本稿は、金利先物(日本国債先物および米国債先物)を用いた「金利観測トレード」と「現実的ヘッジ」の実践手引きです。証券・FX・暗号資産のいずれの投資家にとっても、金利はポートフォリオの母線です。価格と利回りの逆相関、先物特有の仕様、DV01でのリスク換算、ロール、イベント対応──収益機会と落とし穴を、初学者でも今日から手を動かせる水準で体系化します。
1. 金利先物とは何か:価格と利回りの逆相関
金利先物は、標準化された国債の将来受渡し価格を売買する取引です。一般に「金利が上がる(利回り上昇)」と債券価格は下がります。先物価格も債券価格と同じく、利回り上昇局面では下落し、利回り低下局面では上昇します。金利見通しに応じて、先物のロング(買い)またはショート(売り)でポジションを取ることで、金利変動から収益化したり、既存の債券・REIT・株式(ディスカウントレート感応度)などの金利リスクをヘッジしたりできます。
2. 代表的な銘柄と板の特徴
国内では「10年国債先物(JGB先物)」が中心です。海外では米国CMEの「10年T-Note先物」「長期国債先物」などが広く用いられます。取引時間が長く、出来高も豊富なため、スプレッド(売買コスト)が比較的安定し、短期のイベントトレードにも耐えます。実務では「期先(遠い限月)より期近(直近限月)の板が厚い」「主要経済指標公表前後はスプレッドが一時的に広がる」など、流動性の質に留意します。
3. ヘッジの基本はDV01で決める:枚数の算出手順
先物でヘッジを組む際は「どのくらいの金利変化で損益がいくら動くか」を同一物差しで比較する必要があります。ここで使うのが DV01(1bp=0.01%の金利変化に対する価格感応度) です。ポートフォリオのDV01と先物1枚あたりのDV01を比較し、必要枚数を決めます。
ヘッジ枚数 ≒ ポートフォリオDV01 ÷ 先物1枚のDV01
例:国内債券ファンドのDV01が「+5,000,000円/bp」だとします(利回りが1bp上がると価格が5百万円下がる意)。一方、10年JGB先物1枚のDV01が「約80,000円/bp」と仮定すると、5,000,000 ÷ 80,000 = 62.5。したがって、金利上昇リスクを打ち消すには先物ショートを概ね63枚組む、という考え方になります(実務はCTD・コンバージョンファクター等で微調整します)。
4. 価格差(ベーシス)とCTD:なぜ先物と現物は完全一致しないか
先物は「デリバリー仕様(納入可能銘柄群・Cheapest To Deliver:CTD)」を持つため、現物債と先物の間にベーシス(価格差)が生まれます。ベーシスには、利息、資金調達コスト、CTDの選択、需給(期近のショートカバー等)といった要因が反映されます。ヘッジは「方向リスク(デルタ)」を大幅に減らせますが、ベーシスの変動リスクは完全には消えません。ヘッジ前に「想定外にベーシスが拡大・縮小したらどの程度の損益ブレが生じるか」を試算しておくことが重要です。
5. 実践プレイブック:3つの型
5-1 イベント・モメンタム型(データサプライズを素直に取りにいく)
米CPIや雇用統計、日銀会合、国債入札などで「金利が一方向に走る」場面は定期的に訪れます。発表直後はスプレッドが広がりがちですが、数分〜数十分で流動性が戻ることが多いです。戦術はシンプルで、金利上昇(タカ派サプライズ)と判断 → 先物ショート、金利低下(ハト派サプライズ)と判断 → 先物ロング。利確/損切りはbpベースで管理します(例:+5〜8bpで半分利確、-2.5bpでクローズ等)。
5-2 曲線(カーブ)トレード型(スティープナー/フラットナー)
「2年−10年」「5年−10年」などの利回り差に着目する手法です。短期金利は政策の影響を強く受け、長期金利は期待インフレやタームプレミアムに敏感です。景気減速局面でフラットニング(長短の利回り差縮小)が、再インフレ・財政拡張局面でスティープニング(利回り差拡大)が起きやすい傾向があります。先物では期近の2年相当(短期)と10年相当(中期)をDV01で重み付けしてポジションを組みます。
5-3 ヘッジ型(保有資産の金利感応度を打ち消す)
債券・REIT・配当株など金利上昇に弱い資産を持つ場合、金利先物のショートで防御力を高められます。特に再投資の予定がある投資家は、下落時のキャッシュを温存できる意味が大きいです。DV01を基準にした枚数設計と、「何bpの悪化でどの程度のドローダウンを許容するか」の事前設定が肝要です。
6. エントリーの実務:板、出来高、スリッページ
