期
とし、金利レベルの変化にはニュートラル、カーブ変化だけを取りにいく設計が基本です。
9. 実装プロセス:6つの手順
- ポートフォリオのDV01測定:保有ファンド/ETF/債券の時価と修正デュレーションから近似。株/REITは歴史データで金利βを推定し、擬似DV01に換算。
- 対象限月と銘柄決定:流動性・スプレッド・出来高・建玉を確認。ロールコストとイベント(中銀会合、重要指標)も考慮。
- 先物DV01の取得:ブローカー公表値やCTD/CFから把握。毎週更新される場合もあるため、定期チェック。
- ヘッジ比率計算:
必要枚数 = DV01_ポートフォリオ / DV01_先物
。過不足はミニ/マイクロやスワップで微調整。 - 執行・監視:成行/指値・スプレッド管理・ロール日程。イベント前はスリッページ拡大に注意。
- 検証とリバランス:月次/四半期ごとにDV01を再推計。P/L分解(キャリー、ロール、ベーシス、タイミング)で効果測定。
10. リスクと落とし穴
クロスヘッジ・ベーシスリスク:保有資産の感応度と先物DV01が一致しないと、取り切れない残差が出ます。REITなどの株式要素は特に留意。
CTDスイッチ:相場環境次第でCTDが入れ替わり、先物DV01やベーシスが変化。ヘッジ比率の見直しが必要。
流動性/スプレッド/ロールコスト:期近は流動性が高いが、ロール負担が周期的にかかる。期先はスプレッドが広がりやすい。
マージン管理:ヘッジ目的でも証拠金変動は現金管理を圧迫しうる。証拠金レベルと追証リスクを常に監視。
イベント・ギャップ:中銀、CPI、雇用統計などで大きくギャップ。約定品質とサイズ分割でリスク低減。
11. 収益化アプローチ(ヘッジ以外)
ビュー・トレーディング:金利低下を見込むなら先物買い、上昇なら売り。レベルとカーブを分けて立案し、DV01でサイズを決める。
相対価値:期近/期先のカレンダースプレッド、JGB vs UST、先物 vs スワップ(アセットスワップ)など、リスク要因を限定した相対取引で再現性を狙う。
裁定:インボイススプレッドやキャリー/ロールの理論価格からの乖離を定点観測。コストと約定の現実が優位性の源泉。
12. 1ページ計算例(DV01→枚数)
前提:ポート時価=3,000万円、修正デュレーション=6.5 ⇒ DV01 ≈ 3,000万円 × 6.5 × 0.0001 = 19,500円/bp
。対象先物のDV01=62,000円/bp。
枚数:19,500 / 62,000 = 0.3145...
⇒ 0.31枚相当。ミニ×3(各0.1枚相当)+マージンで微調整、あるいはスワップ-ETFの組み合わせで0.01〜0.02を埋める。
シナリオ:金利+25bp ⇒ 先物売り側の評価益 ≈ 25 × 62,000 × 0.31 ≈ 480,000円
。保有の下押し ≈ 25 × 19,500 ≈ 487,500円
。差はコスト/ベーシス/凸性。
13. チェックリスト
- 保有資産のDV01と先物DV01のソースを明確化(更新頻度も)
- ヘッジ比率は「ビュー≠ゼロ」なら80%/50%等の段階設定にする
- イベント前はサイズ縮小・スリッページ前提で注文
- ロール日程とキャッシュ管理(分配・配当・課税)を同期
- 月次でP/L分解(キャリー、タイミング、ベーシス、ロール)
- 想定外のCTDスイッチ/清算所ルール更新に備える
14. まとめ
金利先物は、ポートフォリオの金利露出をコントロールするための、最も実務的な手段のひとつです。DV01という共通尺度でサイズを決め、CTD/CF/ベーシスを理解し、ロールとマージンを管理すれば、守りと攻めの両方で再現性ある成果が期待できます。株・REIT・債券・オルタナ資産を横断する個人投資家こそ、金利という共通ドライバーを握っておく価値があります。
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