「ベーシストレード」は、先物と現物の価格差(ベーシス)を収益源にする裁定戦略です。方向を当てる必要はなく、価格差が理論値に収れんする力学を取りにいきます。暗号資産ではBTC/ETHの先物やパーペチュアル(永続先物)が充実しており、伝統資産よりも機会が多いのが特徴です。本稿では、初心者が最初の1トレードを完走できる水準まで、具体的手順・数式・チェックリスト・失敗例まで一気通貫で解説します。
1. ベーシスの基礎:定義・直観・用語
ベーシス(Basis)は「先物価格 − 現物価格」。正(先物が高い)ならコンタンゴ、負(先物が安い)ならバックワーデーションと呼びます。先物には受渡し(満期)があり、満期に向かって現物価格へ収れんする傾向があります。理論上、金利・保管/保険・資金調達コスト・貸株/貸暗号資産の供給需給などがコンタンゴ/バックワーデーションの要因です。
なぜ収益が生まれるのか
コンタンゴ局面で、現物を買い(ロング)+先物を売る(ショート)と、満期にかけて価格差が縮むほど利益が出ます。バックワーデーションでは逆(現物ショート+先物ロング)ですが、現物の空売り調達が難しい銘柄/取引所が多いので、実務ではコンタンゴ取りのほうが一般的です。
2. リターンの源泉と年率換算
期先先物(例えば四半期物)が現物より3%高いとします。満期まで45日なら、単純年率は 0.03 × (365 ÷ 45) ≒ 24.3%
。これがグロス利回りです。ここから、手数料・現物調達コスト・先物資金調達率(パーペチュアルの場合)・清算リスクに備えた証拠金余力などを差し引いたものがネット利回りです。
パーペチュアル(資金調達率)の併用
四半期先物のかわりにパーペチュアル(Perp)をショートすると、資金調達率(Funding)の支払い/受取りが発生します。多くの相場で上昇局面はロング超過=プラス資金調達率になりやすく、ショート側は受け取りやすい一方、下落局面では逆転もあります。先物(限月物)とPerpではリスクドライバーが異なるため、戦略に応じて使い分けます。
3. BTC/ETHでの標準フロー(CEX想定)
Step A:口座・資金の準備
本人確認済みの取引所で、現物口座と先物口座を使います。資金はUSD/USDTや円建てから現物BTC/ETHに変えるか、先物口座へ証拠金を移管。証拠金は余裕を持って入れておき、価格変動や手数料での余力減少に備えます。
Step B:気配の確認と発注設計
板厚・スプレッド・直近約定・建玉金利情報を確認。成行で大きく食わないのが鉄則です。基本は指値、もしくは小分割のTWAP(時間分散)。市場が薄いとスリッページがベーシスを食い潰します。
Step C:同時建て(現物ロング+先物ショート)
価格差を確定させるため、実質同時に建てます。先に現物だけ買うと下落、先物だけ売ると上昇という「片張りリスク」が出るためです。APIやOCO/Bracketで連動執行が理想です。
Step D:モニタリング(証拠金とベーシス)
日次で証拠金維持率・必要証拠金・清算価格・資金調達予定を確認。ベーシスが想定外に拡大/縮小したら、ロールや部分利確を検討します。
Step E:クローズ/ロール
満期が近づいたら、現物を売却+先物ショート解消でクローズ。あるいは先物を次の限月に乗せ換えるロール。ロール差(カレンダーベーシス)も収益源になりえます。
4. 具体例:45日・3%コンタンゴを取りにいく
前提:BTC現物=10,000、四半期先物=10,300、満期まで45日、手数料往復=0.06%、現物調達金利年率=4%、先物証拠金は余裕を持って現物相当を準備。
グロス利回りは (10,300 − 10,000) ÷ 10,000 = 3.0%
。年率換算で約24.3%。手数料0.06%を差し引き、現物調達コスト(日割り)0.04 × 45/365 ≒ 0.49%
を差し引くと、概ね 3.0 − 0.06 − 0.49 = 2.45%。45日で2.45%なので、単純年率で 2.45% × (365/45) ≒ 19.9%
。ここから、スリッページや価格変動時のヘッジ誤差をさらに控除します。
Perpでショートする場合
Perpの資金調達率が+0.01%/8hなら、45日(=135時間、8時間×約17回)で受取合計は概算0.01% × 17 = 0.17%
。この分だけネット利回りが押し上がりますが、相場局面で符号が変わるため、過去実績と将来想定の両方を見る必要があります。
5. どのときに「やるべき/やらないべき」か
