クリプトのベーシストレード完全ガイド:現物×先物で組む市場中立裁定の実務

デリバティブ
本稿は、暗号資産における「ベーシストレード(現物−先物裁定)」を、初学者でも現場で運用できる水準まで具体的に解説します。価格予想ではなくスプレッドの収れん・維持から収益を狙う「市場中立」型の手法です。単なる概念説明にとどまらず、収益分解、執行プレイブック、チェックリスト、失敗パターンまで踏み込みます。

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1. ベーシスとは何か

ベーシス(basis)は現物価格と先物価格の差(または比率)です。記法の一例は以下のとおりです。

ベーシス(ドル) = 先物価格 − 現物価格

年率ベーシス(%) = (先物価格 − 現物価格) / 現物価格 × (365 / 残存日数) × 100

先物価格が現物より高い状態(コンタンゴ)では、現物を買って先物を売る「キャリー(cash-and-carry)」が有利になりやすく、反対に先物が安い(バックワーデーション)では現物を売って先物を買う「リバース・キャリー」が成立しやすくなります。

暗号資産特有の点として、満期のある先物(期間先物)に加えて、満期のないパーペチュアル先物(以下「パーペチュアル」)があり、こちらは一定間隔で発生する資金調達料(ファンディングレート)によって先物価格が現物価格に錨付けされます。このファンディングの受け取り/支払いも、ベーシストレードの損益に直結します。

2. 代表的な2類型:キャリーとリバース・キャリー

キャリー(現物買い+先物売り):コンタンゴ環境で、先物の時間価値(期間ベーシス)やパーペチュアルの正のファンディングを取りにいく構成。理屈上は満期到来やファンディング支払いを通じて先物が現物に近づく(ベーシスが縮小・ロールダウンする)過程で収益化します。

リバース・キャリー(現物売り+先物買い):バックワーデーションで逆方向を組む構成。現物在庫が不要な点は魅力ですが、空売りコスト(レンディング利率や調達コスト)、パーペチュアルのマイナス・ファンディング受け取りなど、収益とコストの釣り合いを精緻に評価する必要があります。

3. ベーシスの計測と年率換算

期先先物のベーシスは、残存日数 D 日のとき次式で年率化します。

年率ベーシス ≒ ((F − S) / S) × (365 / D)(F=先物、S=現物)

パーペチュアルのファンディングはインターバルごと(例:8時間おき)に支払われ、年率化は「直近n本の平均×(365日分の本数)」が実務的です。例:直近の平均が0.01%/8hなら、0.01% × 3本/日 × 365 ≒ 年率10.95%

重要なのは「瞬間風速ではなくロールダウンと平均取り」。単発のスパイクに飛びつくより、安定して正味の正(プラス)キャリーを取り続けられる組合せを探します。

4. 収益の分解(キャリーの源泉を見える化)

実務では、損益を次のように分解して管理します。

総収益 ≒ 期間ベーシスのロールダウン益
+(受取ファンディング − 支払ファンディング)
− 売買手数料 − スプレッド/スリッページ
− 資金調達コスト(借入・レバレッジ金利)
− 価格乖離・ヘッジ不全による残差損益

「どこで稼ぎ、どこで削られているのか」を毎日トレースできるよう、ダッシュボードを用意するのがプロの運用です。特にファンディングの符号反転(プラス→マイナス)や、満期接近に伴う流動性細りは、収益カーブを大きく曲げます。

5. 具体例①:期間先物のコンタンゴを取りにいく

条件:BTC現物=100,000、3か月先物=102,000、残存90日、片道手数料=0.02%、資本コスト年率=5%(USドル調達)。

  1. 日次年率換算:((102,000−100,000)/100,000)×(365/90) ≒ 8.1%/年
  2. 実行:現物を+1BTC買い、同額面の3か月先物を−1BTC売り。名目デルタは概ねゼロ。
  3. 想定キャリー:年率8.1% − 売買往復0.04% − 年率資本コスト5% ≒ 約3.06%/年
  4. リスク:途中で先物が急落しバックワーデーション化するとロールダウン益が減る。満期前の強制ロール(期先へ乗り換え)でスプレッドが拡大すると不利。
  5. 対策:ロールウィンドウ(例:満期−5〜−3営業日)を固定し、成行を避け指値中心。OI/出来高の薄い銘柄を避ける。

このように、期間ベーシスがプラスで安定しているときは「現物買い+期先売り」で時間の経過を味方にできます。

6. 具体例②:パーペチュアルのファンディング取り

条件:ETHで、過去30日の平均ファンディングが+0.008%/8h、直近ボラは低下傾向。現物+ショート・パーペチュアルを構成。

  1. 想定年率:0.008% × 3 × 365 ≒ 8.76%/年の受け取り。
  2. 費用:現物購入・先物売りの手数料、資本コストを差し引く。
  3. 注意:良いファンディングは循環的に消える。需給が反転し、支払い側に回ると即座に期待値が悪化する。
  4. 運用ルール例:30日移動平均が+0.004%/8h未満になったら縮小・クローズ直近24hの標準偏差が閾値超えで一時的に外す、など。

パーペチュアルは「もらえるときに淡々ともらい、もらえなくなったら素早く畳む」のがコツです。

7. 執行プレイブック(現場手順)