実際の板は常に変化します。指標直後や引け前はスプレッドが一時的に広がり、成行は不利な約定を招きます。基本は指値中心で、「厚い板の裏を取る」意識が有効です。VWAPや出来高プロファイルを確認し、出来高の集中帯に近い水準での約定を優先します。複数限月・複数銘柄のスプレッド取引では、レッグごとの滑りを見越し、片張りリスクを短く保つことが重要です。
7. 典型シナリオと数値例
7-1 金利上昇を狙うショート例(米10年)
前提:今晩のインフレ指標が市場予想より強く、金利上昇と想定。10年T-Note先物をショートします。DV01は参考値として1枚あたり「約70〜90ドル/bp」と想定(実務は限月・CTDで変動)。想定:+6bpの上昇 → 約420〜540ドル/枚の利益。リスク管理は「-2bpで損切り」「+4bpで半利確、+8bpで残り利確」などbpベースのトリガーで機械的に行います。
7-2 国内債券のヘッジ例(JGB)
前提:国内債券ポートが1億円、デュレーション7年、DV01が「+500万円/bp」。金利上昇に備え、JGB先物をショートします。先物1枚のDV01を「約8万円/bp」と仮置きすると、500万円 ÷ 8万円 ≒ 62.5枚。余力を見て60〜65枚の範囲で発注し、期先へのロール時に再度枚数を見直します。
8. ロール(限月乗換え)戦略:コストと機会の両睨み
期近から期先へ乗り換えるロールは、スプレッド(期近−期先)と約定コストが成否を左右します。原則は板厚い時間帯に、スプレッドの平均回帰を待って機械的に実行。裁量余地を残すなら、イベントの有無、CTDの変化、受渡期の需給(ショートカバー)を点検します。ロールはパフォーマンスに直結するため、「日付で決める」→「条件で決める」に進化させるだけで勝率が上がります。
9. カーブ・スプレッドの設計:DV01ニュートラルを守る
2年vs10年、5年vs10年などのスプレッドはDV01ニュートラル(デルタ中立)を基本とします。各限月・各銘柄のDV01を算出し、ロング側のDV01=ショート側のDV01となるように枚数を調整します。これにより全体の方向リスクを抑え、「カーブの形状変化」自体に賭けられます。イベント前後の一時的なディスロケーションは妙味が大きい一方、約定の遅れで片張りにならないよう実行手順を標準化します。
10. よくある落とし穴と対策
- ベーシス急変:ヘッジのつもりが想定外の損益ブレに。→ 事前にベーシス感応度を試算し、異常拡大時の対応(縮小でクローズ/増加で逆張り)を決めておきます。
- CTDスイッチ:限月や金利水準の変化でCTDが入れ替わるとDV01が変化。→ ロール時に必ずDV01を再計算。
- イベント跨ぎのギャップ:建玉を持ち越す場合は必要証拠金と許容ギャップ幅をbpで明文化。
- 流動性の錯覚:板枚数は見せ玉の可能性。ヒストリカル出来高と約定速度も確認。
- 片張りリスク:スプレッド取引の片側だけが約定する問題。→ IOC/スプレッド注文や実行順序の固定化で低減。
11. データとシグナル:何を見て意思決定するか
マクロではCPI、PPI、雇用統計、PMI、財政・国債増発計画、金融政策のドット、入札テールなどが主因です。ミクロでは板厚、出来高、オプションのインプライド・ボラティリティ、先物-現物スプレッド、レポレートの変調など。「金利が5〜10bp動くトリガー」と「ノイズ」を切り分け、bpベースの勝率×期待値で戦略を評価します。
12. 実装テンプレ(チェックリスト)
- 目的を定義:収益化か、ヘッジか。
- 対象と方向:JGBか米国債か、ロングかショートか。
- DV01を算出:ポートと先物のDV01、必要枚数。
- トリガーを設定:エントリー/利確/損切りをbpで固定。
- ロール条件:日時ではなく板とスプレッド条件で。
- 想定外の対応:ベーシス急変、CTDスイッチ時の手順。
- 記録と検証:イベント別のP/L、滑り、勝率、最大DD。
13. 付録:用語ミニ辞典
DV01:金利1bpの変化に対する価格の変動額。ヘッジやスプレッド比率の基礎単位です。
CTD:納入可能債のうちコスト最小の銘柄。先物の感応度やベーシスに影響します。
ロール:期近から期先に建玉を乗り換えること。コストとタイミングが成否を左右します。
カーブ:満期に応じた利回りの並び。スティープニング/フラットニングで取引します。
14. まとめ:
金利先物は、方向性・カーブ・ヘッジのいずれでも「bpで測る・DV01で合わせる」を徹底するだけで、結果が安定しやすくなります。裁量の余地は残しつつも、条件で動く・記録して改善するという機械的手順に落とし込めば、初心者でも段階的に期待値を積み上げられます。
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