やるべきタイミング:強い上昇相場やイベント前でコンタンゴが膨らみがちなとき、流動性が厚い時間帯(米国時間)で執行コストが低いとき。
避けるべきタイミング:薄商いで板がスカスカ、先物限月切り替え直前で不安定、規制・上場廃止・相場急変イベント。資金調達率がマイナス転化しやすい局面も慎重に。
6. リスク管理の実務
証拠金とレバレッジ
デルタは中立でも、先物側は清算価格が存在します。証拠金は最小の2〜3倍を目安に厚めに。相場急変でベーシスが一時拡大しても耐える余力を持たせます。クロスよりアイソレーテッドでリスク分離し、資金は分散配置。
執行とスリッページ
板の厚さを見ながら分割発注。アルゴ(TWAP/VWAP)や、先物と現物の同時指値を工夫。約定履歴を取り、実効スプレッドと手数料を含む実効コストで評価します。
ファンディング/金利の変動
Perpの資金調達率は変動します。ショートで受け取り想定でも、相場急落局面で支払いに転じる可能性。直近30〜90日の分布を確認し、最悪ケースを折り込みます。現物調達金利(借入/融資)も同様です。
先物限月・ロールの罠
限月間のベーシス構造(カーブ)に差があると、ロール時に想定外の損益が出ます。期近→期先への乗せ換えで、期先がさらに高コンタンゴだと利回り継続、逆なら希薄化。カレンダースプレッドも併用して、収益の滑らかさを狙います。
カストディ/取引所リスク
単一取引所依存は厳禁。複数所に分散し、ホット/コールドの保管設計、出金日程(T+1/T+2制限)やKYC/AMLの最新規程も確認。APIキー権限は最小限、出金ホワイトリストを設定します。
7. 初回サイズの決め方とKPI
初回は小さく。1回転で純益>手数料×5を最低ラインに設定。KPIは①ネット年率(手数料/金利/ファンディング控除後)②実効スプレッド③ロールコスト④維持率。日次でダッシュボード化し、増額は3回連続でKPIクリア後。
8. よくある失敗と対策
片張り約定での損失
先に現物だけ買って下落、または先物だけ売って上昇。同時執行と許容スリッページを明文化。実装ではWeb UIよりAPI/連動注文が事故りにくい。
資金調達率の読み違い
過去がプラスでも将来は未知。中央値と裾(最悪分位)で評価し、負担に転じたらロール先変更や一時クローズで守る。
手数料の過少見積り
メーカー/テイカー、先物/現物、出金/両替手数料の合算で見る。実効ベーシス=名目ベーシス − 全コストを常に更新。
9. オンチェーンでやる場合の注意
オンチェーンのPerpや借入プロトコルを使えば、自己カストディ+透明性のメリットがある一方、スマートコントラクト/オラクル/ブリッジ由来の技術リスクが増えます。ガス代・フロントラン/MEV耐性・清算Botの挙動を理解し、チェーンダウン時のエグジット手順を決めておきます。
10. 実務チェックリスト(保存版)
以下を日次/建玉前後で確認すると事故が激減します。
- 板厚・出来高・スプレッドが十分か
- ベーシスの水準と推移(名目/実効)
- 証拠金維持率・清算価格・必要追加入金額
- 手数料テーブル(メーカー/テイカー)
- 資金調達率の直近分布とイベントカレンダー
- ロール期日、次限月の曲線形状
- 出金制限・メンテ時間・API権限
11. ミニFAQ
Q. ベーシスが縮まらないときは?
イベント需給で短期的に拡大/停滞します。満期の収れんを待てば理論的には回収できますが、資金効率が悪化。カレンダーで期先に乗せ、曲線の高い部分を維持するのも一手。
Q. どのくらいのベーシスから仕掛ける?
実効ベーシスが年率10%未満ならスルー、15%超で検討、20%超で厚め、など自分の閾値を決めて機械的に。感情の入り込む余地を減らします。
Q. 税務はどう考える?
実現損益の認識タイミング・デリバティブ課税区分・損益通算の可否は地域/商品で異なります。必ず居住国の専門家に確認してください。本稿は情報提供のみです。
12. まとめ:勝ち筋は「設計図の反復」
ベーシストレードの本質は、設計図通りに差を固定し、コストとリスクを最小化して回す反復作業です。値動きの天井当て・底当てではなく、時間経過と収れんという物理を収益化します。最初は小さく、KPIを定量で満たしたら段階的にサイズを上げる――それが長期的な再現性につながります。
(免責事項:本稿は情報提供を目的としたもので、特定の投資商品の勧誘や助言ではありません。取引は自己責任で行ってください。)
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