  1. 準備:KYC済みの取引口座、API鍵の権限分離(読み取り・取引・出金を分離)、二段階認証、コールド保管の徹底。
  2. 銘柄選定:OI(建玉残高)と出来高が厚いこと。スプレッドの狭さと板厚を確認。
  3. ヘッジ比率:名目1:1を基本。資金効率化でレバを使う場合でも、強制ロスカット域が遠い水準に。
  4. 発注:同一ブローカー内の同時約定が理想。ずれたら即座に片側を調整。
  5. ロール:満期前の事前ロール。約定コストと新期のベーシス水準を天秤にかける。
  6. 日次オペ:評価損益・ファンディング受払・手数料・借入金利の収益分解レポートを記録。乖離拡大時はヘッジを微調整。
  7. キャッシュ管理:米ドル/ステーブルの利回り(T-Bill型、預入金利)が上がれば、機会費用も上昇=最低許容キャリー水準を引き上げる。

8. 主要リスクと具体的な対処

  • 資金調達の反転:ファンディングの符号反転でキャリーが消える。移動平均×閾値で縮小ルールを機械化。
  • 流動性リスク:ロール時や急変時の板薄でスリッページ拡大。ロール・ウィンドウ固定+指値+分割
  • カストディ/ブローカーリスク:プラットフォーム障害や出金停止。分散保管・残高最小化・コールド中心
  • ステーブルのペッグ外れ:USDペッグ崩れは想定外損失。複数銘柄分散・時価評価のヘアカット
  • 金利上昇:借入金利や機会費用上昇でネットキャリー縮小。最低ハードル利回り(Hurdle Rate)を定義
  • ヘッジ不全:指数の差異、先物仕様の差から微小デルタが残る。ベータ推定で比率補正
  • オペレーショナル:APIバグ、人為ミス。ドライラン→本番、二重承認、異常系の自動クローズ

9. 監視すべきKPI

  • 年率ベーシス(期先)/年率化ファンディング(パーペチュアル)
  • OI・出来高・板厚(ロール可能性の判定)
  • 現物−先物の価格乖離(インデックスの仕様差も確認)
  • 売買手数料・資本コストの合計(ネットキャリーを侵食)
  • 損益分解(ロールダウン、ファンディング、手数料、金利、残差)
  • レバレッジ倍率と清算価格の距離

10. ミニ・ケーススタディ(数値で理解する)

ケースA:BTCコンタンゴ取り(90日)

現物100,000、先物102,000、D=90日。年率ベーシス8.1%。総資産100,000で1BTC分構成。往復手数料0.04%、借入5%。

期待年率 ≒ 8.1% − 0.04% − 5% = 3.06%。90日では約0.75%。名目1BTCに対し約750の粗利。ここからロール時のスリッページを差し引くと、実効は0.6〜0.7%程度に収れんしやすい、というのが実務感覚です。

ケースB:ETHファンディング取り(30日平均+0.008%/8h)

年率換算8.76%。往復手数料0.04%、資本コスト2%。ネットで約6.7%/年。ボラ急拡大・需給反転時に素早く畳める仕組みを前提に。

11. バックテストの設計ポイント

  • 入力データ:先物建玉・出来高、先物曲線(期近・期先)、パーペチュアルのファンディング履歴。
  • 執行コスト:板スナップショットからスリッページ関数を推定(出来高の1〜3%約定でどれだけ滑るか)。
  • ルール例:年率ベーシス>=X%でエントリー、ロールダウンが閾値未満orファンディングMAが閾値割れで縮小。
  • リスク:清算・ADLを含む極端事象をモンテカルロで近似(極端乖離日にコストを上乗せ)。

12. よくある失敗パターン

  1. 片側だけ約定して放置:数十秒の放置で想定外のデルタを抱える。同時約定自動ヘッジを徹底。
  2. ロールを後ろに寄せすぎ:満期直前は板が細る。早めのウィンドウで分割ロール。
  3. ファンディングの符号反転を無視平均+閾値でルール化し、手動判断を減らす。
  4. 資本コストを忘れる:ドル金利上昇期はハードルレートも上がる。
  5. スプレッド拡大時に成行連打:薄い時間帯は避け、指値・時間分散

13. 即運用のためのチェックリスト

  • 口座とAPIの権限分離、2FA、コールド保管
  • 対象銘柄のOI・出来高・板厚を確認
  • 年率ベーシス(期先)/年率ファンディング(パーペチュアル)
  • 最低許容利回り(資本コスト+α)を設定
  • ヘッジ比率1:1、清算価格の距離を確認
  • ロール・ウィンドウ(例:満期−5〜−3営業日)を固定
  • 日次で収益分解を記帳(ロールダウン/ファンディング/手数料/金利/残差)
  • 縮小・クローズの自動ルール(ファンディングMA閾値、ボラ急拡大など)

14. まとめ

ベーシストレードは、価格の上下を当てにいくのではなく、現物と先物の「関係」から収益を設計する手法です。鍵は、(1)安定して取れるキャリー源泉の探索、(2)コストとリスクの機械的管理、(3)執行品質とロール運用の徹底。今日からでも小さく始め、日次の収益分解で「どこで勝ち・どこで削られるか」を可視化し続けてください。

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